女戦士様と冒険 5
翌朝、筋肉痛と頭痛で、爽やかとは言い難い状態だった。頭痛の原因はおそらく、大量の瘴気を浴びたことと、無茶な術を使った反動であろう。
食事は用意してきた保存食ではなく、近衛隊の野戦食をいただいた。専属のコックさんがいるらしく、とてもおいしい。ロバートによると、リゼンベルグ家の使用人だという話だ。ご飯を食べているときは、皆、鎧をつけてないから、とうぜん、プールポワン姿ですごすひとがほとんどだった。そこで私は、うちの製品の着ている人をたくさん目にして、思わず涙が出た。ご飯を食べながら感動にむせび泣く私に、リィナとダリアは困った顔をしながら背をなでてくれた。
食事がすむと、私はイシュタルトに呼ばれ、近衛隊の野営地の外に出た。
イシュタルトは、剣は手にしていたが、山吹色のプールポワンを着ているだけで、鎧は着用していない。
怒っていても、着てくれている。
なんとなくホッとした。口に出したら「服に罪はない」とか言われそうだし、着替えが他にないとか、そんな理由なのだろうけれど。
昨日から、イシュタルトは私と目を合わさない。ロバートや他人がいる手前、口に出さないけど、ついに私を女郎小屋に売り飛ばす決意でもしたのかもしれないなあと、なんとなく思った。
無言で歩くイシュタルトに着いていく。足元が悪いのでなかなか歩くのに苦労する。それなのに、イシュタルトの背は遠くならない。歩調を私に合わせてくれているようだ。
ゴロゴロと転がる岩をいくつか越えると、小さなせせらぎの音が聞こえてきた。
「アリサ」
呼ばれてそばによると、岩の割れ目から水が湧き出ていた。湧水は小さな池となり、そしてとてもきれいなせせらぎとなって流れを作っていた。
イシュタルトは水筒を取り出して湧き水を汲み上げると、私に手渡した。
「飲め。少しは頭痛が治まるはずだ」
言われるがままに口にする。水が冷たく、そして甘い。美味しい、と思った。
「座れ」
イシュタルトは、すぐそばにあった平らな岩に腰かける。
私は、イシュタルトの隣の岩に遠慮がちに座った。
「身体は大丈夫か?」
思いのほか優しい声音にドキリとした。見上げると心配そうに闇色の瞳が私を見つめている。
「はい。その……おかげさまで」
何と言って良いかわからず、私はやっとそれだけ言った。
「あまり無茶をするな。お前が優秀なのはよくわかったが、やることが無鉄砲すぎる」
「申し訳ありません」
昨日から謝ってばかりだ。謝っても謝っても、許される気がしない。
「冒険者になりたいのか?」
ぼそり、と聞かれた。
「いえ――確かに、昔はそうなりたいと願ったこともありましたが」
私は自分の手を見つめた。
「私は、ロバートと違って、攻撃魔術の他はたいして才能がなく……だから、単純に冒険者になって、モンスターと戦うのがイイかなーなんて思った時期がありました。でも、攻撃以外はいっさい得意じゃなかったですし、そもそも無愛想で、コミュニケーション能力も足りませんから」
こんなことを聞いても面白くないだろうなあと思いながらも、私は続けた。
「今回、無理言って、みなさんに護衛を頼んで連れてきてもらったけど、迷惑ばかりおかけしましたし、やっぱり向いてなかったのだなあって。それがはっきりわかって、すっきりしました。」
そもそも、今回の『冒険』だって、仕立屋の仕事の為に思いついたことだ。
「コルの実をそんなに集めて、どうするつもりだった? 夏用のプールポワンに使うのなら、いくら高いとはいえ、そんなに量は要らないはずだろう」
私は、下を向いた。イシュタルトの指摘は正しい。夏用に特化したプールポワンのオーダーなど、数えるほどしかない。支払った護衛代でおつりがくる程度のコルの実があれば十分なのだ。
「あの……笑わないで聞いていただけますか?」
私は手にしたままの水筒をもう一度口にする。本当に美味しい。頭痛がやわらいでいるのに気が付いた。
「涼感まくらを作りたいと思ったのです」
「まくら?」
イシュタルトの声が呆れている。
「夏は寝苦しいから、売れるかなって。防魔用品として魔力付与しなければ、大量生産できるし、布団屋さんに卸せば喜んで買っていただけるかなあ…なんて。あとは、パジャマとか」
「お前は寝具の仕立屋じゃないだろう?」
「ごもっともなご指摘です」
私は恥じ入った。
「私、夏の夜、暑いとどうにも眠れなくて。裸で寝たところで暑いものは暑いですし」
「……裸で寝る?」
へんなところに反応するイシュタルトに首を傾げる。なぜか、イシュタルトの顔が赤い。
「とにかく、裸で寝たりすると寝冷えしますし、良質の睡眠をとれないと、仕事に差し支えますから。前から夢だったんですよ」
そんなバカげたことに、高級品のコルの実を使うわけにはいかない。
「もちろん、いつもの値段で夏用の快適なプールポワンをご提供したかったのも事実です」
「なるほどね。しかし、仕事熱心なのはいいが、親父殿は心配するだろう? ロバートもそうだ。俺だって」
イシュタルトはそれだけ口にすると黙り込んだ。
「……よく、レグルスの護衛代が払えたな」
それは、当然抱く疑問だったのだろうな、と思う。そんな金があったら、借金を返すべきだと言われても仕方がない、私にはオーバースペックな護衛の戦士。
「無料でいいと言われました。無料が嫌なら、キスでよいと。しかも連れていかなければ、ロバートに話すと言われて」
私は下を向く。さすがに恥ずかしい。ビジネスをなんと心得ているかと怒られそうだ。
「キス?」
「あ、いえ。さすがに、命まで救っていただいたのですから、キスですませるような失礼はするつもりはないのですけれども?」
「キスですまさないって、お前」
イシュタルトが突然私の腕をつかんだ。私の顔を睨むように見つめている。
腕が痛い。でも、イシュタルトの目が怖くて、そう言えない。
「あの。私には他にお礼をする手段がないので、プールポワンを一着お作りしようかと思っていますが。一般的に見て、非常識でしょうか?」
「プールポワン、ね」
イシュタルトは突然、脱力して、腕を離してくれた。
「下心丸見えの男を護衛に雇うなんて正気の沙汰じゃない。しかし、悔しいが、あいつじゃなければ、お前は無事じゃすまなかった」
ふーっとイシュタルトは息を吐いた。何を考えているのか、いまいちよくわからないけれど、いろいろ心配してくれたのだろうなあと思った。
「頭痛はとれたか?」
「はい。おかげさまで」
「野営地に戻る。準備が出来たら、調査に向かう」
昨日、会ってからはじめて、イシュタルトは私の目を見て微笑みかけてくれた。
私は、そのことで少しホッとした自分に驚き、疲れているのかな、と思った。
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