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◇◇◇


「んー、本当なんだけどなぁ。あっ、そうだ」


 古い物語に登場する”本の魔女”を自称する怪しいお姉さん。

 何かを思いついたらしい彼女は、鞄から菱形の固い何かを取り出します。


「ほら、ニーズヘッグの鱗だよ!」

「これがですか……? 只の石の様に見えますが」

「あぁ、うん。”ママ”が石に変えて倒しちゃったからね……。でも本当なんだってば。あ、じゃあこれは?」


 次にお姉さんが取り出したのは、羽ペンでした。ペン先が七色に光っています。

 お姉さんは自慢げに言います。 


「これが、あの! 『小さな羽根付きの銀の杖』よ!」

「これが、ですか? 確かに光っていて綺麗ですし、小さくて羽根もついてますけど……」


 信じられません、と私は続けます。

 ただ、確かにそのペンには不思議な雰囲気がありました。くらりと、お姉さんの言うことを信じてしまいそうになるだけの力がありました。

 そこで私は、「もしそうだったらいいな」という期待を込めて、このお姉さんが主張通り”本の魔女”さんだった場合に気になることを尋ねてみました。 


「じゃあ仮に”本の魔女”さんだとしたら、なんでこんな城下町で私みたいな凡庸な子どもと話してるんですか?」

「いや、それが貴方は特別な存在なのよ。本当に希少な存在で、私は貴方みたいな人をずっと探してたの」

「なるほど。わかりました」

「あっ! わかってくれた?」

「……もしかしてお姉さん、人攫いの人ですね?」

「うっ……確かにそれっぽいこと言っちゃったけど、でも違うの!」


 うーん、だから、悪い人ではないと思うんですけど、言ってることは完全に不審な人です。

 これからお友達と遊ぶ約束もしているので、ずっとこの人に付き合っているわけにもいきません。

 私は「どうすれば信じてもらえるんだろう……」等と呟いているお姉さんに言いました。

 

「とりあえず、貴方の目的を教えてください。嘘をつかないで、正直に言ってほしいです」 

「ちょっと手伝ってほしいことがあるから、一緒に旅について来てほしいの」

「かっ、完全に人攫いの手口じゃないですか!」


 怪しさ満点のお姉さんに対し、私は少し後ずさります。


「違うって! 手伝ってくれたら、お礼もはずむからさ!」

「あ、怪しい……!」

「怪しくないよ! もしついて来てくれたら、まだ本になっていない『魔女の物語』を話してあげる! それに、絵本のようないろいろな場所へ連れてってあげる!」


 必死な様子で頼み込んでくるお姉さん。

 確かに、本当にお姉さんが”本の魔女”さんなら冒険に行けたり、語られていない物語の続きも教えてくれるのでしょう。それは大変魅力的な提案です。

 私は少し考えてから、言いました。

 

「あの、他の人に言っても信じてもらえないんですけど、私、魔力から感情の色が見えるんです。だから、お姉さんが私に酷いことをしようと考えてる訳ではないというのはわかります」

「あっ、やっぱり! 貴方『魔眼』持ちだよね? その『魔眼』の力を借りたいの!」

「『魔眼』……? 私が感情の色が見えるのは、そう呼ぶのですか?」

「うん、そうよ。その力を持つ人はとっても珍しいの。その力についても教えてあげるから、手を貸してくれないかな! どう!?」


 なるほど。どうやらお姉さんは、私の持つ能力について知っているようです。珍しいとはいえ、私以外にも同じような人がいると分かって、少しほっとしました。


 お姉さんの魔力を見ると、期待の色に染まっています。きっと、これで少しは心が動いてくれるのではないかと思っているのではないでしょうか。実際、詳しく話を聞いてみたい気持ちも強くあります。


 なぜなら、今まで両親に言っても全然信じてもらえなかったことについて理解してくれる人が現れて、そのことについて詳しくお話してくれるというのですから。


「正直に言うと、魔眼についての話は聞いてみたいですし、冒険にも行ってみたいです!」

「本当!? じゃあ、一緒に旅してくれるかな?」


 お姉さんの確認に対し、つい頷いてしまいたいです。ですが、お姉さんの言葉を信じる信じない以前に、私にはどうしても断らなければならない理由がありました。


「……でも、『知らない人についていってはいけません』と両親に言われてます。ですので、ついていくのは無理です。ごめんなさい」

「……あ、あぁー。御両親が。あー、なるほどね。そっかー、そうだよね。御両親ねー」

「納得できましたか」

「うん、それは仕方ないね」


 そういって頷くお姉さん。

 その妙に物分りの良い様子が気に掛かりましたが、まぁ納得してくれたので良いでしょう。

 そして、私はさっきから気になってたことを尋ねます。


「ところで、この光る本は私が買っていってもいいのでしょうか? お姉さんが本の作者っていうなら、別に本を買う必要はないと思うのですが」

「あぁ、うん。ユエちゃんが買っていっていいよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 (自称)作者の前で中古の著作を買うという恐るべき悪行を敢行しようとすると、後ろからお姉さんが声をかけてきました。


「ユエちゃん。それじゃあ、


 ……”また”?

 なぜ”また”なのか聞こうと思った瞬間、目がとても痒くなって開けていられなくなりました。

 何度か瞬きをして目の調子が戻った頃には、お姉さんの姿は消えていました。

 開けていて遠くまで見通せる場所なのにおかしいな、と首を捻りましたが、次の瞬間にはまた目がむずむずしだして、それどころではなくなりました。

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