魔導士認定と枕 3
翌日。私は、父がいるのをいいことに、終日、工房の奥に籠っていた。
ジュドー・アゼルへの恐怖もあったし、父の魔道具コレクションの使えない高級品ナンバーワンである、魔道ミシンを使い、防魔枕の試作を始めたからだ。
魔道ミシンというのは、魔力で動いて、布地を縫い合わせることができる機械である。縫製も美しい。
何が、「使えない」かというと、魔力付与する機能が著しく低いのだ。うちがオーダーで使っている魔力付与のための高級糸はまったく使えないし、既製品用の糸を使うのがやっとである。しかも、手縫いに比べて、付与できる魔力は、ほぼ七割になってしまい、見た目はともかく「魔力付与した防魔用品」としては、確実に質が落ちるのだ。
しかし、通常の手縫いで作るより早い。疲労度は、魔力付与が低いため手縫いで同じだけ縫うより、はるかに少ない。魔力付与の魔力量を落として良いというのであれば、使わない手はない。
ジーンの話では、やはり売値は1000Gが限界価格だと言うので、時間も含めて、できるだけローコストにしたいのだ。
ちなみに、この魔道ミシンの価格は、百万Gを越えている。それなのに、今日の今日までタンスの肥やしにするという、もったいないお化けの権化である。
噂によれば、魔道ミシンは、一般の職人さんには魔道起動のための初期魔力が大きすぎて動かせないし、魔力付与職人には、魔力付与能力が低すぎて敬遠され、現在は生産停止となり、単なるコレクターズアイテムと化しているらしい。かなり、しょっぱい涙が出てくる現実だ。
うちの店のロゴを入れた、魔道枕はなかなかの出来栄えだった。
それに満足した私は、そのあと魔道ミシンで涼感用の洋服をいくつか試作してみた。自分用の夏の寝巻を作って、ひとり悦に入っていると、父に呼ばれた。
既に日は傾いており、店内に灯りがともっている。
お客の気配に慌てて出ていくと、ロバートとイシュタルトが椅子に座って待っていた。
「アリサ、話がある」
ロバートに名を呼ばれ、私は椅子に座る。
父が、全員にお茶を配ってくれた。
「ジュドー・アゼルは、今、魔道ギルドの研究員をしている」
ロバートがいきなり本題を切り出した。
「特に、召喚術を専攻しているという話なんだ。」
「はあ」
話がよく見えず、私は間の抜けた返事をする。
「わからない? アイツはね、今回のことで、姉さんへの興味が再燃したんだよ」
「で、でも、たかが反転の技だよ?」
召喚魔術の魔法陣反転は、大基本の技だ。ロバートが『ほかにいくらでも方法が』と言ったように、効率の良い安全な止め方はいくらでもあって、それをしなかった私は、ただの阿呆と言われても仕方ないのだ。
「言っておくけど、基本が一番簡単とは、誰も思っていないから」
ロバートはそう言って、はあっとため息をついた。
「簡単な魔法陣だったら、誰も姉さんを魔導士に推薦したりしないよ?」
「うぅ。そうかもしれないけどさ」
私はロバートにやり込められて、反論しようもない。
「アイツは、魔導士認定審査とは別にきっと、正規ルートで、姉さんに聞き取り調査を依頼してくるはずだ」
「やだ」
つい、駄々っ子のように、そう言ってしまう。
「やだ、じゃない。依頼があったら、僕か、レグルス、もしくは両方の同席以外引き受けないこと。理由は、すぐ気を失ったから一人じゃ調査のお役に立てないとか言うといい。レグルスには僕から話すから」
なんだか、大事になってきた。
ふーっと、ため息をつくと、イシュタルトがしかめっ面で私を見た。
「そのこととは別の話だが。ジュドー・アゼルは、先日、ある貴族令嬢との婚約を突然破棄した」
イシュタルトが難しい顔でそう告げた。
「私、関係ないですよね?」
正直、他人事なのですが。
「関係していないと、言いきれるのか?」
