結社ミザール 1
「会議には、どのような方がいらっしゃるのですか?」
私は近衛隊の詰所から、宮殿へと歩きながら、イシュタルトに訊ねた。
「そうだな。たぶん陛下も出席されるだろう」
私はぎくりとした。やっぱり着飾っておくべきだっただろうか?
「それに、公爵家の代表、各役職の幹部、軍関係、魔道ギルド関係が集められる」
「……そんなに、すごい方々が集まるところに、私、出席してよろしいのでしょうか?」
できれば、控室かなんかで、ひっそりと待っているとか、地道に方針が決まるまでの警護をするとかのほうが、良いような気がする。
「アリサは、第一発見者だ。一番、術者の臭いを知っている」
「それなら、ロバートひとりで十分です」
私は頭を振った。
「私、そもそもギルド長のカペラ様ですら、この前一度会っただけですし、顔を出しても出さなくても誰も気にしないのではないでしょうか?」
「アリサは、昨日一日で、随分顔を売ったぞ?」
イシュタルトはそう言って、私の顔を見る。
「それは、イシュタルト様の噂の打消し効果として、ですよね」
「噂?」
イシュタルトがキョトンと、私を見る。私は、本人に言っていいものかどうか、迷う。
「ロバートと恋仲という……」
「ああ、あれか」
意外とあっさり、イシュタルトはそう言った。
「ロバートも俺も、いろいろ面倒くさくて、放置していた」
「面倒って、かなりの醜聞だと思いますけど」
私は呆れて、イシュタルトを見た。イシュタルトは首をすくめた。
「ロバートは、エレーナとの関係を隠そうとはしていないぞ」
「え?」
「まあ、大っぴらにイチャついたりしているわけではないが」
エレーナとロバートでは身分差があるし、年齢も離れている。いいお友達と言われてしまえば、そんな感じもしなくもないから、噂にならないのかもしれない。
「結局、噂というのは面白い方に流れる。昨日のことだって、ひょっとしたら、アリサはロバートの身代わりにされているとか、言われているかもしれないな」
イシュタルトはため息をつきながらそう言った。
「身代わり?」
あまりと言えばあまりの発想に、頭がくらりとした。お貴族様のお噂というのは、ご近所様の噂話の上をいくかもしれない。
「言っておくが、アリサ。俺は男に興味はない」
「別に……そんなことを疑ったりはしておりません」
私はなんとなく、顔に熱が集まるのを意識した。遊びか演技か真意はわからないにしろ、ここのところキスやら抱擁をされまくっている。
「ただ、その……もっと遊んでいらっしゃると勝手に思っておりましたので……」
失言だったと、言ってから気が付く。
が。イシュタルトは怒ってはいないようだった。
「それなりに遊んだ頃があったのは事実だ」
「手痛い想い出でも?」
「想い出というわけではないが、そうだな……惚れた女に、遊び人だと警戒されているな」
イシュタルトが苦笑いを浮かべている。
「それで、極端なくらい女性をさけていらっしゃるので?」
私は目を丸くした。
「イシュタルト様の恋人さまは、随分、嫉妬深いのですね」
私の言葉に、イシュタルトは首をすくめた。
「いや、俺が一方的に想っているだけだ」
言いながら。イシュタルトの視線が私を射るように向けられた。思わず、胸がドキリとする。
まるで、その相手が私だと勘違いしてしまいそうだ。
「そのような方がいらっしゃるのに、私のエスコートをしてくださったのですか?」
「アリサは物事を難しく考えすぎじゃないか?」
ふーっとため息をつきながら、イシュタルトは私の腰を引き寄せた。ドキリとするが、イシュタルトの視線は私に向いていない。
イシュタルトの視線を追ってそちらに目をやると、厳しい目で私達を見つめているジュドー・アゼルがいた。
夜会用の服ではなく、魔導士の黒いマントを羽織っている。私と一緒で、会議に呼ばれたクチかもしれない。
「早朝からご苦労だな、アゼル男爵」
イシュタルトは感情をあまりのせずに、そう言った。
侯爵に声をかけられては、さすがに無視はできない。
