皇太子さまとお散歩4

調査は夜更けまで続いたが、襲撃者を特定できる証拠は発見できなかった。

 アステリオンによれば、建国時に作られた石像は他にも四つあるそうで、念のためそちらも調査したが、今のところ変化はなかった。それでも、油断はできないので、警備をつけることになり、私たちはいったん捜索を打ち切った。

 夜半過ぎまで詰所にいたが、夜明けまで時間を貰い、私はいったん家に帰ることを許された。ロバートとイシュタルトはそのまま残ると言うので、後ろめたさがあったが、借り物のドレスに、履きなれないヒールでは、いざというときにフットワークがきかない。実家に帰りたいと思ったが特に言い出せぬまま、リゼンベルグ侯爵家の馬車にのせられ、侯爵家に泊まった。

 そして、自作のチュニックブラウスとズボンをはいた。フレイは着飾ることを薦めたが、私は失礼がない程度に、シンプルに髪を結ってもらうだけにとどめ、日の出前に宮殿へと戻った。

「ご苦労だな。アリサ」

「イシュタルト様こそ」

  まだ薄暗い宮殿に入ると、軍服姿のイシュタルトが迎えてくれた。詰所で仮眠を取った時に着替えたらしい。秀麗な顔に疲れが滲んでいる。

「魔道ギルドのカペラが現場を見た後で、対策会議がある。朝食はとったか?」

「いえ。まだです」

 さすがに下宿? している身で、夜明け前に朝食の準備をしてもらうのは気が引けた。食欲もあまりなかったし。

「それなら近衛隊の詰所に来い」

 そう言って、イシュタルトは私を近衛隊の訓練所に近い食堂に案内してくれた。

「イシュタルト様」

 私は、歩きながらイシュタルトを見上げた。

「アステリオン殿下は敵が多いのですか?」

「……少なくはない」

 言いながら、イシュタルトは苦笑した。

「ああ見えて、優秀な方だ。ただし、優秀ならみんなが大好きって言う世界ではない」

「少なくとも、女性に対してサービストークの上手な方ですね」

 私は、アステリオンとの会話を思い出しながらそう言った。

「サービストーク?」

 怪訝そうな顔をするイシュタルトに私は苦笑する。

「ずいぶん、美人だとかいろいろ褒めていただきました。ロバートが怖いのかもしれませんけど」

 イシュタルトは何も言わずに、私をじっと見ている。

「珍しく嬉しそうだな」

 そう小さく呟く。何か私が邪な想いでも抱いているかと疑われているような気がした。

「お世辞だとわかっていますよ?」

 念のためそう言っておく。 

「嬉しかったのは……思っていたよりずっと、皇太子さまが優秀な方だったからです。女癖が悪いとしか聞いてなかったので、ジュドーのような男だったらどうしようと思ってましたから」

「アステリオン殿下が、女たらしなのは事実だ。その証拠にいつもガードが固いアリサだって、警戒を解いている」

「私、ガードが固いですか?」

 イシュタルトが複雑な顔をした。

「俺は、ずっとお前から警戒されていた。過去形にしていいかどうか疑問だが」

 言われてみれば、事実なので、私は頭を下げる。

「私。本来、父にぶつけるべき恨みつらみを、イシュタルト様に向けておりました。許してくださいと言えた義理ではないですれども、申し訳ありません」

 私たちは、近衛隊の食堂に入っていき、スープとパンを出してもらった。スープの温かさが心を温めてくれる。

 パンもやわらくて、とても美味しかった。

「イシュタルト様は、普段、女性に冷たいとお伺いしましたが、どうしてですか?」

 昨日、わが身に突き刺さる嫉妬の視線の数をみても、イシュタルトが相当モテることは良くわかった。

「俺は、冷たい男だと思うか?」

 質問に質問で返されて、私はかじりかけたパンを慌てて飲み込んだ。

 私から見たイシュタルトは、多少強引なところはあっても、紳士だし、情け深く優しい。だからこそ。昨日、カーラ公女とイシュタルトの会話にものすごい違和感を感じた。

「イシュタルト様が人間として、冷たいのなら、借金を待ってくれたり、愛人のふりをしてくれたり、問題行動おこしそうな女のエスコートをしたりしないと思います」

 私は素直にそう言った。

「……アリサが、そう思ってくれるなら、俺はそれでいい」

 何か微妙にはぐらかされた気がするが、そう言って微笑んだイシュタルトの瞳の優しさにドキリとしてしまい、追及できなくなってしまった。

 最近、私はイシュタルトに見つめられると平静でいられなくなってしまう。そして。そんな自分がとても怖い。

「そろそろお偉いさんが集まる時間だな」

 イシュタルトに促され、テーブルを離れる。

 外に出ると、朝日が美しく輝き、昨日のことが嘘のように思えるけれど、大気はどこか不安定で、肌がざらついた。

「イシュタルト様」

 私は秀麗なイシュタルトの顔を見上げた。

「いやな感じが、抜けません」

「そうか」

 私の言葉に、イシュタルトは険しい顔で頷いた。


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