イシュタルトが私の顔を見る。昨日のジュドーのネチッコイ言動を思い出し、寒気が走った。
「でも四年も会っていませんよ? 魔法陣反転したというだけで、そんな女の為に、婚約を破棄します?」
「俺に聞くな」
苦み走った顔でイシュタルトが首を振る。
「あいつは、昔から普通じゃない。恋愛感情で動いているわけじゃないんだ。姉さんのルックスと才能が欲しいだけで!」
ロバートが吐き捨てるように言う。
「私のルックスと才能?」
どっちもたいしたことはないと思われるけど。過剰な評価は御免こうむりたい。
イシュタルトはその言葉に眉をよせた。
「アレでも社会的地位を持った人間だ。常軌を逸した行動はとらないとは思う。しかし、アレは社交界で、金髪の女性をとっかえひっかえ漁っていたという前科がある。当然、元婚約者も金髪だ」
「金髪フェチですか?」
私がおそるおそるそう言うと、イシュタルトは首をかしげた。
「そうかもしれないが、違うかもしれない」
「髪を染めたら大丈夫じゃないか?」
父が突然、口をはさんだ。父は父なりに心配してくれているらしい。ロバートとイシュタルトは、顔を見合わせた。
「既にアリサが金髪だってわかっているのに、今さら染めても無駄だよ」
ロバートがそう断言する。少しも嬉しくない。
「アレでも貴族だからな。平民のお前を妻にはできない。それぐらいの分別はある。唯一、アレを褒めるとすれば、アレは妾腹の生まれで、それなりに苦労もしているから、たぶん女を囲うという発想はないところだな」
女をとっかえひっかえしていても、一応、その時のお相手は一人なのね。お貴族様的には、褒めるとこでしょうか。
「その誠実さが、少しもにじみでてこないのは何故なんでしょうね」
私は首をひねる。
「相手の気持ちはどうでもいいからだ」
イシュタルトが不機嫌にそう言った。
そうなのだ。ジュドーは、人の話を全く聞かない。
美形の男は、女の感情を気にしない傾向が少なからずある気がするが、アヤツは普通じゃない。
「ふうん。それなら、ジュドーは、私に、女としてじゃなくて、術者としてだけの興味を持っているということですよね? だって、私、平民のままですし」
「アリサ、魔導士認定されたら貴族に嫁げるって、僕は、この前、言ったよね?」
「げ。マジ? だから突然?」
魔導士になったら、『国にとって有能な人材』というお墨付きを貰うことになるから、運が良ければ皇族とだって結婚しちゃうことができる。(もちろん、簡単ではないけれど)
この国の階級社会の抜け道とでもいうべきか。
もともと、この国は冒険者という、不定住者の多い土地柄だ。そして、彼らの何割かは非常に有能で、階級云々など問題なく、国としても逃したくはない人材である。それで、作られた称号が魔導士と最高騎士だ。
魔導士と、最高騎士という称号を手にすれば、それは血統の優秀さが証明されたことになる。
もちろん、この称号は、あくまで称号であって、領地がもらえたり収入が増えたりはしない。ただ、魔導士でなければできない仕事や、最高騎士でなければつけない職というのは存在する。その一例をあげるなら、レグルスは領地も爵位もないが「最高騎士」の称号を持っているため、その気になれば、皇女を娶ることだって可能は可能だ。(その場合は、さすがに何らかの役職に就く必要があるが)
「魔導士の認可がおりなければ、大丈夫ということ?」
おそるおそる、そう聞いてみる。
「認可がおりない可能性は、ほぼないと思うよ。」
ロバートは、そっけなくそう言った。
魔導士認定は、五人の審査員のうち、三人の推薦があれば良い。
「うー。うちに金があれば買収でもなんでもするのに」
私は頭を抱えた。うちにあるのは資産ではなく、負債だけだ。
