魔導士認定と枕 4

 魔道ギルドは、王宮にほど近い場所にある。

 私はめったに訪れることはないが、広大な敷地に、図書館や研究施設を併設し、さまざまな学術的サービスも提供されている。

 まず、私は魔道具の申請施設で、防魔枕カバーの申請の事務手続きを行った。プールポワン既製品の、三分の一という防魔力で、魔力審査は通った。あとは、許可書が送られてくるのを待つだけである。事務手続きをしている最中、担当者は、思った以上に興味を持ってくれた。防魔枕の防魔力は、魔術を弾くほどの効果はないが、一般的な人々のおまじない程度の呪いなら十分に弾く効果が期待できる。憎悪や嫉妬からおこる術とも呼べない悪夢は退散させることが可能だから、そういった需要はありますよ、と太鼓判を押された。これで売れたら、ジーンとレグルスのおかげである。

 手続きが終わった後、魔道ギルドの中枢にある、本部を訪れる。緑のマントとSクラスの魔力保有会員バッチをつけ、受付を済ませる。正直、気が重い。罰金がなければ、ばっくれてやりたい。

 魔力付与師と魔術師は、魔力量さえ基準を満たしていれば、どちらに登録しても構わないが、魔導士の認定は、自薦、他薦の方式があって、自薦の場合は筆記試験や実技試験など、数多くの難関を潜り抜けねばならない。

 逆に他薦の場合、魔道ギルドの偉い人が三人ほど推薦すれば、五人の審査員と面接するだけで済むのだ。

 不正を防ぐために、推薦人と審査員は全員違う人物でなければいけないとか、推薦される人物の最低魔力量とか、規定はいっぱいあるらしいが、「推薦されたくない」という拒否権は残念ながら、ない。

 魔導士認定は、ステータスではあるが、同時に危険人物と指定されている側面もあるからだ。

 憂鬱な気分で、私は面接会場の扉をノックした。

「アリサ・ラムシードです」

 名乗りを上げると、声に反応して魔力が消費され、ぎぎっと、両開きの扉が開く。魔道式自動扉だ。つい、魔力がもったいない、と呟きたくなる。

 部屋の中央に椅子が一つ置かれ、その前に長テーブルがある。そして、その向こうに書類の束をいじっている五人の人物がいた。

 一人は、レニキシード。研究員の総括をしているらしい。それからギルド長であるカペラ。皇室出身の女魔導士として有名なエレーナ。付与師部門の長のスピリア。魔術師部門の長のライラック。

 なんだか、そうそうたるメンバーである。なんでも、私の推薦人が、魔道ギルドの実力者さんたちで、審査員はそれより格上げすると、こうなったそうな。

「クラークはお元気?」

 突然、付与師部門の長であるスピリアに声をかけられた。父と同世代の優しい感じの女性である。魔力付与師である私にとって、この中で唯一の知人である。

「はい。おかげさまで」

 私は軽く頭を下げる。

「ロバートの双子のお姉さんだそうね」

 エレーナが私を見つめた。確かイシュタルトと同じ二十五歳だったはずだ。とてもセクシーなドレスを着ている。

「ロバートは、随分前に魔導士になったのに、あなたは、魔導士になろうとは思わなかったの?」

「私は、父と一緒に魔力付与の仕事をしたいと思っておりましたし……正直、あまり向いていないと思うので」

 私がそう言うとププっとエレーナが噴き出した。

「ここの場で、自分が魔導士に向いてないって言うひと、初めて会ったわ」

「そうでしょうね」

 私は、下を向いた。本当は、全力で拒否したいのだけれど、この前、私は魔力量の再審査を受けたばかり。つまり、問題児なのである。これ以上心証を悪くして、商売に差し支えたりしたら困るし、ロバートに迷惑はかけたくない。

「君は、学生時代、召喚術は苦手だったらしいが」

 かなり年配のライラックさんは、顎鬚をなでながら笑いかけた。

「推薦状にあった魔法陣の反転は、報告通りなら、相当な腕前のはずだ」

「あれは、運が良かっただけです。上手くいったのは偶然です。他の方法を思いつかなかっただけです」

 私はまくし立てるようにそう言った。

「君は、まるで魔導士になりたくないと言っているように聞こえるが……」

 レニキシードがじろりと私のほうを睨みつけながらそう言った。

「過分な評価を頂いても困ると、申し上げているだけです」

 私は、そう言った。

「君の父親も魔導士となれる才能を持ちながら、魔力付与師になった男だが、よく似ているね」

 何かを懐かしむようにギルド長のカペラがそう言った。彼は、父より一回り上ぐらいの世代であろう。頭に白いものが目立つものの、老いているとはまだ言えない年代だ。

「それは、初耳です」

 父は、あまり過去を語らない。特に最近は、母を思い出すから触れたくないらしい。

「君の気持ちはよくわかる。よくわかるが、推薦状を見る限り、君を魔導士に認定しないわけにはいかないな」

 カペラは苦笑を浮かべながら、そう言った。

「アリサ、私は、一応、反対してあげたのだけどね」

 スピリアさんがそう言った。

「残念ながら、四対一で、魔導士認定することに決まってしまったの」

「え? もう、決まっているのですか?」

 何のための面接? 今、お話始めたばかりじゃないの?

