魔導士認定と枕 1

春の日差しもうららかな日である。

 ようやくに、イシュタルトから依頼のあった夏用のプールポワンが仕上がり、私は久々にすっきりとした気分で、猫の額ほどの庭の草抜きをした。土の香りとすっきりとしていく庭に、雑念を忘れて癒される。

 昔から、金髪で青目という派手な色彩をした容姿のせいで誤解されがちなのだが、私はとても地味なことが好きなのだ。そもそも、魔術付与師の仕事に派手さは欠片もないし、必要もないのである。

「アリサ、せいが出るわね」

「ごきげんよう、ジーン」

 お買い物の帰りだろうか。雑貨屋のジーンが、にこやかに声をかけてくれた。

 春の気温に合わせて、ジーンのドレスの露出部分が増えていて、美しい鎖骨がはっきりとみえる。すらりとした首筋が、ため息をつくほどセクシーだ。

「ねえ、アリサ、今、時間ある?」

 ジーンがにっこり笑う。

「ええ。何?」

 ジーンは私の数少ないお友達だ。彼女のためになら、多少の時間はいくらでも融通したい。

「美味しいケーキをお得意様から頂いたの。良かったら、いっしょにどう?」

「本当に? ちょっと待って。すぐ着替えるから」

 私は、埃っぽくなった服をポンポンとはたいた。

「ねえ、お邪魔じゃなかったら、お宅のお店でお茶をさせてもらってもいい?」

「え? いいけど、何もないよ?」

 私は首を傾げた。

「一度、入ってみたかったの」

 ジーンはいたずらっぽく笑う。

 なるほど。うちは『男性下着』の専門店で、しかも戦闘用に特化しているから、ご近所さんでも、ジーンのような普通のお嬢さんがやってくることは絶対にない。

「どうぞ」

 私は、店内の椅子に掛けてもらうように告げると、父にお茶を用意させながら、服を着替えてきた。

「クラークさんも、どうぞ」

 ジーンのご好意で、父まで一緒にケーキをいただくことになり、なんだか不思議な図が出来上がる。素朴なドライフルーツ入りのおいしいケーキだ。

「そうだ、アリサ、ジーンさんに相談したらどうだ?」

 父の言葉に私は首を傾げ、ああっと、手を鳴らした。

「なあに?」

「あのね、今度、枕を売りたいと思っているのだけど」

「枕?」

「うん。さわってみて」

 不思議そうなジーンに、私は、工房の奥から試作品を持ってきた。

 ジーンは、キルティングを施した薄緑色の試作枕をそっと手で撫でる。

「あら、肌触りが冷たいのね」

「涼感まくらなの。普通の枕より少し高級品になっちゃうし、それに、うちで枕を売っても誰も買いに来ないだろうから」

「へえ。面白いわね」

 ジーンは肌触りを楽しむように、頬を枕にのせている。

「夏が、暑ければ、売れるかもしれないわ。場合によっては、うちにおいてあげてもいいのだけれど」

 思案する様にジーンが呟く。ジーンの家は雑貨屋なので、枕を売っても不思議ではない。

 しかし、こういった商品はその年の気候に左右される。コルの実が自力調達なので、いくらお値段控えめにできると言っても、700Gは欲しい。枕としては高級になっちゃうから、やはり買い手が付かない可能性がある。

「夏次第か……」

 私が首をひねっていると、トントンと、店の扉を叩く音がした。

 すっかりお茶をしていて忘れていたが営業中だった。慌てた私を目で制して、父がそっと扉を開けた。

「え?! いらっしゃいませ?」

 父がびっくりした声を出したので、ふとそちらを見ると、リィナが顔を真っ赤にして立っていた。

「あ、リィナ、こんにちは」

 私は、慌てて声をかける。

「……ああ、なんだ、アリサがこの前お世話になった方だね。びっくりしました。あなたのような若いお嬢さんが来ることはないので」

 父は慌てて頭を掻きながら、彼女を店内に迎え入れる。

 今日は珍しくジーンがいるけど、うちに私以外の女性がいることなんて、ほぼ皆無だ。隣のおばちゃんが、調味料を借りに来る時以外にないといってもいい。父は気まり悪そうに頭を下げた。

 リィナは、扉を開けたのが父だったので、びっくりしたらしく、まだ顔を真っ赤にしている。そもそも、男性下着屋の扉をくぐること自体、恥ずかしかっただろう。ちょっと申し訳なかったと思う。

「あの……新しいプールポワンをお願いしたくて……」

 リィナが恥ずかしそうにそう言った。

「本当? 喜んで」

 父が火元に立って、リィナにお茶を用意する。

「まあ、アリサのお客様なの?」

 ジーンがびっくりしたようにそう言った。

 リィナは初めて会った時と同じで私のように男装をしているが、妖艶なうら若き女性である。武装していなければ戦士だとパッと見た目ではわからない。ジーナが驚くのも無理はない。