「そうだ。うちは借金があるし。借金の額を知ったら、さすがに手を引いてくれるのでは?」
ポンと私が手を打つと、イシュタルトが険しい顔をした。
「アリサ、アゼル家は、爵位こそ男爵だが、商売上手でかなりの資産家だ。借金をしていると知ったら、喜んでそれを肩代わりするだろう」
「嘘、ですよね?」
二人は沈黙する。沈黙が全てを肯定している。
「アリサ、借金の為にその身を犠牲に……っていうのだけは、やめてね」
ロバートは静かにそう言った。
「あんな奴を兄と呼ぶのだけは、僕、絶対に嫌だから。いい? これはアリサのためだけにやっていることじゃないからね!」
私はコクコクと頷いた。女郎小屋に売られるくらいなら、レグルスに弄ばれた方がましと思ったが、ジュドーに嫁ぐくらいなら、女郎小屋でビジネスライクに身を売ったほうがマシだと思えてくる。
「ま。表だってしばらくは、アレも、俺に多少の遠慮はするだろうから、いきなり連れ去ったりはしないだろう」
イシュタルトはコホン、と咳ばらいをした。
「それは……」
その場しのぎでついた嘘ではあったが、あれって、私、イシュタルトの愛人宣言しちゃったのよね?
侯爵様の女だから、そう簡単に手を出さないって意味ですよね、今のセリフは。
「あ、あの、イシュタルトさまの醜聞になって、お仕事に差し支えたりはしないでしょうか?」
よく考えたら、イシュタルトは近衛隊の副長で。リゼンベルグ侯爵家を背負う人だ。
借金をしている娘を愛人として囲うなんて噂がたったら、申し訳ないですまない。
「醜聞なんて言うな」
思いのほか強い口調で言われたその言葉に、顔を見上げると、真摯な闇色の瞳に捕まった。
「俺は別に芝居をうったわけではない」
「え?」
私が目を見開くと、イシュタルトの横でロバートが首を振った。
「はいはい。今、二人の世界に入らない。行き着くとこまで行き着けるなら止めませんが」
「ロバート」
イシュタルトが、顔をしかめた。
「お前、アリサのことになると、性格変わるな」
「当たり前です。僕はアリサが一番大切なんです」
ふーっと、ロバートはため息をついた。
「まず、父さんに言っておきます」
ずっと無視をされていたのに、突然話を振られ、父は緊張した面持ちでロバートを見る。
「今後、しばらく魔道具売買に絶対手を出さないこと。近いうちに、『珍しい魔道具』を売りに来る人間が接触してくる可能性があります」
「それは、借金をさせようとするってこと?」
コクリと弟が頷く。
「わ、わかっているよ。ここ三年、まったく買っていないから信じてくれよ」
父は必死でそう言う。
「三年買っていないと、新製品が出ているからね。甘い言葉で誘われると、欲しくなるかもしれないだろ?」
ロバートが意地悪くそう言う。ちと、父が可愛そうになるが――自業自得ではある。
「強引な手には出ないとは思うけど、アイツは自分の仕事が休みなら、しつこくここにやってくると思う。父さんとアリサだけなら、絶対にネチネチやられる。なんとか、魔道ギルドに伝手を使ってアイツの休日は前もって知らせるようにするよ」
伝手を使ってなんて簡単に言うけど、とても大変なことだと思う。
「ごめん。無理ばっかりさせて。でも、私、教えてもらってどうすれば?」
友達もそんなにいないし、それに、迷惑がかかりそうだ。うかつに人のおうちに行くわけにもいかない。
「うちの屋敷にこればいい。それが一番安全だろう」
当たり前のようにイシュタルトがそう言う。
「そこまで、ご迷惑をかけては」
「それが嫌なら、レグルスの常宿に泊まって、彼に保護をしてもらう以外、僕は許さないよ」
ロバートがそう言うと、イシュタルトが嫌そうに眉をしかめた。
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