夜会準備 2

「でも、私、ドレスもないし、マナーも知らないから無理かも」

「何が無理なんだ?」

 服を着替えて、夕食をとるために屋敷の食堂に来てみると、ロバートとアリサ、サリーナが、何かを話している。

「兄上がいれば平気よ」

 うれしそうな顔でサリーナがそう言った。

 なんのことだろう、と、思いながら、アリサに目を向ける。

 金の長い髪が、柔らかい照明に照らされて輝いて見えた。

 しなやかな光沢のある藍色の布地のドレスは、アリサの美しい体のラインを描いている。

 ドレスの胸元が大きくあいており、豊かな白い谷間がみえた。いけないと思いつつも、つい凝視してしまう。俺の目線に気が付いたのか、アリサは頬を少し染めて、スカーフで胸元を隠した。

「じゃ、決まりね。さしあたっての問題はドレスよね。母上のドレスだと、流行おくれだし」

「アリサは、ドレスって仕立てたことあるの?」

「え? 町娘が着るようなやつなら作れると思うけど……って。私行くとは言ってないけど」

 三人の話についていけない。何の話をしているのだろう?

「何の話だ?」

「アリサが皇室主催の夜会に出るという話です」

 ロバートは、さらっとそう言った。

「ロバート、正気か?」

 ロバートはアリサを公の場に出すのはどちらかといえば、否定的だと思っていた。

「正気も何も。魔道ギルドからの正式な依頼です。断れません」

ロバートに目で促され、アリサはギルドの印の押された書簡を俺によこした。

「アリサは、宮殿の地理に疎いから、裏方の警備は無理です」

「しかし、アゼル卿も来るぞ」

 俺の言葉に、ロバートは動揺した様子も見せなかった。

「大丈夫ですよ。僕が言うのもなんですが、アリサが本気で着飾れば、寄ってくるのはアゼル卿一人ですむわけがない。皇室主催ですからね。アヤツが横槍を入れられない高貴な方々が、アリサを取り巻いてくれます」

 俺は、今日の執務室での打ち合わせを思い出した。

 アステリオンが面白半分でギルドに手をまわしたのかもしれない。

「ジュドーより、タチが悪いのに引っかかったらどうする?」

 俺の頭にアステリオンの顔がチラつく。本気でアリサをどうこうしようとはしないとは思うが、皇太子がアリサに興味を持ったら、侯爵の俺は太刀打ちできない。

「そこは、イシュタルト様にお任せして」

 今日の打ち合わせにはいなかったロバートは、いたってのんきである。

「ロバート、お前な……」

 アリサの美しさがあれば、ジュドー・アゼル以外にも求婚者は続出するだろう。俺の気持ちを知っていて、わざとやっている。ロバートはアリサがからむと、本当に性格が悪い。

「ロバート。行かなきゃならないのはわかったから。私、一人でも大丈夫。ほら、壁の花って言うじゃない? 魔術の波動を感じるだけなら、壁際でじっとしていればいいから。人目があればジュドーも変なことはしないと思うし」

 俺とロバートのやり取りに何を感じたのか知らないが、アリサがそう言った。

 アリサが壁に咲いていたら、壁に男が群れるのは容易に想像がついた。

「ダメ。アリサが壁の花になんかになれるわけないでしょーが。イシュタルト様がご無理なら、レグルスに頼みに行ってくるから、間違っても、一人で行くなどと言わないように」

「ロバート、レグルス様って?」

 よりによって、一番聞きたくない男の名前である。あの男に俺が間違いなく勝てるのは、身分だけだ。しかも、奴はアリサをはっきりと狙っている。

 ロバートは、わざと俺をあおっているのだ。

「あのひとも夜会に呼ばれているからね。アリサのエスコートを頼んだら、たぶん喜んで」

「その必要はない。アリサのエスコートは俺がする」

 でしょうねえ、と言わんばかりの目で、ロバートは俺を見て、アリサに気づかれない角度でニヤリと笑った。

 性格悪いぞ、ロバート。

 つい、そう思う。

「あの、ご迷惑ではありませんか?」

 アリサが遠慮がちに口を開く。

「アリサは、俺が相手では嫌か?」

「いえ。そんなことはありません。でも」

 アリサは困ったようにうつむいた。

「そうと決まったら、ドレスよねー。あと、靴も必要ね。アリサさん、どうします?」

 なぜか、サリーナのテンションが高い。ロバートはわかるが、妹のこの強引さは、どういった理由があってのことなのだろうか。

「サリーナ様のオススメは、ありますか?」

「そうね。今日のドレスみたいなセクシー系がいいと思うわ。ねえ、兄上」

 突然、話を振られ俺はドキリとした。つい、柔らかそうなアリサの胸元の双丘に目が行ってしまう。

「露出が多すぎるのは、やめたほうがいいと思うが?」

「こういうドレス、私には、似合いませんか?」

 アリサは、少しがっかりしたようにそう言った。

「そうは、言っていない」

 俺は慌てた。似合う、似合わないで言えば、とてつもなく似合うのだ。

「ただ、魔道ギルドの任務で行くのだろう? 男の視線を引くことより、いざというときに動きやすいドレスにしておかないと困るということだ」

「ああ、なるほど」

 俺の詭弁に納得したアリサだったが、隣りで、ロバートがなぜか笑いをかみ殺している。

 お抱え魔導士は、全てをお見通しらしい。

「それなら、明日、エレーナに来てもらうから、アドバイスをもらうといいよ。」

「エレーナ様に?」

「エレーナはセンスもいいし。夜会警護の打ち合わせをするのに、来てもらう予定だからね」

 ロバートは、まるで自分の家に友達を呼ぶかのようにそう言った。

「……お前、エレーナは仮にも皇族だぞ。まさか、我が家に呼びつけたのか? それに、そういう事は俺に報告しろ」

 確かに、ロバートとエレーナは親しい。しかし、それはさすがにやりすぎだろう、と思う。

「申し訳ありませんでしたが、オズワルト様にはお話ししております。それに、僕が呼んだのではなく、アリサがここにいると言ったら、絶対に見に来たいと言って、強引に押し切られたんです」

「その図は、なんとなく浮かぶが……お前も少しは抵抗しろ」

 首をすくめるロバートに俺は思わず、そう呟いた。

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