2-4
◇◇◇
夕食を食堂で食べ、いよいよスライム退治の開始です。
王城のあちこちで騎士さん達がスライムと戦闘を繰り広げています。
とりあえずキャロルさんには、まだ身体を休めてもらって、いざとなったら手伝ってもらう予定です。
ですので、私はスライムを追い込む役目を負ったレイさんに同行しています。
「はぁっ!」
レイさんは直線状に固定した鎖をロングソードのように振るい、スライムを一体ずつ打ち倒していきます。
「……わわっ!」
レイさんの戦う様子を感心しながら見ていると、突如横の通路から現れたスライムが飛びかかってきました。
レイさんが鎖を咄嗟に何重にも張り巡らせて、スライムの攻撃から盾のように防いでくれました。
しかし、水のような体を持つスライムは、ぬるんと鎖の盾を抜けてきます。
盾との抵抗で減速したスライムを、レイさんは棒状に固定した鎖で払ってくれました。
「おっと、大丈夫ですか?」
「はい! 少しぬるぬるして気持ち悪いですけど……」
お話の間もレイさんの鎖は右へ左へと振るわれ、時に鞭のようにしなり、時に剣のように鋭く収束し、スライムを打っていました。
この鎖こそがお話の中に登場する「柔らかくて長い銀の杖」で、正式名称は「不動不壊の鎖」だそうです。
その名の通り、どんな物理現象によっても壊れず、固定すると絶対に動かなくすることが特徴だと教えて貰いました。
”結界の魔女”と呼ばれていたのもこの鎖を使った拘束と隔離が得意だったからだそうです。
「凄いです! スライムが逃げていきます!」
「ありがとうございます。可憐な少女に褒められると嬉しいものです。しかし、私がもっと優秀な魔術使いであれば、手間を掛けて一体ずつ倒さずに済むのですが」
レイさんがスライム退治を苦手としていたのは、幾つか理由があります。
一つは、単純に現れるスライムの数が多いこと。
二つ目は、室内である為鎖を動かすための範囲が制限されること。
そして三つ目が一番問題だったのですが、鎖で拘束しようにもスライムは柔らかいのですり抜けてしまうということ。
これらの条件のために、彼は真の実力を発揮することができなかったのです。
そしてもう一つ、スライムの構成要素の殆どが水で出来ているために生じる、退治しきれない理由があります。
「あっ、やっぱりお濠の方に逃げていきますね」
一定以上のダメージを負ったスライムは水で満たされたお濠の方に逃げていきます。レイさん含む聖騎士団の皆さんがスライムを退治しようとすると、いつもお濠の方に逃げるそうです。
私たちは逃げるスライムを追いかけてお濠へと向かいます。
「ううん、やはり見えなくなるな……」
レイさんが呟きます。
そうです。スライムは体のほとんどが水分で出来ているため、お濠の水の中に入ると同化して見えなくなってしまうのです。
私はお濠の中の水を見据えながら、レイさんに言います。
「お濠の水を抜いてみたこともあったんですよね」
「そうですね。ですが、水を抜き終わった後には既にスライムはいなくなっていました」
お濠の水を全部抜ききるには時間がかかります。その間に、スライムはどこかへ逃げたのでしょう。
お濠には繋がっている水路が沢山あります。
以前、水路を辿ってスライムの住処を探り当てようと騎士さんたちも頑張ったそうですが、成果は得られなかったそうです。
スライムの住処を見つけられないために、王城は毎夜暴れはじめるスライムの対処に追われていたというわけです。
ですが――
「レディ、見えますか?」
「はい、ばっちりと」
私の「魔眼保持者」としての力を使えば、お濠の中から水路へと向かう複数のスライムの動きが光の束として見えます。
キャロルさん曰く、いわゆる「モンスター」と呼ばれる魔物の類は濃度の高いマナを持っていて、「魔眼保持者」にはそれが光として見えるそうです。
クラーケンの頭部が光って見えたのも、そのためなんだとか。
それと、王城には魔術を使った施設等が数多くありますから、施設に使われているマナの光とスライムの光が混ざって見づらくなる可能性もあります。
そんな時のための対策を、キャロルさんが施してくれました。
「しかし、幼女にお化粧とは姉上はなんと罪深いことを……。素の見た目が良いというのに……」
「私は大人になった感じがあって、嬉しいですけどね」
その対策というのが、お化粧です。キャロルさんは例の羽ペン――転移陣を描く時とは別のペン先を付けた羽ペンで、私のまぶたに黒い線を引いてくれました。
この線のおかげで、スライムのマナの光だけを色濃くはっきりと見ることができるようになりました。それに、目もパッチリ大きく立体的に見えるようになりました。
相変わらずキャロルさんは不思議な魔術を使うなぁ、と驚くばかりです。
「あっちの水路に入りました!」
私は東側の水路をスライムが通っていくのを確認して、レイさんと共に追いかけます。 ですが、水路の中だからなのか、スライムの移動速度は非常に速いです。
「は、速い……! このままじゃ……」
引き離されて、光を見失ってしまいそうになったその時です。
「レディ、失礼しますね」
足が地面から離れて、浮遊感を感じました。転んでしまったのかと一瞬目を瞑りましたが、どうやらそうではないようです。
体は固定された状態で、景色が移動していきます。いえ、移動しているのはこっちの方で、しかも固定されているのはレイさんに抱えられているからで、つまり――
「お、お姫様抱っこ!?」
