女戦士様と冒険 7

 しばらくして。

 切り立つ崖の傍らに大岩が見えてきた。

「これは……」

 上から見た時は分からなかったが、大岩はまるでテーブルのようになっていた。断言はできないが、人工的につくられたもののようだ。大岩を天井とすると、高さは背の高いイシュタルトでも窮屈を感じさせない程度の高さ。広さは、我が家より広いのではないかと思うくらいだ。日光の当たらない岩の下から、ひんやりとした冷気が流れてきている。

「上から見てもわからない訳ですね」

 ロバートがそう言った。中に入るために、たいまつを用意した。不用意に魔力を使って、また魔法陣を発動させたりしないためである。

じんわりと炎で照らし出された大岩で隠された大地に、魔法陣を描くための魔道具が設置されていた。子供の背丈ほどの杭のようなものが、五本突き刺さっている。

「……かなり年代物だな」

 魔道具に使われている金属部分の腐食が激しい。いつからここに設置されているのだろう。十年、二十年ではすまない単位の代物だ。

「だけど、これ、完璧に破壊されているね。破壊したのは、アリサだろうけど」

「げ。そうなの?」

 ロバートが慎重に道具を調べている。確かに魔法陣を反転させたのは私だけど。

「うん。アリサの匂いがするな」

「陣に近づくと、アリサの匂いしかしない」

 レグルスとイシュタルトが、慎重に調べながらそう言った。

「私の匂いっていうの、やめてください」

 なんとなく、私自身が臭いと言われているみたいで悲しくなってくる。

「でも、魔力はまだ感じますよ?」

「あれは?」

 ダリアが魔法陣の真上に当たる天井を指さした。

 まだ鮮明にわかる紋様が、特殊な染料で描かれている。魔力はそこから流れてきていた。

「魔力付与されている。新しいな」

 たいまつの明かりに照らし出された紋様を、ロバートは険しい目でみつめている。

「下の魔法陣の魔道具を、一時的に動かすためのもののようです。魔道具そのものが壊れてしまったので、もはや意味のないものになってしまいましたが」

 私は必死でその紋様を読み解こうとするが……断念する。感じることは得意だが、分析は苦手だ。

「たぶん。この上の大岩に魔力が注がれると、魔道具に魔力を流し込む仕組みだったのではないかと思います。ガーゴイルの召喚は、アリサの投げたキラービーに反応したのでしょう」

「たかが、キラービーの死骸に残った魔力の残滓で?」

「アリサは、魔力付与師だから魔力の質が普通の魔術士と違って、そういうのに反応しやすいの。もちろん、魔道具がずっと置かれていたことによって、この辺の魔力が溜まってて過剰反応してしまったのもあるだろうけど」

 って。魔力付与師は、魔術を使うと大迷惑ってことなのでしょうか? 初耳ですが。

「魔道ギルドに調べさせないとはっきりわからんが、上の紋様を描いた奴は、皇太子の夜襲に絡んでいそうだな」

「ああ。ハーピィですね」

 そういえば、皇太子の天幕は、ハーピィの群れに襲われたのだ。そんなに遠い位置ではないし、突然、ここに召喚されたハーピィならば、騎士団のちょっとしたミスで、皇太子の天幕にたどり着いても不思議はない。

「お手柄だったな。アリサのおかげで、糸口がつかめた」

 イシュタルトがポンと私の肩を叩いた。

「わお。じゃあ、レキサクライの封鎖も解かれるの?」

 ダリアが嬉しそうにそう言うと、イシュタルトは首を振った。

「この辺りは、しばらく封鎖になるだろう。魔道ギルドのお偉いさんたちの調査が済むまでは無理だな」

「ギルドで護衛に、やとってくれないかなあ」

 ダリアがふーっと呟く。

「どうでもいいけど、アリサは、ギルドの調査が始まったら、追徴金とられるなあ」

 ぼそっと、ロバートが苦い顔で呟いた。

「ええー! なぜ?」

 魔法陣、壊しちゃったから? 

「この魔法陣、そう簡単に反転できないよ。絶対、魔力保有量の再検査されて、Sに格上げ決定だね」

「うわっ。ロバートがやったことにしようよ!」

「ダメ。そんなのすぐバレる。しかも、魔導士認定もされちゃうかも」

 ロバートの言葉に、私は、大きなため息をついた。

「どういう意味?」

 リィナが不思議そうに問いかけた。

「アリサはね、魔道ギルドの会費をケチって、魔力保有検査の前に、家で魔力消費してから検査会場に行くって不正を毎回しているんだ。それに、この魔法陣反転って、立派に魔導士レベルで、魔力付与師の片手間のお仕事じゃない」

「いやだよ。Sになったら、年会費が上がるのよ。しかも魔導士認定までされちゃったら、さらに高くなっちゃう!」

 魔導士というのは、魔道のエキスパートだから、認定の資格審査はとても厳しくて、なりたくてなれるものではない。特典や社会的地位も高くなるけど、会費も高い。なんとか回避せねば……って、やってしまったことをどうすればいいのだ。

