第一節・城下町と本の魔女

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【第一節:城下町と”本の魔女”】



 びゅうびゅうと、風が強く吹き付けています。

 まだ小さな私の体では、下手したら吹き飛ばされてしまいそうです。


 私の住んでいるこの海沿いの城下町では、強い風が数ヶ月前からずっと吹き荒れています。

 元々ここは穏やかな気候の町でした。 

 たまの嵐の日に、海の方から強い風が吹いてくることはありましたが、このようにお城のある山の方から毎日のように強い風が吹くなんてことは初めてでした。

 町で一番長生きをしている町長のおじいさんも、「こんなことは初めてだ」と言っていましたので、間違いありません!

 

 お陰で今日も、お気に入りの帽子は家でお留守番です。風で飛ばされて失くしてしまったら、大変ですからね。

 私は風に負けないようにしっかりと地面を踏みしめながら、古本屋さんへと向かいます。

 

 途中、パン屋さんの看板を風除けにお借りして、ひとやすみしました。

 ぎゅっと目を瞑り、指で目をこすります。


 風が吹くようになってから時折、風に乗った小さなゴミが目に入るのか、目が痒かったり痛かったりして大変です。

 大変といえば、この強めの風が吹き始めてからが安定しないらしく、お母さんが料理をする時に火力の調節に困っていました。

 それに、風が吹き始めた時期とほぼ同時期に魔界の方からクラーケンが港に流れてきたそうで、漁師をやっているお父さんも困っていました。


 風が吹き出してからというもの、困ったことばかりです。

 もしかしたら、この風は悪い風さんなのかもしれません。


 ……そんなことを考えていたら、古本屋さんに着きました。

 今日ここに来たのは、七色に光る素敵な本を買うためです。ちゃんとお小遣いもショルダーバッグの中のお財布に入れて持ってきました。

 そうです。お小遣いが貯まったのです。今までは立ち読みしていましたが、今日からは家でこの本を好きなだけ楽しめるのです。


 私は目当ての本をすぐに見つけました。なにせ七色に光っているのですから、見つけるのは簡単です。

 

 そして、『魔女と三人の弟子』という題名のその本を手に取ろうとした時のことでした。


「あっ」


 私は思わず声を上げてしまいました。

 同じくその本を手に取ろうとした誰かの手と、私の手が触れてしまったからです。


「あはは。手が重なっちゃったね」


 見上げると、紫色のローブを着たショートカットの綺麗なお姉さんがこちらを見ていました。

 お姉さんの赤い瞳に見つめられて戸惑ってしまいましたが、とりあえず挨拶します。挨拶は大事って両親に言われてますからね。


「えっと、こんにちは」

「こんにちは。貴方、この本好きなの?」

「はい!」


 私は思わず大きな声で返事していました。このお姉さんも七色に光る本について知っているようだったので、嬉しくなってしまったのです。


「そっかー。この本のどんな所が好き?」


 お姉さんは心なしか嬉しそうに私に尋ねます。


「『魔女と三人の弟子の物語』を只の童話としてじゃなく、私小説の様に書いているところが素敵だと思います!」


 「魔女と三人の弟子の物語」。この国でとても有名な童話です。

 大いなる魔女”ママ”とその弟子の三人の魔女が悪い魔物を倒していくおとぎ話。

 「王国の始まりの物語」とも言われます。悪い魔物を倒し終えた”ママ”と三人の弟子がこの国を造ったというのです。この国を豊かにしている文字を使った精霊魔術も、この人達が広めたと言います。


 私が本当に小さかった頃は、その童話に出てくる悪蛇ニーズヘッグを引き合いに出して「夜に口笛を吹くと、ニーズヘッグがやってくるよ!」などと両親に言われたものです。


 そして、この七色に光る本では彼女たちの旅が詳細に描かれています。

 この小説が元で童話が生まれたのか、それとも童話を元に作者さんが執筆したのかは分かりません。しかし、この小説形式の不思議でワクワクする冒険物語が私の心を掴んで離さないのは確かなことです。


