2-3

◇◇◇


 スライムが出現する時間帯にはまだ早いので、作戦会議が終わった後、私達はご飯を戴くことになりました。

 王城の食堂での昼食です。

 食堂は王城で働く人々全てが利用するそうで、昼時ということもあり、大変賑わっています。こうも大勢の中でご飯を食べるのは新鮮な気分です。

 

「レディ、こちらのポテトサラダも大変美味しいですよ。如何ですか?」

「ありがとうございます。でも、本当に奢っていただいて良かったんですか? 旅の道中のご飯代なら親から貰っていますけど」

「いえ、ぜひ奢らさせて下さい。その、私が働いて手に入れたお金が間接的にとはいえ、ユエさんの身体の一部になると思うとですね……まるで私がユエさんの一部になれたようで、大変幸福感に包まれるといいますか」

「えぇー……」


 レイさん、なかなか高度な変態さんなようです。

 周りに人が居るとはいえ、二人で食事をしているのがちょっとだけ不安になります。

 そう、二人。今此処には、キャロルさんはいません。

 やはり王城に入ってから気分が悪いのが治らないらしく、救護室で横になっています。


「キャロルさん、大丈夫でしょうか」

「あぁ、姉上のことは少し心配ですね。ですが、今はそっとしておいてあげるのが一番ですよ。あの症状は一時的なものですので、王城を出ればまた良くなりますよ」

「そうなんですか?」

「はい。私も彼女も、一応原因はわかっております」


 そう言ってから、ポタージュスープを啜るレイさん。

 原因が分かっているなら、なんだか安心な気もします。

 しかし、その原因とは何なのでしょうか。私はそれを尋ねようとしましたが、その前にレイさんが何かを思いついたように口を開きました。


「そうだ。ご飯を食べ終わって少し休憩したら、軽い運動など如何ですか」

「運動、ですか?」

「はい。ユエさんにお似合いのもご用意できると思いますので」


 衣装が必要な運動とは、一体何でしょう。

 私が首を傾げる一方で、レイさんは近くを通ったメイドさんに何事かを頼むのでした。


◇◇◇


「ど、どうですかね。似合っているでしょうか……」


 メイドさんに用意してもらった衣装を着せてもらった私は、着替え部屋の外で待っていたレイさんにその姿を見せていました。


「はい。元々可憐だったユエさんですが、着飾ったことでより美しさが際立っています。今や大人の女性でも顔負けする程の魅力をお持ちですよ」

「それはレイさんが大人の女性より幼い女性の方が好みだからでしょう……」


 ジトッと半眼でレイさんのことを見ますが、褒められて悪い気はしないです。

 私が着ているのは、まるでお姫様が着るような素敵なドレス。淡いピンク色を基調とした、フリルの沢山あるドレスです。髪型もドレスに合わせてセッティングして貰いました。


「ははっ、なかなか辛辣な目線ですね。さて、では行きましょうか」 

 

 レイさんは私の冷ややかな視線を軽く笑い流し、私の手を取ってへと連れて行きます。


「わぁ……! 想像していたよりもずっと広いんですね……!」


 それは、ダンスホールでした。

 煌めきを放つシャンデリアに、綺麗に磨かれていて光を反射する床。そして何よりその広さに私は圧倒されました。

 レイさんは慣れた足取りで、私をホールの中央に導きます。

 私はここで踊れるということに、期待で胸を膨らませながら、隣を歩く聖騎士団長さんに聞きます。


「確か、大人になった節目にここで踊るんですよね」

「そうですね。ユエさんのご両親も、成人になられたときにこの場で踊っているはずですよ」

「ということは、一歩先に大人の体験が出来るということですね! 凄いです!」

「そうか。ユエさんが大人の階段を登る手助けをしてしまうことになるのか……。ちょっと悲しい……」


 悲しそうな表情をするレイさん。

 私はそれを無視して、聞きたいことを尋ねます。段々彼の扱い方が分かってきました。


「そういえば私、ダンスとかって習ったことないんですけど……」

「あぁ、はい。勿論そこはちゃんとお教えするつもりですよ」


 レイさんは素早く表情を切り替え、私に踊り方を教えてくれます。

 その指導は丁寧で手取り足取りといった感じのもので、レイさんの真面目で優しい人柄が伺えました。


 その真摯な教え方に、思わずこちらが照れてしまう程です。

 しかしこの幼女好きさんに照れてしまうのはなんだか釈然としないものがあったので、照れ隠しに呟きました。


「やけに教え方に気合が入ってますね」

「ユエさんが成人になった時に、踊れないと困るでしょう。だからしっかり教えたいのですよ」

「私が大人になる手助けをするの、嫌だったのではないですか?」

「嫌ですが、いずれ大人になったユエさんが恥をかいてしまうことには代えられません」


 おぉ……。少しは良いこと言うではないですか。

 レイさんはなんだかんだで、一本芯の通った男性なのかもしれません。

 そう感心する私に、続けてレイさんは言いました。


「それに、幼女にダンスを教えたという事実は、私にとって素敵な思い出になるでしょうから」


 恍惚とした表情で言い放ったその言葉で、一気に台無しになりました。

 思わず溜息と共に呟きます。


「まったく、私の感動を返して下さいよ……」

「ん? どういうことですか?」

「いえ、レイさんはしょうがない人だなぁと改めて認識しただけのことです。……ふふっ、本当にしょうがない人です」


 私は思わず笑ってしまいます。

 だって、大いなる魔女の弟子の一人として憧れていた人が、普通に残念な部分もあって完璧超人ではないことが分かったから。

 そう分かって、レイさんのことも身近に感じ、ちょっと安心したから。


 ……それから、ダンスレッスンはしばらく続きました。

 年上の男性にダンスを教わるという、とても新鮮で素敵な体験でした。

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