「ええ。こちらは冒険者のリィナさん。ずいぶんお世話になっているの」

「お世話だなんて。私のほうがアリサに随分とお世話になっていると思うわ」

 リィナはそう言って、控えめに笑った。

「私は、近所の雑貨屋のジーンよ。ねえ、リィナさんもご一緒にケーキを食べましょうよ」

 ジーンがそう言ってくれたので、私はリィナにもケーキを切り分けた。

 父は女三人がテーブルにつくのを見て、仕事があるからと言って、奥に引っ込んでいった。

「ごめんね、リィナ。扉を開けたのが父で、びっくりしたでしょう?」

 私がそう言うと、リィナは首を振った。

「ううん。私こそ失礼な態度でごめんなさい。クラークさんって、思ったよりお若いから……」

 お若い? 父が? 

 一瞬、まじめにリィナの言葉に首をひねった。父と同世代の近衛隊の隊長である、レヌーダさんと比べたら、腹も出てきていてみっともない中年だと思う。ただ、うちの父は、職人のくせにお軽く見えるほうかもしれない。

「ねえ、リィナさん。こういう枕って、あなたなら欲しい?」

 ジーナが、私の試作品をリィナに渡した。

「あら、これが例の枕ね」

 くすりと笑いながら、リィナは枕を抱きしめた。

「素敵。ひんやりとしていて。暑い夏には欲しいかも。懐具合によるけど」

 リィナがポツリと言う。

「レキサクライの封鎖がまだ解けないから収入が安定しないの」

「そうか。冒険者さんたちは、そうかもしれませんね」

 レキサクライの封鎖問題のせいで、うちの既製品部門は打撃を受けている。幸いオーダーのお客様は、帝国軍の方も多いので、順調であるけれど。

「そういえば、うちの宿屋で、ちょっとした事件があって」

 リィナがくすくすと笑った。

「夜中に、魔術師の女性がある部屋に怒鳴り込んできたの。簡単に言うと痴情のもつれね」

「わお。スキャンダラスねえ」

 噂好きのジーンは目を輝かせ、身を乗り出している。

「それで、女性は男性のあまりのつれなさに切れて、野次馬が見ているというのに魔術をぶっ放して」

「冒険者さんって、過激なのね……」

 私は、つくづく自分が一般人だと思った。

「他人事じゃないわよ? アリサ。そのひと、あなたの作った枕で、女性の放った稲妻を防いだのだから」 

「げ」

「わー、何それ? アリサの作った枕ってどういうこと?」

 私は頭を抱えた。私が枕を作ったのは一人しかいない。

 ワイバーン殺しの勇者さまともあろうひとが、なんちゅうゴシップな!

 そうか。だから抱き枕なのか! 抱き枕なら面積も広いし、いざというときに盾になると! 

 そんな深い読みのうえでのご注文だったとは、露とも気が付かず……って、そんな用心するくらいなら、もう少し身の回りの人間関係に気をつけた方がいいんじゃないかな、レグルス。

「防魔まくらをたのまれたことがあって。魔力付与してあって、プールポワンと技術は同じね」

 苦笑いが浮かぶ。

「それよ!」

 ジーンは私の手を握りしめた。

「そんな魔術をバシッ! と弾くまで高級にすることないから、防魔の枕カバーを作ってよ! 絶対売れる。涼感まくらとセットでうちにおいてあげるから!」

「え? 防魔まくら?」

「世の中にはね、悪夢を見たくないって人がたくさんいるのよ」

 ジーンは確信めいた口調でそう言った。

「まして、ラムシードの防魔用品って、知る人ぞ知る良品メーカーよ。一般のお客様にも信頼してもらえるもの」

「でも、魔力付与するとなると、魔道ギルドの許可必要よ」

 魔力付与品を不特定多数に売るとなると、魔道ギルドに認可を取らないといけないのだ。余程の微弱なものでないかぎり、例外は許されないし、微弱な魔力付与では、サギである。それは、嫌だ。

