1-7
◇◇◇
「行ってきます!」
翌朝。
行ってらっしゃい、と見送ってくれる両親に元気よく手を振りながら、私達は旅立ちました。
とても心地の良い晴れた天気です。相変わらず強い風が吹いていることを除けば、ですが。
この風のお陰で、お気に入りの帽子も旅に持っていくのを辞めました。ちょっと残念です。
そして両親が見えなくなるくらい歩いてから、私は大事なことをまだ聞いていないのに気づき、キャロルさんに尋ねました。
「あの、目的地を聞いてなかったのですが、どこに行くのですか?」
「そっか、言ってなかったね。『マナの泉』ってところだよ。いわゆるマナの発生源みたいなところ」
「そこに着くにはどれくらいかかりますか?」
「王城の裏の山脈を超えた先だから、歩くと半月以上はかかっちゃうね。でも、大丈夫。すぐ着くよ」
「え?」
キャロルさんは鞄から例の『小さな羽根付きの銀の杖』だという羽根ペンを取り出します。
そしてしゃがんで地面に何事かを書き始めました。
「何をしているんですか?」
「まぁ、見てなって」
言われた通り、手慣れた手つきで羽根ペンを躍らせるキャロルさんを見ながら待ちます。
すると、紫色の魔法陣が出来上がったではありませんか。
「昨日のクラーケンのときも思いましたけど、魔術を使っているところはまるで本当の”本の魔女”さんみたいですね! 凄いです!」
「いや、本当の”本の魔女”なんだってば」
「で、その魔法陣は何に使うんですか?」
「鮮やかにスルーするのね」
苦笑しながら立ち上がったキャロルさんは、私の方に向き直って説明を始めました。
「これは『転移陣』といってね、この中に入った状態でマナを注ぐと一瞬で好きな場所に移動できるの。まぁ、移動できない場所もあるんだけどね」
「なんですかそれ、凄い便利じゃないですか」
この転移陣を使って移動するなら、どれだけ「マナの泉」が遠いところにあってもすぐ着きます。
私の言葉に気を良くしたのか、キャロルさんは微笑みます。
「でしょー? ただ、一つだけ注意点があって、これは身体の構成要素を分解して移動先で再構成する魔術なの。だから、移動先でちょっと目眩がしたり気分が悪くなったりするかもしれないけど、我慢してね」
「わかりました」
「うん、良い子だ。そんな良い子には、このネックレスをプレゼントしよう」
そう言って、キャロルさんは鞄から取り出したネックレスを私の首に掛けました。
そして彼女は私に掛けたのと同じネックレスを、自分の首にも掛けました。
「なんですか、これは?」
「風除けの魔術が付与してあるネックレスだよ。これを掛けてると、自分の身体とその周囲が風を受けずに済むの。マナの泉は今凄い風が吹き荒れてるからね」
「なるほど」
「よし、じゃあ早速転移陣を使おうか。この中に入ってね」
「はい」
私が転移陣の中に入ったのを確認すると、キャロルさんも転移陣に入り、マナを注ぎます。
魔法陣が紫色に光り始めます。
私の意識がどこかに引っ張られるような力を感じた後、視界が真っ暗闇に包まれました。そして、聴覚や触覚も感じられなくなりました。
そう、確かに何も感じられない時間がそこにありました。
◇◇◇
まず感じたのは、軽い頭痛のようなものでした。
それから、聴覚・触覚が戻り、自分が外界と触れているのが感じ取れます。風の音と思われる轟音が聞こえてきます。風除けのお陰か、触覚では風を感じ取れませんでしたが。
そして最後に、視界が戻ってきます。
「……わぁ」
私は思わず感嘆の声を上げます。
そこはマナの源泉というだけあって、神秘的なものを感じさせる風景でした。
まず、周囲を見渡したところ、四方は山脈に囲まれているようです。
そう、山ではなく山脈です。山脈が見えるほど周囲が開けていて、広大なのです。
そして、山脈から私達のいるところまではずっと淡い若草色の草原が広がっています。私達のいる中心部に向かってなだらかな斜面となっています。
背丈の低い草が、風に揺らされ波打っています。