「それと表紙が綺麗に光っているところ!」


 「本自体が七色に輝いている」という点もロマンチックで惹きつけられます。最初に見つけて興味を持ったのも、他の本と違って綺麗に光っていたからですしね。 


 私の言葉を聞いて、お姉さんは頷いてくれました。


「『光ってるところ』……か。そうだよね、七色に輝いてる本なんて珍しいものね」


 お姉さんはなにやらとても嬉しそうでした。

 多分、同好の士を得て嬉しかったのだと思います。

 私もこうして語れる人に会えて嬉しいです。


「そっかそっかー。それで、ええと……」

「ユエと言います!」

「ありがと。ユエちゃんは登場人物の中で誰が好きだった?」

「そうですねー……」


 私は登場人物を思い返します。

 うん。私が好きなのはやっぱり「白銀の星の杖」を持っているというーー


「”流れ星の魔女”さん!」

「……うん。わかる。そうだと思った! 怪物にとどめを刺すのはいっつもあの子だもんね」

「はい! それに『流れ星から産まれた』という過去もステキです!」

「そうだよね……。やっぱり、あの子ずるいよ……」


 何故だかちょっとお姉さんは残念そうです。”流れ星の魔女”さんはお姉さんの好きな登場人物と違ったのでしょうか。


「じゃあ、その次に好きなのは?」


 次点で好きな登場人物となると、あの人ですね。


「『柔らかくて長い杖』を持っている”結界の魔女”さん!」

「あー、そっちかー。そうきたかー。いいよね」

「いつも冷静だけど、行動から本当は温かい心の人なんだってことが伝わって来て好きです!」

「うんうん、そうだよね……」


 なんだかお姉さんはがっくりと肩を落としています。

 むむむ……。あ、もしかして、お姉さんはあの人が好きなのかな?


「大いなる魔女”ママ”も何でもできて凄いと思いますよ?」

「うん……」


 いよいよもってお姉さんは悲しそうな表情を浮かべました。


「えっと、もう一人の登場人物はどう?」

「もう一人……。えーと、『小さな羽根付きの銀の杖』を持っている人ですよね。んーと……」

「”本の魔女”」

「あ、そうです。”本の魔女”さん!」


 名前が出てきそうで出てこなかった私に、お姉さんがフォローしてくれました。

 そしてお姉さんは完全に涙目です。


「ごめんなさい! もしかして”本の魔女”さんのこと好きでした? あの人もいいところありましたよね……例えば……例えば……! いろんな……こう、知識が、詳しくって……とにかくよかったです! ステキだと思います!」

「あぁ、うん。気を使ってくれてありがとう……」


 フォローしたつもりが、追撃をしてしまったようです。

 お姉さんは気を取り直してといった様子で姿勢を戻し、私に言いました。


「いやね、お姉さん実はこの本の作者で、”本の魔女”キャロルなのよ!」


 このお姉さん、さらっととんでもない嘘を言いました。


「どう? 驚いたでしょ!?」

「えっと……」


 お姉さんは驚いて欲しかったようですが、とても驚く気分にはなれません。

 だって、そんなの間違いなく嘘に決まってます。

 七色に光る本の作者というところまでは、まだ多少現実味があります。辛うじてといったレベルですが。

 でも、”本の魔女”さん本人な訳がありません。何故なら――


「これはとても古い物語なんですよ? ”本の魔女”さんが生きてるはずがありません。私はまだ子どもですが、それくらい分かります!」


 お姉さんへの警戒度を引き上げ、少し後ずさります。


 私を子どもだと思って騙そうとしたのだったら、お姉さんは危ない人なのかもしれません。

 いや、自分を”本の魔女”だと思い込んでいる変な人かもしれません。それはそれで対応に困ります。

 いずれにせよ、この時点でお姉さんに対する印象は「怪しいお姉さん」というものに変わりました。

 

 でも、仕方ないことなのです。

 この時のお姉さんは、実際怪しい言動でしたし。

 そして何より、このお姉さんが私の将来に大きく影響を与える人だということを、その時の私が理解する術はなかったのですから。


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