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◇◇◇


「”結界の魔女”さんと”流れ星の魔女”さんに会えるんですか!?」


 私はあまりの嬉しさに、キャロルさんの右手を両手で強く握っていました。

 だって、物語を読んで憧れた人たちに会えるんですよ! これほど素晴らしい機会はありません。


 ……あ、もちろん、キャロルさんだって物語の登場人物で、憧れた人物の一人ですから会えて嬉しかったですよ。

「キャロルさんがあの伝説の魔女の弟子だということを今忘れかけてた」とかそういうわけではありませんから。ええ、忘れてませんとも。


 キャロルさんはその赤い瞳で私の方を優しい面持ちで見ながら、頷きます。

 

「うん。でも、このまま旅を続けるにあたって、一つ問題があるんだよね」

「問題……もしや、身長制限ですか!?」


 そう、それは家族でプールに泳ぎに行ったときのことです。あれは大変な事件でした。 私は大人用のプールで泳ぎたかったのに、なんと、身長制限のために子供用の浅いプールで遊ばざるを得なかったのでした!

 ……大変な屈辱でした。身長が低く足がつかないと危ないからだということは分かっていますが、それでも悔しいものです。早く大きくなって、大人用プールでブイブイいわせたいです。


「えっ、身長制限? なんのこと?」


 私はプールのことを思い出して奥歯を噛み締めていましたが、キャロルさんは疑問符を浮かべています。どうやら今回は、身長制限が立ちはだかってくるわけではないようです。安心しました。

 ではどんな問題だろう、と視線で問いかけると、キャロルさんが説明してくれました。


「実はね、もう既にユエちゃんを連れ歩ける理由はなくなっているんだ。ほら、魔術の不調の原因は分かっちゃったでしょう?」

「あ、ほんとですね……!」


 そういえば、元々キャロルさんが私を旅につれていこうとした理由は、「魔眼で魔術の不調の原因を探る手伝いをしてほしい」というものでした。私の両親にも、そう説明していました。

 つまり、ここで旅は終わりで、もうお家へ送り届けられてしまうのでしょうか。それはなんだか物足りないし、寂しいです。


「まぁ、勿論私はまだユエちゃんと一緒に旅したいし、ユエちゃんもきっとそう思ってくれてるはず。なにより、『色々な場所に連れてってあげる』って約束したから、ここで旅は終わりという選択肢はない」

「あ、そうですよ。約束は守って欲しいです!」


 他に、まだ物語として書かれていない冒険の話を聞く約束もしてましたしね。

 キャロルさんはカバンから一枚の紙を取り出しながら、言います。


「でも、ユエちゃんのご両親を心配させないことも大事! なので、お手紙をご両親に向けて出します。親御さんも一応納得できるような、ユエちゃんが今後の旅にも必要であるという大義名分を書いたお手紙をね」


 たいぎめいぶん。難しい言葉ですが、言い訳をするときの口実とかそんな感じの意味だった気がします。

 キャロルさんは、更にカバンから取り出した木の板に紙を乗せて、何事かを書き始めます。恐らく、先程言っていた手紙なのでしょう。


「私の妹たちーー他の魔女たちにもそれぞれの立場とやるべきことがあるだろうから、私のお願いとはいえ、協力してくれるかはわからない。そこで、ユエちゃんの魔眼の出番というわけです!」

「えーと……? うまく私の中で話が繋がらないのですけど」

「ユエちゃんは感情の色が見えるでしょ? で、妹たちに協力してもらうための交渉のときに、相手の感情の色を見てもらうの。相手の考えていることや感じていることが分かれば、交渉は有利に進められる」

「なるほど! でも、なんだか難しそうです……」


 羽ペンを忙しなく動かしながら、キャロルさんは私の言葉に微笑みます。それは、私を安心させるための笑みのように感じました。


「大丈夫。要はユエちゃんを旅に連れ歩くだけだから。実際はそんな駆け引きなんかする必要はないと思う。妹たちは、結構正直で分かりやすい性格してるから」

「なるほど! それなら安心です」


 私がほっとしたと同時に、キャロルさんは手紙を書き終えたようです。そして、私に羽ペンと手紙を渡してきました。


「ご両親により安心してもらうために、ユエちゃんも何か一言書いてくれる?」

「わかりました」


 私は少し考えた後、元気であることと心配しなくてもいいことを書き、キャロルさんに手紙を返しました。

 自分の親に手紙を送るなんて、なかったことなので、ちょっとワクワクしています。

 ……ん? 手紙を送る?

 私はふと気がついて、辺りを見回します。


「キャロルさん。ここ、ポストないですよ? どうやって郵便屋さんに渡すんですか?」

「あはは。そっか、そういえばどうやって送るのか教えてなかったね」


 キャロルさんは地面に屈み、紫色の魔法陣を描きます。

 これはもしや、私達がここに来たときに使ったのと同じ転移陣ではないでしょうか。


「転移陣は人だけじゃなくて物も送れるからね。ユエちゃんのお家の郵便受けに直接送るの」

「えっ、そんなこともできるんですか。凄い。便利! でも、郵便屋さんが儲からないのでは……!」


 そうです。まだ大人用プールに入れない私でも知っているのです。郵便にはお金がかかり、郵便屋さんはそのお金で稼いでることを。

 キャロルさんは私の指摘に対し、吹き出すように笑いました。


「ふっ、ふふ、あはは。そっか、そういう視点はなかったなぁ。あははは。じゃあ、このことは郵便屋さんに内緒にしてね? 怒られちゃうかも」

「分かりました! この話は後生大事にお墓まで持っていきます!」

「ふふ、そんな重く捉えなくても大丈夫だよ」


 そんな会話をしているうちに、転移陣が描き上がったようです。さすがキャロルさん、複雑な図形を迷うことなくスラスラと描き上げました。

 彼女はそのまま手紙を転移陣の中心におき、魔力を注ぎます。

 すると、転移陣から眩い光が灯って、光が収まった頃には手紙は消えていました。


「転送完了、ですか?」

「うん。じゃあ私達は私達で、『王城』に転移しようか」

「王城? そこに何か用があるんですか?」

「王城は”結界の魔女”がいるところだよ」


 なるほど! そういえば、まずは”結界の魔女”さんに会いに行くという話でした。王城といえば、庶民ではなかなか入れない憧れの場所。そして”結界の魔女”さんは私にとって憧れの一人。つまり、憧れと憧れが合わさって、とても凄いということです!


 私の胸は今、期待感に満ち溢れています。”結界の魔女”さんに会うのが、今から楽しみです!

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