女戦士様と冒険 6

「へぇー、あなたが、クラークのお嬢さん」

 現場に向かう前に、近衛隊の隊長さんであるレヌーダ・ダルカスさんに引き合わされた。年齢は四十代くらいで父と同じくらいだ。最優秀最強剣士の称号を何回も賜っている超エリート。もともとの出自が低かったので、出世に時間がかかったらしいのだが、帝国軍の重鎮のひとりである。よく知らなかったが、父の古い友人で、しかも大切な顧客らしい。

 レヌーダさんの天幕は、大きな机と折り畳み椅子が並べられていて、ちょっとしたお部屋のようになっている。(天井はないけど)

 レヌーダさんの側に、イシュタルトと私が座り、離れた位置にリィナとダリア、ロバートとレグルスが座っている。

 ロバートとレグルスは、机の上の地図を広げ、何やら打ち合わせをしている。昨日の現場の位置を確認しているのだろう。

 レヌーダさんは、鍛え方が違うのか、父と同世代なのに体形はムキムキの戦士だ。そして、精悍な二枚目で、加齢による枯れ具合さえも渋みとなっており、今でも相当女性に騒がれそうだ。しかし、ロバートの話では、奥さんにべたぼれで、のろけ出すとデロデロになって凛々しさが見る影もなくなるらしい。ほんの少し見てみたいと思ったが、話がとても長くなるそうなのでやめておく。

「こんな綺麗なお嬢さんなら、次回からクラークでなく、あなたにオーダーをお願いしようかなあ」

 ニコニコとレヌーダさんがそう言った。

「まあ。もし本当なら光栄です」

 社交辞令とわかってはいるが、最優秀剣士様のお言葉は嬉しかった。もっとも、彼がほめてくれたのは私の見た目で(しかもお世辞だ)私の仕事ではない。その辺が微妙なところだ。

「しかし、本当に、テオドーラによく似ている」

 くすくすと、レヌーダさんは私を見てそう言った。

「ロバートもそっくりだと思ったが、やはり女性であるあなたのほうがよく似ているね」

「母をご存じで?」

 レヌーダさんはにっこりと肯定するように頷いた。

「騎士という騎士が、君のお母さんに夢中だったからね。超有名人だったよ」

「はあ。」

 母もプールポワンの職人だったのは知っている。話をかなり盛っている気はするが、母は愛嬌のあるひとだったから、父と結婚する前はそれなりに浮名を流していたのかもしれない。

「アリサちゃん目当てのお客さん、多いでしょ?」

 レヌーダさんは面白そうにそう聞いてきた。

 私はぶんぶんと首を振る。

「私は、まだ見習いなので。お客様になっていただいたのは三人だけです」

 イシュタルトと、レグルス。そして、リィナ。しかも、レグルスとリィナは今後があるかどうかわからない。特に、レグルスは今回のことで、私に怒っているみたいだし。

「え? そうなの? だったら、現場を見た後ここでオーダー取っていったら? 山ほど仕事が取れると思うよ」

「いいんですか?!」

 私がそう言うと、「良いわけないだろう!」とイシュタルトに怒鳴られた。

「隊長、へんな入れ知恵しないでください」

 イシュタルトがムッとした顔をした。私は、せっかくのチャンスを否定されて、がっかりする。確かに、野営地で職人が注文とるなんて、軍の規定に反するのかもしれないけど。

 私に客がついたら、借金も早く返せるのに。保証人様のくせに真面目すぎだ。

 私は、はぁーっと、ため息をついた。レヌーダさんは、くっくっとイシュタルトを見て笑っている。

「隊長、時間がないので、もうよろしいですか?」

 イシュタルトが、イライラしながらそう言った。

 そうだ。現場検証に行くのだ。こんなところで昔話で油を売っていていいわけはない。

「行くぞ」

 不機嫌そうに、イシュタルトがそう言った。



 ロバートとレグルスが先導する形で、私達は、昨日の場所へ向かった。昨日と違うのは、ロバートとイシュタルトがいっしょなことだ。

 コルギの木の自生地に着くと、今度は私が先導する形で、昨日の崖へと案内する。

「あれ?」

 私は、小川を越えたあたりで、首をひねった。

「まだ、感じる」

 反転させれば、魔法陣は消失してしまうはずだ。魔力の残滓がこんなに波動を放つのは聞いたことがない。

「……言われてみれば、あるね。でも、すごく微弱だ。よくこんなの感じ取ったと、僕は思うけど」

 大地に手を当て、ロバートが集中している。

「昨日より、弱いとは思うけど、昨日の今日だから、この波動は覚えている」

 私は、全身で集中する。間違いない。同じものだ。

「……匂うか?」

「いや、俺にはさっぱりだな。アリサの魔力の残滓すら匂わない」

 イシュタルトとレグルスがお互いの顔を見合わせている。

 しかし、なぜ、匂うのだ。この二人は魔力の波動を感じる表現法が間違っている。どうでもいいけど。

「あの先です」

 緩やかに下った先に、目の前にある崖を私が指をさす。

「アリサはここにいて」

 ロバートがそう言って、腹這いになり、身体をイシュタルトに支えてもらいながら、宙に完全に上半身を浮かせたような状態で崖下を観察している。見ているだけで、眩暈がする。離れているのに、腰が抜けそうになって、ペタンと座り込んだ。

