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◇◇◇


 七色に光る本を一度家に置いてから、友達の家に遊びに行きました。

 帰る頃にはすっかり夕陽で空が真っ赤に染まっていました。


 帰り道の途中に海辺の道を通った時、漁師さん達がわいわいと何やら騒いでいるのが見えました。漁師さん達の表情や魔力の色をみると、とても嬉しそうです。その中にお父さんの姿を探しましたが、見つかりません。もし居たら一緒に帰ろうと考えていたのですが、もう帰ってしまったのでしょうか。

 

 そんな私を見つけたお父さんの仕事仲間の人が、遠くから手を振って声をかけてくれました。


「ユエちゃーん! お父さんなら、町長さんに呼ばれて先に帰ったよー!」

「わかりましたー!」


 私も手を振り返しました。


 ……町長さん?

 町長さんがお父さんに一体なんの用なのでしょう。

 防風林の間を抜け、細い路地で近道して、……帰り道を歩く間ずっと考えていましたが、結局答えはでませんでした。


 我が家の扉を開け、ただいまの挨拶を言おうとしました。挨拶は大事だと両親に言われてますからね。

 でも私はただいまを言う前に、石にされたニーズヘッグのように固まってしまうのでした。

 

「あ、おかえりなさいユエちゃん」


 なんと、昼間会った怪しい自称”本の魔女”さんが家の中に居るではないですか。


「やぁ、おかえり。お邪魔させてもらってるよ」


 隣には町長のおじいさんまで一緒に居ます。一体何事でしょうか。

 そんな私の疑問に答えるかのように、お姉さんが私に語りかけます。


「昼間会ったときに誘った旅の件について、親御さんに許可を貰っているところなんだよ」

「……諦めてなかったんですね」


 「それじゃあ、また」なんて言ってたのは、その時既に私の家に押しかけるつもりだったからみたいです。

 とりあえず家の中に入ります。さっきまでお姉さんや町長さんと話していた様子の両親が困惑した表情で立っています。お母さんが私に言いました。


「貴方が普段言っている、感情の色が見えるという話、騎士様が本当だと言っているんだけど……」

「騎士様……?」

 

 私は「騎士様」と呼ばれたお姉さんの方を振り向きます。

 確かに所々が金属で覆われたその衣装は騎士に見えなくもありません。

 そしてお姉さんは、なんだか金色の格好いい紋章を私に見せます。

 

「ほら、これ騎士勲章だよ! 凄いでしょ!」

「……もしかして、”聖騎士団”の人なんですか?」


 聖騎士団とは、王城を守護するとても偉い騎士様の集まりです。近所の男の子達は、将来聖騎士団に入って活躍することが夢だそうです。

 チャンバラ遊びをする時に誰が正騎士団長様の役をやるかで揉めているのをよく見かけます。


 しかし、お姉さんは手をひらひらと振って否定しました。


「いや、私は聖騎士団の所属じゃないよ。でも、それなりに高い位の騎士だよ」

「それなり、とはご謙遜を。この金の騎士勲章をお持ちだということは、かの聖騎士団長様と同等の位ではございませんか」


 町長さんがそう補足します。

 聖騎士団長さんと同じということは、とにかく凄い偉い人なのでしょう。

 お姉さんからは威厳の様なものは感じられませんが、町長さんが言うならきっとそうなのでしょう。

 お姉さんは、一度咳払いをしてから私の両親に言いました。


「それで、ユエさんを旅につれていくことを認めていただけますでしょうか?」

「聖騎士団長様と同位の騎士様がうちの娘を役立てていただけるのなら、私どもとしては嬉しい限りですが、何故うちの娘なのでしょうか?」

「失礼しました。気が逸りそこをまだしっかりと説明しておりませんでした。このような人攫い紛いのお願いなら、不安に思われるのは当然です」


 そう言ってお姉さんは私に目配せしてきました。


「ユエちゃんも、大事な話だから聞いてもらえる?」

「はい」


 では、と前置いた後、お姉さんは真面目な表情で私たちに語りかけます。

 

「最近ーーここ数ヶ月程、”精霊魔術”の安定性が欠いているというのは、ご存知ですよね?」

「はい、家事をするのにも魔術が発動したりしなかったりで……」

「仕事をするのにも困っているところです」


 精霊魔術というのは、文字を使って精霊さんの力を借りる魔術のことで、この国は精霊魔術によって発展したと言われています。

 

 私はまだ魔術を扱えないので詳細は知らないのですが、かつてお母さんは「料理のようなもの」だと教えてくれました。

 規則性のある文字列に”マナ”と呼ばれる魔力を通すと、精霊さんが好きな”味”が発生するらしいです。丁度、お肉に火を通して焼くようなものです。

 そして、その味を好む精霊さんがマナをご飯のように摂取する代わりに、お礼として精霊さんが持つ力をその場で発動してくれるそうなのです。


 精霊さんは住む世界が違っていて、マナを摂取することとそのお礼に力を貸すことでしか、私達の世界に接触できません。

 だから姿は見られませんが、精霊さんは確かにいるらしいです。なんでも、昔の偉い人が証明したそうです。見えない存在を証明するなんて、凄いですね。

 

 さて、その魔術は近頃安定していなくて、発動しなかったり、発動しても効果が弱かったりしているみたいなのです。両親も近所の人たちもみんな困っています。


 もしかして、魔術の不安定が、私を旅に誘うことに関係しているのでしょうか。

 そういえば、お姉さんは最初に会った時に「魔眼」がどうとか言っていた気がしますが、それも関係あるのでしょうか。

 ちょっと考えてみたけど、答えは出せずじまい。

 

 答えを求めるようにお姉さんを見上げた時、丁度彼女が口を開いて説明を続けるところでした。

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