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◇◇◇
それから、私達の様子を見て「……あれ、これでもダメなの!?」と本屋での調子に戻ったお姉さんに、お父さんが言いました。
「騎士様、畏れながら申し上げますが、その姿ではただのカエルにしか見えません。できるのであれば、元の姿に戻すなどしてみてはいかがでしょうか」
それを聞いたお姉さんは「なるほど、ちょっと待ってて下さい!」と言い残し、家を出ていきました。
それからお父さんとお母さんはいくつか言葉を交わしました。「心配だ、不安だ」というお母さんと、「大丈夫、あの人の力は本物だ」というお父さん。
「どうして大丈夫と言い切れるのか」というところに話が及ぶと「それはすぐに分かる、見た方が早い」と返されます。
そんなやりとりが、何回か繰り返されていました。
お父さんとお母さんの顔を交互に見て、困っていた私を町長さんが手招きして呼び寄せました。
そしてこっそりと囁くようにこう言いました。
「ユエちゃん、どうかキャロルさんのことを信じてあげてくれないか。あの人は確かに怪しく見えるところもあるが、いい人なんだ。私が保証する」
しみじみといった風に、そんなことを言う町長さんに私は尋ねます。
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
町長さんは、「これからキャロルさんと旅をして、沢山お話を聞くと良い。そうすれば、きっとその人柄が分かるよ」と言いました。
私はなんだかはぐらかされたような気がして、小首をかしげました。
「できました! 準備! できましたよ!」
そう言ってお姉さんが飛び込んできました。
もうすっかり古本屋さんで見たお姉さんの振る舞いでした。
◇◇◇
お姉さんが私達を連れてきたのは、家の近くにある雑木林でした。
「えーと、確認したいのですが、ここの木って折れたり倒れたりしちゃっても問題ないですよね?」
「はい。構いません」
町長さんが答えます。それに頷き、お姉さんは続けます。
「では皆さんはこの防御用魔法陣の中に入ってください。いいですか、私が良いと言うまで絶対に外に出てはいけませんよ」
私たちはお姉さんの指示に従い、地面に描かれた円形の魔法陣の中に入ります。
この魔法陣は、恐らくお姉さんが私達を待たせている間に描いたものだと思われます。
内側から紫・青・黄・赤色で描かれた多重の陣は虹のような配色で、とても綺麗です。
そして魔法陣の中に入ると不思議なことが起こりました。もう日が沈んだ後だというのに、魔法陣の中から見た外の景色はまるで昼間のように明るかったのです。
更にびゅうびゅうという風の音も入った瞬間に聞こえなくなりました。
私は精霊魔術に詳しくはありませんが、もしかするとこれはすごい魔術なのではないかと思いました。
みんなが陣に入ったのを確認して、お姉さんは私達のいる陣から一旦出て、少し離れた場所にあるもう一つの大きな魔法陣の中心に、先程の小さなカエルのケースを置いて戻ってきました。
「もうじきカエルに掛けられた魔術が解けます。びっくりするかもしれませんが、決して魔法陣の外には出ないでくださいね。危ないですから」
そう言った直後、目の前に真っ白な壁が現れました。
そしてうねうねと蠢く、同じく白色のたくさんの太い柱。
しばらくして、それが見上げるほど巨大な頭部とその下に生えている長い触手であることがわかってきました。
そして、その巨大な頭部の中心から光が出ていて、時折瞬いています。
「く、クラーケン……!」
お母さんが私の驚きを肩代わりするかのように、呟きました。
そう、それはクラーケンでした。
お父さんから話を聞いていた魔界からやってきた海の怪物です。
実際に見たことはありませんでしたが、「とにかく大きなイカ」という言葉からイメージしていた通りの姿でした。
時折、「キューキュー」と甲高い音が聞こえます。鳴き声でしょうか。
「どうだ、びっくりしたろ。お昼に騎士様がふらっとやって来てな、あっさりと退治して下さったんだ」
と、お父さん。
漁師の皆さんが喜んでいたのはこれだったのかと繋がりました。
触手が動く度に、周りの木がなぎ倒されていきます。
陸でうまく動けないためなのか、それとも元々暴れん坊だったのかは分かりませんが、とにかくクラーケンは暴れまわります。
「危ない!」
一本の触手が、私たちに向かって鞭のように襲いかかってきました。
ずいとお姉さんが、皆の前に立ちます。
その背中はちょっとだけ頼もしく見えました。
魔法陣の中に入る直前で、触手は見えない何かに弾かれました。
「大丈夫ですよ。こんな時のための防御用魔法陣ですから」
お姉さんがそう言った後、彼女の身体はぽうっと光りました。
その光り方はあの七色の本のような、あるいは魔法陣のような輝きでした。
陣から出たお姉さんは風のような速さで、クラーケンの触手の隙間をくぐり抜けて、大きな魔法陣に触れました。
すると魔法陣がまばゆい光を放ちます。
瞬きをした後にはあの大きなイカの姿は無く、魔法陣の中心にケースに入った小さなカエルがいるだけでした。
ケースをカバンにしまいつつ、私達の魔法陣に戻って来たお姉さんは言いました。
「大体こんな感じで鎮めました。まぁ、海では魔法陣書けないので、漁師さん達の協力を得て、文字を書いた浮標を流したんですけどね。……どうです? 私のこと、少しは信頼できそうですか?」
あまりの出来事に呆然とする私とお母さんに対し、お姉さんはそう言って微笑むのでした。
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