その草原の中央にあるのが、泉です。これがきっと、「マナの泉」なのでしょう。透き通っていて、底まで見えそうです。
ですが、私は底を見通そうとしませんでした。
もっと凄いものがあったからです。
キャロルさんが、私に聞きました。
「よし、着いた。私には泉が見えるだけなんだけど、『魔眼保持者』であるユエちゃんには何か異常が見えるかな?」
「えーと……」
私はソレをなんと表現したら良いか迷いました。
遥か上方を見上げながら、私はとにかく見えるものをそのまま言葉に表してみます。
「綺麗な光が縦に長く、とても大きく、揺らめいています。泉の中心から光が上へ上へと伸びています。羽根のようなものが無数に連なっています。これは、翼……なのでしょうか? うん、きっとそうです。揺らめきは、まるで翼が羽ばたいているかのような感じです」
その翼のようなものは、昨日見たクラーケンの倍近くありました。光の翼が揺らめく度に、光の粒子が周囲に溢れます。
その幻想的な光景に私は只々圧倒されるばかりで、思わずキャロルさんの服の裾を掴んでいました。
対してキャロルさんは、何事かを呟きながら腕を組んで思案している様子でした。
「翼……翼かぁ。そんな大きな翼がなんで……」
むむ、と唸った後、小さく声を上げて目を見開きます。
何かが分かったようです。
「あー、そうか。そっかー、それで風が吹いてるのか。そういうことかぁ」
一人で得心したように何度も頷いているので、私はそれを見上げていることしかできませんでした。一体、どういうことなのでしょう。
キャロルさんは、私に向き直ります。
「魔術の不具合の原因がわかったよ。その原因を説明をするためには、まず『マナの泉』について説明しなきゃかな。『マナの泉』はマナの源泉だってことは言ったよね?」
「はい」
「どうしてここからマナが湧き出てくるかというと、此処が『マナの世界』という別世界と繋がる穴だからなんだよね」
「『マナの世界』……ですか?」
「うん。精霊が居るのも『マナの世界』なんだよ。でも今は、その世界に通じる穴である『マナの泉』に、ユエちゃんに見えるっていう翼を持った『マナの世界』の生物が引っかかってしまったみたい。だから、マナの供給量が減って不具合が発生してるんだと思う」
「この翼を持った生物……」
翼だけでこれだけ大きいだなんて、その生物は身体全体ではどれだけ大きいのでしょうか。想像もつきません。
「ちなみに最近強い風が吹いてるのも、その生物が翼を羽ばたかせて穴から抜け出そうとしてるからじゃないかな。その証拠に、ここが一番風が強いでしょ?」
お姉さんは騒めき立つ木々を指さし言います。
風除けのネックレスのおかげで体感することはできませんが、おぞましい風が吹いているようです。
小さな私がまともに受けたら、山の彼方まで吹き飛ばされてしまうような、そんな風が。
「なるほど。じゃあ、その生き物を助けてあげれば、風も収まるんですね!」
「うん」
強い風が収まれば、ネックレスがなくても目が痛くなる悩みを解消することができます。
それに、その引っかかっているという生き物さんも助けることができれば、翼を持った生き物さんも喜ぶでしょう。いい事尽くしです。
「じゃあ、さっそく助けてあげましょう! それで、どうやって助けるんですか?」
「んー、それを今考えたんだけどね。私の力だけじゃ、ちょっと厳しいかもしれない。だから、妹達を頼ろうかな」
「妹さんがいるんですか……?」
「うん、ユエちゃんも知ってる人たちだよ」
「……?」
私とキャロルさんの共通の知り合いなんていたでしょうか。私の両親も、町長さんもなんだか違う気がしますし。
首を傾げる私に対して、キャロルさんは微笑みながらこう言い放ちます。
「『大いなる魔女と三人の弟子』の、私以外の弟子――”結界の魔女”と”流れ星の魔女”。まずは、”結界の魔女”に会いに行こうか」
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