 私の顔を見ながら、申し訳なさそうに審査員の方々は一様に苦笑した。

「君の反転させた魔法陣は、モニカの陣だと判明してね。百五十年くらい前の伝説の魔導士の作った陣だ。効力が弱まったと仮定しても、通常の術士が出来ることじゃないのだよ」

 カペラがそう言い、私はがっくり項垂れた。


 魔導士になることが決まり、手続きをするために事務所に訪れると、会いたくない男が待っていた。

「やあ、アリサ。魔導士になることが決まったそうですね。」

 にこやかに、ジュドーが微笑みかけた。事務所の女の子たちが、その笑顔にうっとりとしている。

 知らないということは、恐ろしく、とても幸せなことだ。

「どうも」

 私は、短く頷くと、手続き書類に集中しようとした。ジュドーは、無視をさせまいと、するすると私のそばに寄ってきた。

「そうそう。貴女に例の魔法陣についての聞き取り調査を依頼するつもりです」

 うわっ、ロバートの言ったとおりだ、と私は思った。

 私は書類を手にしたまま、じりじりとジュドーから離れようと試みる。

「その件につきましては、私、すぐに気絶をしてしまいましたので、ロバートかレグルス様に同席していただかないと調査のお役には立てないと存じます」

「……貴女は、一流の術者として、魔導士になる人物ですよ。他人の証言など不要でしょう」

 にやりと笑いながら、ジュドーはそう言った。

「わ、私が魔法陣を反転させたのは、ぐ、偶然なんです」

 にじり寄られて、私は事務のおねーさん方に助けを求めるも、気が付いてもらえない。

「あら、アリサさん。事務手続き、順調?」

 にっこり笑いながら、エレーナが私を見つけて寄ってきてくれた。

「え、エレーナ様!」

 私は渡りに舟、とばかりに彼女の名を呼ぶ。

「あの、私、エレーナ様に教えていただきたいことが!」

「何?」

 エレーナはさりげなく、私をジュドーから守るかのように立ってくれた。

「あら、アゼル殿。こんなところで、何をなさっているの?」

 まるで、今気が付いたかのようなエレーナの冷やかな視線を受け、ジュドーは、舌打ちをして去っていった。

 仮にも、皇族の女性に舌打ちするって、不敬にもほどがあると思うが、彼女は気にしていないようだった。

「ごめんなさいね。もっと早く来てあげたかったのだけど」

 エレーナはそう言って、私に微笑んだ。

 聞けば、ロバートから私のことを頼まれたらしい。皇位継承権は低いとはいえ、皇族であるエレーナの手を煩わせるなんて、と恐縮すると、「いいのよ、私もアレ、大嫌いだから」と、彼女は笑った。

 ジュドー・アゼルの評判は、あまり芳しくないらしい。

 もちろん、資産家であり、美形でもあり、才能もあるため、モテない訳ではないらしいが、そこに魅力を感じなければ、嫌悪しか与えない人物に、私以外の人間でも、そう思うらしい。

「しかし、あなたも厄介な奴に見込まれちゃったわねえ」

 エレーナは、おおきくため息をついた。

「ロバートも心労が絶えないわね」

 ポツリ、と言われた言葉に胸が痛む。

「本当に、弟には迷惑をかけてばかりなんです」

私がそう言うと、「ロバートと同じことを言うのね」と、エレーナが微笑んだ。

「あの、そういえば、ロバートとはどういったご関係で?」

 あまりの親しげな雰囲気に、つい質問する。

「私、近衛隊の仕事を手伝ったことがあるの。仲の良いお友達よ」

 エレーナが艶然と微笑んだ。

 我が弟ながら、皇族様とお友達なんて、すごすぎる。弟は魔導士界ではエリート中のエリートだと知ってはいたが、姉としては身の置き所がない感じだ。

 突然、エレーナが私を見て、くすりと笑った。

「でも。あなたを見て納得したわ」

「何をですか?」

 私はキョトンとする。

「イシュタルトが縁談という縁談を蹴り倒している理由よ」

「意味がわからないのですが?」

「ふふっ。あなたも罪な人だわ。才能があるのに、ずっと魔導士にならなかったなんて。これでやっと、リゼンベルグ家も安泰ね」

 なぜ、私が魔導士になると、リゼンベルグ家が安泰なのだろう?

 ロバートのお友達の皇族様は、不思議なことをおっしゃる方だった。

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