第三節・魔城と流星の魔女
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【第三節:魔城と流星の魔女】
「次の目的地に行く前に、ちょっと手を出してくれる?」
城門近くの林の中で、転移陣を描いたキャロルさんはそう言いました。
なんだろうと思いつつも、指示に従って手を差し出します。
すると、彼女はカバンから小さな指輪を出して、それを私の右手の中指に嵌めました。
「これは『冷気除けの指輪』といってね、寒いところでも活動するための道具なの」
「次行くところは寒いんですか?」
「うん、とっても」
なるほど。相変わらずキャロルさんは便利なアイテムを持っているみたいです。
しかし、そんな寒いところとは一体どこなのでしょう?
次の目的地を聞いていなかった私は、キャロルさんに訪ねました。
「次って、どこに行くんですか?」
「ん? あぁ、魔王城だよ」
「え」
さらっと言いのけるキャロルさんに対し、私は固まります。
魔王城。
聞いたことはあります。魔物がいっぱい存在するという「魔界」の中心部にある大きな城。その城が「魔王城」と呼ばれていることを。
私がもう少し小さかった頃は、「夜更かしすると、魔界のクラーケンが来るよ!」などと両親によく言われたものです。
そんな魔物だらけの中心部に今から行くというのですから、私は不安しかありません。
しかし、キャロルさんはすぐに出発を告げます。
「じゃあ早速行こうか。ほらっ」
「あの、魔界に行くなんて、ちょっと心の準備が――」
「あはは。大丈夫だって」
半ば強引に私を転移陣に招き入れるキャロルさん。そして魔力が転移陣に注がれ、息をつく暇もなく転移が始まりました。
いきなり魔界に転移することになった私、これから一体どうなるんでしょうか。
◇◇◇
「本当に魔界に来ちゃいました……」
「そんな怯えなくても大丈夫だって」
「だって、空が真っ赤ですよ。地面がひび割れてますよ。それに、目の前のお城も禍々しいです。そんなところ、怖いに決まってるじゃないですか」
今言った通りの、魔界のイメージとして抱きそうな世界がそのまま眼前に広がっています。
お家帰りたいです。
そんな私を宥めつつ、キャロルさんは魔王城へと向かいます。
「まぁまぁ、別に悪い魔物と戦うわけじゃないし、平気だよ。さぁ、魔王城に行こうか」
キャロルさんが歩き始めてしまったので、私は仕方なく付いていきます。置き去りにされる方がもっと怖いですからね。
ちなみに後で聞いた話なのですが、魔王城の中に直接転移しなかったのは、王城と同じく外部からの精霊魔術を弱める対策が魔王城にもあるからだそうです。
私は魔王城の門へと向かうキャロルさんの後ろを歩きながら、一つ良い事を思いつきました。
歌です。勇気を出すために、歌を歌うのです。
「星の魔女さま~♪ 流れ星の魔女さま~♪ 可愛くて~強い~♪」
歌詞の内容は、”流れ星の魔女”さんを称える歌でした。
そうです。今から大好きな”流れ星の魔女”さんに会えるのですから、怖いものなどありません。
しかし、キャロルさんはその歌を聞いて微妙な表情をします。
「憧れをぶち壊すようで悪いけど、そのイメージは改めたほうがいいよ。きっと、イメージと本物の落差でガッカリするから」
「……むぅ」
あれだけ物語では格好良く描かれていたのに、本当は違うのでしょうか。
もしや、レイさんのような感じで特殊な好みを持っているとか?
……むむ、確かにレイさんに会う前もキャロルさんは釘を刺してきましたし、もしかしたら本当に残念な人なのかも。
そんなことを考えていると、キャロルさんが説明を付け加えました。
「まずはそのイメージを払拭するために、一つ情報をあげようか。アヤカ――すなわち”流れ星の魔女”は今、魔王をやってるんだよ」
「え、魔王……? ”流れ星の魔女”さんって悪い人なんですか!?」
「いや、『魔物』を束ねているから『魔王』。悪いわけじゃないよ。でも、ちょっとイメージ変わったでしょ?」
「……はい」
それは、私の中のイメージがガラリと変わった瞬間でした。
でも、憧れはまだ消えてません。きっと魔王をやっているのも、やむにやまれぬ事情があるからなのでしょう。そのはずです。
そんな会話をしつつ、魔界に対する恐怖が紛れたところで、魔王城の門と思われる場所にたどり着きました。
すると、近くの岩陰から門の前に現れる影がありました。全身が真っ赤で角が生えた人型の生き物が二体でした。
その人(?)達は、大層怖い顔をして言います。
「ヌウウウン! 曲者め! どこからわいて来た! この無敵トゲトゲ棍棒でミンチにしてやるううっ!」
「ケッヒャアア~~~ッ! 生きのいい女が二人も~~~ッ! 頭からバリバリ喰っちまおう!!軟骨がうめぇんだッッヒャアアア!」
「う、うわぁああああん!」
私はその恐ろしい表情と言葉に、思わず泣き出してしまいました。
一体どこが「平気」なのでしょうか。早速恐ろしい目にあったではないですか。
このまま私たちはミンチにされたり美味しく食べられたりしてしまうのでしょうか。死んだ後に生まれ変われるなら、可愛いお姫様になりたいです。
「大丈夫だよ。この方達はこうやって脅かして、穏便に帰ってもらうよう仕向けるのが仕事の人だから。本当にミンチにしたり食べたりするつもりはないの」
キャロルさんは泣きつく私を宥めつつ、カバンから何かを取り出しました。
よく見ると、それは水晶で出来た髑髏のネックレスでした。
キャロルさんがそのネックレスを掲げて門の前の怖い人達に見せると、途端にその人達の態度が変わりました。
「あっ、関係者の方でしたか。これは失礼しました。御用は魔王様への謁見でしょうか?」
「うん、そうよ」
「了解しました。少々お待ちください。……お嬢ちゃん、脅かしてごめんなさいね。蜜アメ舐めます?」
キャロルさんに「貰っても良いですか」と視線を向けると頷いたので、涙を拭きつつ角の生えた人から飴玉を受け取りました。
そしてよくよく思い返せば、この人達は最初から、優しい魔力の色をしていました。顔とセリフの怖さのあまり、気づかなかったみたいです。
「ぐすっ……ありがとうございます」
私が飴玉の包装紙を開いて口に放り込むのを見届けて、角の生えた人の片方が魔王城の門を開けて中に入って行きました。どうやら連絡に向かったようです。
そして待っている間、残った方の角の生えた人がぽつりと言いました。
「お客様が来たことで魔王様も少しは活発的になってくれるといいのですけどねぇ……」
その言葉に、キャロルさんは訝しんだ表情で尋ねます。
「あの子、最近元気ないの?」
「いえ、元気は有るようなんですけど、近頃の魔王様は部屋に篭っているばかりで、全然外出されてないのです」
「おかしいなぁ……あのアヤカが引き篭もるなんて……」
キャロルさんがそう呟くと同時、さっきの角の人が戻ってきて魔王城の中に案内されました。
貰った飴玉は甘くて美味しかったです。
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