第二節・王城と結界の魔女

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【第二節:王城と”結界の魔女”】



 まずは”結界の魔女”さんに会いに行くということで、それとなく人柄を尋ねてみます。


「”結界の魔女”さんってどんな人なんですか? 物語みたいに優しい人なんですか?」

「うん。基本的に優しい奴だよ」

「ですよね! 『魔女と黄土の獅子王』のお話、大好きなんです!」

「あー、あれね」

「”結界の魔女”さんが何も言わずに旅の仲間から抜けた時は、『なんでそんな勝手なことをするんだ』と腹が立てたものですが、その後で『実は人知れず村の子ども達を獅子王の手下から守っていた』ということがわかった時に、なんて優しくて素敵な人なんだと思いました!」


 うんうんとキャロルさんは頷きました。


「そうだ! たくさんの敵を倒したという、あの『柔らかくて長い銀の杖』は今日見せてもらえるのでしょうか!?」

「見せてもらえるんじゃない? 『杖』は私達にとって大事なものだし、肌身離さず持ってると思うよ」

「やった! 楽しみです!」


 私は思わず小さくガッツポーズをとります。

 そんな会話を続けていると、キャロルさんが紫色の転移陣を書き終えたようです。


「さて、”結界の魔女”は王城にいるんだけど、城内へは直接飛べないのよね」

「なんでですか?」

「泥棒さんが転移して入ってきたら大変でしょ? だから外からの魔術を弱める仕掛けがしてあるの」

「あ、なるほど」


 そして、私達は城門傍の林の中へと転移しました。

 転移の不思議な感覚に頭がクラクラしましたが、間近に大きな門の姿が見えたことでよろめきはすぐに吹き飛んでしまいました。

 私の心は今、ワクワク感に溢れています。何故かといえば、”結界の魔女”さんに会える上に、王城を訪れることができるからです。

 自分の住む城下町から城の外壁を見ることはありましたが、こうも間近で見ることはありませんでした。その門と外壁の大きさに、私は只々圧倒されるばかりです。

 キャロルさんは、門番の騎士さんに言いました。


「聖騎士団長さんに会いたいんですけど」


 騎士さんの目がギラリと光りました。

 そしてわずかに、大きなカナヅチのような武器がゆれました。

 空気がぴりぴりするのを感じます。

 突然林の中から現れた私達が怪しく見えたのでしょうか。


「どのようなご用件でしょうか? 伝言であれば承ります」

「まぁ、そりゃそうか。じゃあ、でもダメ?」


 そう言って、キャロルさんは私の家に来たときに見せてくれた騎士勲章を提示します。 すると、厳しい表情をしていた門番さんの表情が一変します。


「……こ、この騎士勲章は! 直ちに会談の希望をお伝えしてまいります!」


 代わりの門番を立て、慌てて城の中に駆け込んでいく門番さん。

 私はその様子を見ながら、思わずキャロルさんに言います。


「キャロルさんの勲章、凄いものだったんですね……! というか、”結界の魔女”さんって聖騎士団長さんだったんですか!?」

「うん、そうだよ。アイツは長年王城を守護する役目を担ってるんだ」

「す、凄い……!」


 聖騎士団長が”結界の魔女”さんだなんて、これは大変なびっくり情報です。今すぐ近所の友達に教えてあげたい気持ちになりました。

 町の男の子はみんな、トゲトゲした甲冑に覆われた団長さんの正体をあれやこれやと予想していました。「一人で千人の兵士より強いから、中身はきっと竜人だ」と言う子もいれば、「何十年も戦い続けているから、長生きのエルフに決まってる」と言う子もいました。


 しかし残念、その正体は伝説の魔女さんだったのです!

……ああ、早く教えてあげたいです。友達は今の私のようにきっとびっくりすることでしょう。

 でも、言われてみればとても強いのも、長生きなのも、魔女であるからという理屈で納得できてしまいます。


 そんな風に一人で盛り上がっている私の顔を見て、キャロルさんは呟きます。


「あんまり期待し過ぎないでね。良いやつではあるけど、少し残念なところもあるから……」

「そうなんですか?」

「うん、まぁ、ちょっとだけ。ちょっとだけのはず……」


 何かを言い淀んでいる様子のキャロルさんに私は問いただそうとしましたが、丁度その時、大きな悲鳴が近くから聞こえてきました。


 大きな馬の鳴き声と、必死に馬を制止させようとする御者さんの声。

 なんと、馬車が暴走してしまっているようなのです。

 それも、馬車はこちらに向かってきているようでした。


「危ない……!」


 キャロルさんが、私を庇うように前に出ます。

 彼女は片手に持った羊皮紙に、文字を急いで書き始めました。

 魔術を行使するつもりなのでしょうか。でももし間に合わなかったら……。

 私は怖くて、思わずぎゅっと目を瞑りました。


 そして、ジャラジャラと金属の擦れる音がしました。


 私も、キャロルさんの方も馬の轢かれた感じはしません。

 恐る恐る目を開けてみると……。


「鎖……!」


 無数の鎖が馬を縛って、動きを止めていました。

 この鎖は、キャロルさんの魔法によるものでしょうか?

 でも、キャロルさんも驚いている様子でした。では、一体誰が?


「危ないところでしたね。ご婦人方。ご無事なようで何より……おや?」


 低い男性の声がしました。

 見ると、黒い軍服を来た長身の若い男性が立ってこちらを見ていました。

 その表情は、僅かに驚いたように見えて、それでいて魔力の色は嬉しそうに見えました。


 もしかして、この人が馬車の暴走を止めてくれたのではないでしょうか。

 そう思って尋ねようとする前に、隣のキャロルさんが口を開きました。


「助けてくれてありがとう。久しぶりね。ちょうど貴方に会いに来たのよ」

 

 やはり、眼の前の男性が助けてくれたようです。

 でも、キャロルさんが「久しぶり」というからには、お知り合いでしょうか。それに「会いに来た」って、私たちは”結界の魔女”さんに会いに来たのではなかったでしょうか。

 分からないことばかりで混乱する私に、キャロルさんが二つの疑問を解消する答えを教えてくれました。


「あ、ユエちゃんに紹介しなきゃね。この男の人が、聖騎士団長であり”結界の魔女”。レイっていうのよ」


  私は思わず硬直しました。

 レイ、という名らしい男の人は、微笑んで会釈します。どうやら本当のことのようです。

 私はキャロルさんに詰め寄ります。


「”結界の魔女”さんって男の人だったんですか!?」

「あれー、言ってなかったっけ?」

「聞いてませんよ!」


 あはは、と笑うキャロルさん。

 笑っている場合じゃありません。お陰で今まで年月と憧れを積み重ねて作った「根暗で不愛想だけど優しい魔女」のイメージが崩れ去ったではありませんか。

 「魔女」と言ったら、やっぱりどうしても「女性」というイメージがありますよね!?


 レイさんは、私の驚く様子に苦笑しつつ、入城を勧めました。


「私に用事があるのなら、立ち話も疲れるでしょうし、お城にてお伺いしましょうか」

「うん、私はともかく、ユエちゃんは座れたほうがいいでしょうしね。そうしてくれると助かるわ」

 

 そうして、”結界の魔女”である男の人、レイさんに連れられて、私たちは王城に入ったのでした。

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