「アリサって、本当に高いのダメなのねえ」

 リィナが呆れたように私を見る。

「すみません。ヘタレです。」

 私がそう言うと、くすり、とダリアに笑われた。

 ふと顔を上げると、そんな私をイシュタルトの側に立つレグルスと目があったが、視線をそらされた。

 冒険者失格だと呆れているのだろう。その通りだからなんともいえない。

「ここからでは、遠すぎてわかりませんね」

 ロバートが結論を出した。どうやら、何も目視は出来ないらしい。

「下まで降りるか、昨日と同じように何か投げ入れてみるか、どちらかですね」

「面倒だが、降りるしかないな」

 イシュタルトはそう言って、地図を広げた。

 レキサクライの地理はそれほど正確にわかっているわけではない。ただ、この辺りは掃討隊が定期的に入る地区であり、ある程度の地理はわかっている。

「少し行ったところからなら、簡単に降りられる――問題はアリサだけだが」

「私がどうかしましたか?」

 キョトン、と私がきくと、レグルスの大きな手が私の頭に載せられた。

「オレがおろしてやるから問題ない」

 レグルスの言葉に、イシュタルトが嫌な顔をした。二人の間がビリビリとしていて、口がはさめない。

 私の話が、私と関係ないところで問題になっている。どういう事だろう。

「レグルス様、姉は、僕が抱えておろします。問題をややこしくなさらないように発言は気をつけてくださると有難いのですが」

 ロバートがふーっとため息をつきながら、そう言った。

問題が私だけ、というのがどういう意味なのか、すぐにわかった。

 先ほどよりはずっと低く、切り立つ壁ではなくて、やや斜面っぽくなっている場所ではあったが、それなりの高さをロープワークでおりていく、というミッションが待っていたのだ。

 私は決して運動が苦手ではない。が、高いのはダメなのだ。

 結果。私は、ロバートにしがみつきながら、必死でロープをおりることになった。

 弟は、魔導士にしては鍛えているものの、重い姉に抱き付かれて非常に大変そうだった。

「ごめんね、ロバート」

 ようやく下に降りた私は、肩で息をする弟の背をさすりながら、ひたすら謝った。

「……別にいいんだけどね、アリサ。ただ、いくら姉弟でもくっつきすぎだ」

 ロバートは少し顔を赤らめて、そう言った。

 そういえば、ロバートだってお年頃である。ブラコンな姉がいるなどと噂になっては、いろいろ不都合であろう。

「本当にごめん」

 私は心から謝罪する。本当に、借金のことも含め、私は、ロバートには頭が上がらない。

「ロバート、無理しないでオレに任せてくれればいいのに」

 先に降りていたレグルスがニヤリと笑ってそう言った。

「いえ、さすがに、そこまでご迷惑はおかけできません……」

 私は、遠慮がちにお断りする。レグルスなら、ロバートより苦も無く私を抱きかかえるだろうが、さすがに抱き付くのは恥ずかしいし、昨日の今日だ。申し訳なさすぎる。

「レグルス様、これ以上、僕の胃が痛くなるような言動はしないでください」

 ロバートはそう言って、上を見上げた。ダリアはスルスルとあっという間に降りてきた。

 意外、と言っては何だが、リィナが降りるのに苦労しているようで、それをイシュタルトが手伝っていた。リィナは、女性にしてはチェインメイルに大剣持ちという重装備な戦士である。フル装備での登攀は確かにきついだろう。途中から、イシュタルトは片腕で彼女を抱きかかえるように支えながら降り始めた。

途中、リィナの足が滑り、彼女の豊満な身体をイシュタルトが抱き留めるような姿勢で二人は着地した。

「あ、ありがとうございました」

「気にするな」

 リィナの顔が真っ赤になった。イシュタルトの顔も心なしか、朱に染まっている。

 イシュタルトは女性に慣れていると思っていたのに、意外に純情なのだなあと感じた。いや、そうでなくて。リィナが魅力的だからなのかもしれない。美男美女でお似合いだな、と思ったら、なんだか変な気持ちが胸に広がった。

「役得だね」

 くっくっと、レグルスがそれを見て笑った。イシュタルトがレグルスを睨み付ける。

「ご、ごめんね。アリサ」

 顔を真っ赤にしたまま、リィナが私の側にやってきてそう言った。

「なぜ、私に謝るの?」

 私が首を傾げると、隣でロバートが再び大きなため息をつき、首を振っている。

「アリサ、波動は感じるか」

 私に背を向けたまま、イシュタルトがそう訊ねた。仕事モードのイシュタルトの声はどことなく厳しい。

「感じます。上より強いですね。どう思う? ロバート」

「僕もそう思う」

 ロバートはそう言って、私たちを先導し始めた。

 


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