「リゼンベルグ候にお声をかけていただけるとは、光栄ですね」
ジュドーは不機嫌な声を隠そうともしない。
「候やラムシードの双子の活躍で、大事に至らず何よりでございました」
嫌悪のこもった視線が私に向けられた。
「アリサは、思ったより上昇志向が強いのでしょうか? 侯爵を踏み台に、皇太子殿下にまで色目を使うとはね」
「――はい?」
言われた意味がわからず、思わず間抜けな声を出した。
「貴女がそこまで愚かな女とは思いませんでした。残念です」
汚らわしいと言わんばかりに、私を見る。
「リゼンベルグ侯爵も、毒婦に骨抜きにされないように、お気を付けになることですね」
形だけは丁寧に、アゼルは頭を下げて私たちから離れていった。
イシュタルトに腰を抱かれたまま、私は呆然と見送る。
ようするに、すごく嫌われたらしい。
なんだか釈然とはしないものの、昨日からの私の一連の行動が彼にとって『百年の恋も冷める』行動だったようだ。
イシュタルトを見上げると、ニヤリと笑っていた。
「アリサを毒婦と呼ぶとはね」
「愛嬌がないとは言われますが、毒婦と言われたのは初めてです」
そもそも、毒婦というのは、色香溢れる女性というイメージがある。
「なんだかよくわかりませんが、私、愛想をつかされたということですね」
妖艶で計算高い女という『誤解』は、気持ちが良いものではないけれど、これで、彼奴が私につきまとうことはないだろう。
「嬉しくないのか?」
私の微妙な表情に何を感じたのか、イシュタルトは私の顔を覗きこんだ。
顔が近い。胸がドキドキする。
「嬉しいかどうかは、ちょっと微妙です。安堵はしましたが」
そう言って、腰を抱かれたままだということに気が付く。
「あの……お芝居は終わっていいです」
「前にも言ったが、芝居はしていない」
イシュタルトはそう言い、腰を抱いたまま私を伴って、宮殿へと入っていく。
「アリサは、本当に鈍いな」
会議室へと続く廊下を歩きながら、イシュタルトの唇が私の耳に軽く触れた。
私は。
私は、何が何だかわからなくなって。顔があげられなくなった。
会議には、そうそうたるメンバーが集められていた。大きなテーブルが置かれ、そこには、宮殿の地図が広げられている。
そのすぐそばに皇帝陛下。そして、そのわきにアステリオン皇太子が座っている。
早朝だと言うのに、ぴしっと決めた正装の人間もいれば、明らかに昨晩からほとんど休んでいないと思われる疲れた顔の人間もいる。軍の関係者さんはほとんどが、わずかな仮眠しかとっていないらしい。それでも、眠そうな顔をしていないのは、鍛え方や心構えが違うからであろう。
私は、レグルスと一緒に、末席ともいうべき、最後列に座った。ロバートは、当然、イシュタルトの隣でずっと前の方に座っている。
とても緊張しているのに、先ほどのイシュタルトのキスの感触が耳に残っていてどうにも集中できない。挙動不審な私を、隣りに座ったレグルスが不思議そうに見ているのがわかる。
皇帝陛下が部屋に入室し場が静まると、近衛隊隊長である、レヌーダ・ダルカスさんが前に進み出た。そして、丁寧に、昨日の出来事の説明と報告をしていく。
「それで、襲撃者の身元等はわかったのか?」
皇帝の言葉に、レヌーダさんが苦い顔をした。
「現在、調査中です。侵入経路すら判明しておりません」
「調査が生ぬるいのではないのか?」
たぶん、皇族の誰かであろう。レヌーダさんは、そう言われ、眉を曇らせた。
襲撃があったのは、昨夜である。しかも、現在はまだ翌日の午前中。冷静に考えて、そう簡単にいろいろなことがわかるはずもない。生ぬるいという発言は、ただの嫌味にしか聞こえない。
「現状、犯人の特定より、優先させなければならないことがある」
アステリオンが口を開いた。
「そうだな、カペラ」
アステリオンに促され、カペラは席を立ち、皆の前に歩み出た。心労が激しいのか、この前会った時より老けて見える。