「取ればいいじゃん! 幸いうちは魔道具販売許可持っているし。決めた。そうしましょう。リィナさんも売れると思いますよね?」

 ジーナはまくし立てるようにそう言った。

「そうね……可愛い女の子用とかあったら、こわがりさんには売れるかもね。裕福なおうちだったら、お子様を夢魔から守りたいって買い求めるかもしれないわ」

 リィナは小首を傾げながら、そう言った。

 なるほど。需要はありそうではある。

「うん。じゃあ、試作したらギルドに申請してみる」

 私はふむと頷いた。現在、プールポワンの既製品は注文量が減っている。やってみるだけの価値はある。

「ね、あそこにあるのは、どなたかの注文品?」

 リィナが掛けてあった完成したイシュタルトのプールポワンを指さした。

「ええ。私が作ったの。三枚とも夏用だけど、二枚は涼感タイプで」

 私はそう言って、一枚を手に取って、二人に見せた。裏地を触ってもらうと、二人はうっとりとした目になった。

「すごく上等な生地ね。しかも、ひんやりして気持ちがいい!」

「防魔機能なんてなくても、着たいわ」

 二人に絶賛され、私はくすぐったくなった。

「肌が弱い方なので、裏地にすごく気を使っているの。そう言ってもらえると嬉しいな」

 二人に褒めてもらったので、イシュタルトにも気に入ってもらえるといいな、と思った。

「イシュタルト様、喜ばれると思うわ」

 リィナがにっこり笑う。

「……よく、わかったわね?」

 私がそう言うと、リィナはふふっと笑みを浮かべた。

「だって、アリサのお客様って、イシュタルト様とレグルス様と私だって、言っていたじゃない?」

 なるほど。選択肢は二択だものね。ちょっと悲しい。

 実のところ、私はまだ、父から正式に客からオーダーを取っていいという許可を受けていない。

 魔力付与の技術はともかく、基本的な縫製技術を認めてもらっていないのだ。

 それにうちに来る客は、「父の技術」を当てにしてくるので、私を茶くみ用員くらいにしか思っていない。

「イシュタルト様って、あの馬でいらっしゃる美形のお貴族様?!」

 ジーナが興奮した目で私を見る。

「やっぱり、アリサ目当てなのね!」

「私の顧客です。目当てというのとは、ちょっと違うと思うけど」

 ジーナの勢いに押されて、私は思わず身をのけぞらせながら、そう言った。

「アリサは、美形慣れしているわよね」

 ぽつり、とリィナがそう言う。

「はい?」

「だって、弟さんからして美形だし。あのレグルス様に迫られても、なんとも思ってないみたいだし」

「レグルス様に迫られた? レグルス様って、あの有名な?」

 ジーナがリィナの言葉に飛びつく。

「わ、わ。違うって。レグルス様は遊びで言っていらっしゃるのよ。本気じゃないわ」

 私は慌てた。ジーナの目が面白げに輝いている。ダメだ。明日には外が歩けないくらいの噂になっているかもしれない。

「イシュタルト様とレグルス様は、ライバル同士だから。レグルス様は、私とイシュタルト様の関係を誤解して、からかっているだけよ」

「もちろん、お二人がライバルって言うのはわかるわ。でも、誤解なのかしら? イシュタルト様、アリサが倒れた時、とても心配なさっていたわよ」

 そんなことないとは思いつつ、湧水池に連れて行ってくれたイシュタルトの心配げな顔を想い出す。

「イシュタルト様は、情け深い方ですから」

 そうなのだ。保証人様は、情け深い。そうでなければ、私は売り飛ばされている。いろいろ無茶ぶりをして、強引なことをするひとではあるが、基本的に情け深い。その証拠に、有無を言えない状況で雇われたはずのロバートの職務環境は悪くない。

「そっかー。レグルス様やあんなお貴族様に言い寄られているのなら、フィリップ君の望みはゼロよねー」

「は?」

 ジーンがくすくすと笑いながらそう言った。

「フィリップ?」

 リィナが首を傾げる。

「防具屋の坊ちゃんよ。もう、ずーっとアリサを狙っているの」

「冗談でも勘弁して」

 私は頭がくらくらした。アレに関してはからかわれるのも嫌だ。

「どうして? フィリップ、あれでも、ここいらじゃナンバーワン人気よ」

「私は、顔が良い男は苦手で」

「ええーっ。不細工のがイイの?」

「そ、そーゆー訳ではないのですが」

 何といえばいいのだろう。私は、言葉につまる。

「昔、学校に通っていたころに、よく知らない美形の先輩に突然、大衆の面前でキスをされて」

「何、それ?」

「その人、人の話は聞かないし、つけ回して、追っかけてきて超怖かったから」

 それがファーストキスだけに、さらにトラウマである。

「大丈夫だったの?」

 リィナがおそるおそる聞いてきた。

「うん。なんとかね。ロバートがずっと私を守ってくれたの」

 私は首を振った。その先輩が卒業するまで、ロバートが私を必死で守ってくれたおかげで、私の学生生活は平穏を保たれたと言っていい。

「アリサって、変なところで苦労しているのね」

 ジーンが気の毒そうな目で、私を見た。

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