「ユエさん、ご容赦を。しかし、今は慌てている場合ではありません。今スライムは何処にいますか?」
「あ、あっちです!」
レイさんに諭されて、私はスライムのいる辺りを指差します。私を抱えた状態のレイさんは高速で走り、私の指示通りにスライムを追いかけます。
レイさんの体が非常に頑強であるのを服越しに感じて、思わず心臓が高鳴るのを感じますが、冷静を装って指示を続けます。
そっとレイさんの表情を盗み見ますが、その表情は真剣そのもので私を抱きかかえていることなど気にしてない様子です。
……こういうときちゃんと真面目なの、なんかズルいです。
キャロルさんからマナの泉の要件を持ちかけられた時もそうでしたが、レイさんは仕事に関することにはとても誠実で真面目な状態になるみたいです。
こっちだけドキドキさせられてるのが悔しかったので、指示を出す合間にちょっと彼の頬をつねってみました。
「いたたっ、なんでつねるんですかレディ」
「いえ、なんでもありませーん」
理由なんて、話せるわけないじゃないですか。
レイさんはつねられた理由が分かってない様子で首を傾げます。それがまた余計私の頬を膨らませましたが、そろそろスライムの方に集中しないといけません。
「あっ、見えますか? そこの小さな建物の中にスライムが入っていきます」
「はい、あれは酒蔵ですね」
水路に面した木造の小屋。次々とスライムが水路から上がり、その小屋の壁に飛び込むように入っていきます。
水路から上がったので、レイさんにもスライムが移動する様子が見えたみたいです。
「あぁ、なるほど。小屋の壁に穴が空いてますね。ここから入ったのでしょう」
「みたいですね」
小屋にたどり着いたレイさんは、そこで私を降ろしてくれました。これでようやく動悸を落ち着かせることが出来ます。
「酒蔵の鍵なら持っていますので、今から開けて一網打尽にしてしまいましょう」
壁の穴から逃げないように鎖を酒蔵に巻きつけて穴を塞いだ後、レイさんはそう言いました。
鍵束を取り出し、扉をゆっくり開ける様子を私は一歩下がって見守ります。
これでスライム騒動に決着がつくのですね、と思いながら固唾を呑んでいると。
「あれ、いませんね」
レイさんがそういうので、酒蔵の中を覗き込んで見ると、確かにスライムの姿は見えません。
しかし、私には光が見えていました。
「そこの樽の中にいます!」
私は酒蔵の中の複数の樽が置いてある辺りを指差して言いました。
それに、レイさんは困った様な表情を浮かべます。
「なるほど……。しかしその樽には王城内で使うお酒も入っているはず。樽ごと壊すと酒も飛び散ってしまう……。いや、スライムが浸かってしまった酒は飲めるのかという疑問もあるが、しかし……」
私はまだお酒を飲める年齢ではないので分かりませんが、やはりお酒は大事みたいです。
レイさんがしばしブツブツと呟き思案していると、予想だにしなかった声がすぐ後ろから聞こえました。
「お、困ってるね。私の出番かな?」
「キャ、キャロルさん! どうやってここに!?」
振り向くと、キャロルさんが立っていました。
彼女は微笑んで、言います。
「転移してきたんだよ」
「転移陣は使えないんじゃ……?」
「お城の守りのことかな? あれは外からの侵入は防ぐけど、内から出る分には働かないし、内から内の移動も大丈夫なんだよ」
「なるほど、詳しいんですね」
「書いたの私だしね」
しかし、どうして此処に私達が居て悩んでるのがわかったのでしょう……? ずいぶんとタイミングの良い登場です。
そんな私の疑問を余所に、キャロルさんは酒樽の方に歩いていきます。
「姉上? 一体何を」
「まぁ、見ててよ」
キャロルさんは羽ペンを取り出し、酒樽に何事かを書き込んでいきます。
そしてその文字にマナを通します。
するとどうでしょう、樽の中に見えていた光が消えてしまいました。
「あれ? スライムの光が見えなくなりましたけど……」
「見えなくなった? 姉上、何をしたんです?」
振り向いて、キャロルさんは笑いながら言います。
「うん、スライムをね、お酒に変えちゃったんだ」
あまりに突飛な発言に、私たちは只々呆然とするしかありませんでした。
「お、お酒に……?」
「スライム酒……美味しいのだろうか……」
不安そうな私達を見て、キャロルさんは大きなカバンを漁り、手の中にすっぽりと納まる小さなコップを取り出しました。そして酒樽に備え付けられたコックを捻り、中の液体をそこに注ぎました。
「戦いの前には毒蛇の浸かったお酒を飲むくせに、スライムのお酒が怖いだなんて大した騎士団長様ね」
そう言って、キャロルさんはスライム酒をぺろりと飲み干しました。
「うん、ちゃんと美味しいわ」
スライムの持つ高濃度のマナを還元してお酒に馴染ませたから、元気になる効果が付与されたとキャロルさんは説明してくれました。
「でも、抵抗がある人もいると思うからこのことは私とレイとユエちゃんだけの秘密ね」
そう言って、キャロルさんは私とレイさんの一番長い指をつまんで、上下に3回振りました。
「あの、これは?」
「騎士が誓いを立てる時の作法よ。剣が無いから略式だけど」
今度はキャロルさんが指を差し出してきました。
レイさんの方を見ると、やれやれ仕方がないと笑んでその指をつまんでいました。私もつられてつまみました。
こうして、スライム騒動は収束するのでした。
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