「庭園に置かれていた、霊獣ガルーダの石像が破壊されております。石像は、建国以来、この城を守っていた魔法陣の要でありました。それゆえに魔道バランスが崩れております」
カペラは、レキサクライの浸食を防ぐと伝えられている石像の説明を始めた。
石像は五大元素を象徴しており、その石像に込められた『元素』が重要で、破壊されたガルーダは、『火』の元素を凝縮したものだった。ゆえに、「水」の影響を色濃くもつ『ハイドラ』を召喚することで、徹底的に破壊されたらしい。
「早急に、魔法陣の再編をせねばなりませんが……もとのような石像を作るには一年以上はかかると思われます」
カペラの言葉は苦い。魔法陣の要とするためには、相当な魔力付与が必要である。しかも、『火の元素』を凝縮するのというのは、単純に防魔能力を高めたりするような魔力付与ではなく、もっと繊細な作業だ。
ちなみに私のような『仕立屋』の魔力付与の場合は、そこまで元素を凝縮できない。布や糸にそこまでの元素を付与することが出来ないからだ。逆に、宝石を扱う付与師は、その技術こそ、至高とされている。
「宝玉だけでも用意することは、できないかしら?」
エレーナが手を上げた。
「……もちろん、その方向で考えておりますが、問題は、魔法陣を再編させるのに、どの程度の魔力が必要かという試算です」
カペラの話はとても難しい。魔導士にはなったものの、魔道学校中退、しかも、成績は非常に科目によって偏りのあった私には、理解するのがやっとで、対策など思い浮かぶはずもない。
ふーっと、息を吐いた時、不意に私は、背中にゾクリとしたものを感じた。吐き気をもよおすような気持ち悪さ。
肌が、ざらつく。
私は、思わず、立ち上がった。
「どうしたのだね、アリサ・ラムシード?」
カペラが不思議そうに私を見た。隣のレグルスが私を見上げている。
誰も、何も感じていない? 私の体調が悪いのだろうか?
「何かが、おかしいです」
私がそう言うと、カペラも顔を歪めた。
「……大気が、歪んでいる?」
会議室にどよめきがおこる。
「アリサ、大丈夫か?」
レグルスが立ち上がり、私の背を支えてくれた。頭がガンガンする。
「魔法陣の要がもうひとつ破壊されたのかもしれない」
エレーナがポツリ、とそう言った。
そこには、クラバーナ帝国の祖であるアダーラ帝の石像があったらしい。城のバルコニーから見下ろした広大な広場の真ん中に、大木はあった。じりじりと恐ろしいスピードで生育を続けている。
大樹の下に、木の根に割られた石像が転がっていた。
私はよろめく身体をロバートに預けながら、魔道ギルドのメンバーとともに、突然現れたその大木を眺めた。
「水は、木を育くみ、そして木は火を生む。火は土となり、土は金を生み、そして、金は水を生ずる」
私はボソリと呟く。魔道の基本で、学校で一番最初に学ぶ言葉だ。
「アリサくんは、次は『火』だと思うのだね?」
「え?」
カペラに声をかけられ、私はびっくりした。
「いえ、そんな」
深い意味は、と言おうとした。
「そうかもしれない。これは順番だ」
ロバートが大木に手をあてる。
「この木は明らかに魔術的なものだ。でも、ガルーダの石像が壊された後、ここには警備がついていたはずだ。そうですよね? カペラ様」
「ああ。兵士の他に、魔導士も交代で見張っていたはずだ」
「では、その前から種子が埋め込まれていたとか?」
私がそう言うと、ロバートはこくんと頷く。
「たぶんね。ただ、見張りの魔導士に、様子を聞く必要はありそうだ」
ロバートに指をさされ、そちらをみると、水の元素を注ぎ込んだであろう魔術の残滓が残っている。
「映しますか?」私が聞くと、カペラは自分がやる、とそう言った。
「塵は巌に。雫は海に。我、魔の理を持って命ずる。鏡となれ 」
呪文の完成とともに、魔力の欠片がキラキラと光る。
「あれは――」
鏡面に映し出された、一人の男。
よく見知ったその男。ジュドー・アゼルだった。
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