「でも、なりたくてもなれない人がいっぱいいるのでしょ?」

 そうなんですけどね。リィナの言う通りなんですけどね。

「魔力付与の職人の私には、単なる家計の圧迫でしかないです」

 私は首を振った。

「魔導士認定はともかく、アリサ、魔力保有量の不正って、お前、そこまで切り詰めていたのか?」

 イシュタルトが呆れたように私を見る。うぅー。保証人様。あなたの債務者は、あなたが思っているより、ギリギリで生活していますよ。 確かに不正はいけないことですが。

「涼感まくらのせいで、とんだ出費だ……」

「枕?」

「そ。まくら」

 私は、それ以上説明する気力がなくなり……イシュタルト以外は狐につままれたような顔で、私を見ていた。


 帝都アレイドに帰った私は、めでたく? 魔力保有量S級認定を受けた。まだ、魔導士認定は受けていないが、ロバートの報告を受けたお偉いさま方が、とても乗り気だと聞いて憂鬱である。弟が優秀な魔導士であるので、ひょっとしたら認定が甘い可能性まである。できればそういった血縁など無視した公正かつキビシイご判断で、不認定にしていただきたいと願っているが……。

 ゴタゴタがようやく落ち着き、季節はすっかり春になった。私はすっかり日常に戻り、お針子生活を続けていたある日、ロバートとイシュタルトが、うちの店を訪ねてきた。

「それでねえ、あの魔法陣の魔道具ね、百年以上前のものらしい」

 ロバートがそういった。

「長年放置されていたのだろうね。誰かがそれを見つけたのだろうって。犯人はまだ見つかってないけど」

「ふーん」

 なんでそんなものが放置されていたのかも不思議だけど、犯人はどうしてそんなものがそこにあるのか知ったのだろう。

 そして、なぜ、そんな面倒なことをしたのだろう。謎は深まるばかりだ。

「……それで。アリサ、魔道ギルドがアリサを魔導士認定するのに、前向きらしいよ」

 ロバートがニヤリと笑った。

「後ろ向きでいいよ!」

「なんで? 魔導士になったら、アリサ、貴族とだって堂々と結婚できるよ?」

「……私に、金持ちに嫁げと?」

 そうか。そうなれば、借金返済できるかもしれないってことか。なるほど。

「えっと。そーゆー意味だけど、そーゆー意味じゃないというか」

 ロバートは、イシュタルトと私を意味ありげに見比べている。

 なるほど。イシュタルトに誰か心当たりでもあるのかもしれない。ご紹介ってやつかな?

「イシュタルト様がそうしろというなら、仕方ないですが……」

 私は首を振った。

「でも、できれば恋愛くらいはふつーにしたかったというか。いえ、私みたいな無愛想な女に、恋人が出来るかと問われれば、出来ないかもしれないのですが」

「アリサ、お前何を言っている? 誰が誰に嫁げと言った?」

 少し顔を赤らめながら、ムッとした口調でイシュタルトがそう言った。

「ロバートも、変なことを言うのはよせ。アリサが誤解する」

 イシュタルトの言葉にロバートが大きく息をついた。これだからダメなんだとブツブツ呟いている。

 コホン、とイシュタルトが咳ばらいをした。

「アリサ、夏用のプールポワンを3枚ほど頼みたいのだが」

「本当ですか! 喜んで承ります」

 私は早速メモの準備を始める。

「そういえば、レグルスへの謝礼はどうした?」

 ふと気になったように、イシュタルトが私に聞いてきた。

「ああ、レグルス様は、抱き枕が欲しいとおっしゃったので、抱き枕を差し上げました」

「抱き枕?」

 イシュタルトとロバートが驚いた顔をした。

「例の涼感まくらってやつか?」

 イシュタルトが眉をよせる。

「いいえ。防魔の魔力付与をつけた防魔抱き枕が欲しいと、ふしぎなことをおっしゃって」

「防魔抱き枕……」

 私も首をひねる。

「あれだけの戦士様でも、夜、魔物が怖いってことでしょうかね?」

 ピキンと、イシュタルトとロバートが固まっている。

「姉さんの、魔力を付与した、魔力付与の抱き枕ってことだよね?」

 ロバートが恐る恐る確認する。

「お前、それ……引き受けたのか?」

「ええ。お断りする理由もありませんし――って、どうかしましたか?」

 私がキョトンとしていると、イシュタルトの様子がおかしい。わなわな震えている。

「イシュタルト様……落ち着いてください。くれぐれも己を失って、僕の信用を失うようなことを姉に言わないでくださいね」

 ロバートが、イシュタルトの肩をポンポンと叩いている。

 なんのことだか、さっぱりである。

「あのヘンタイめ」

 イシュタルトが小さくそう呟いた。

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