女戦士様と冒険 2
十日後。
私は、新しいプールポワンを持って、冒険者のたむろする酒場兼宿屋である『
まだ、夕刻であるのに、賑わっている様だ。扉を開けると、酒の匂いと、うまそうなスープの匂いが鼻孔をくすぐった。
店内は、すでに灯りが灯され、食事をとる冒険者や、既に酔っぱらっている連中でテーブルが埋まっていた。
当たりを見回していると、射るような視線を四方八方から受けた。私のような(一応)堅気の職人は、明らかに浮いているのだろう。
「ねえ、君、誰かお探し?」
頭の中まで軽そうな口調で、いかにもペーペーっぽい傭兵に声をかけられた。動きが素人である。大方初仕事が上手くいって、勇者にでもなった気分なのだろう。
こーゆーのとは関わりたくないなあと思い、適当に微笑んでおいて、私は、酒場のカウンターのほうへ回った。
カウンターでは、髭の生えたシブイ親父さんがグラスを磨いていた。
「なあ、いっしょに飲まないか? おごるよ」
しつこい傭兵A(仮)を無視して、親父さんに声をかける。
「リィナ・バルさんに、お会いしたいのですが?」
「リィナね。そっちの奥にいると思うが」
私は親父さんの指さす方に目をやった。酒盛りが始まっている喧噪の向こうに静かなテーブル席が見える。
私は礼を述べると、そちらへ足を向けた。
あ。
リィナがいると思われるテーブルの近くに、遠くからもそうとわかる、銀髪の男がいた。
酒を飲む彼は、一人ではなかった。
栗色の髪の色っぽいおねーさんが、彼にしなだれかかっている。早春にしてはだいたんに胸元の開いたドレスを着た彼女は、誰が見ても情熱的な色を帯びた目で、男を見上げ挑発していた。
女ごろしのレグルスっていうのは、本当らしい。
ゴシップネタをリアルに目撃した軽い興奮に包まれつつ、私はリィナを捜した。
「ねぇ、彼女、無視するなって」
私の腕を突然つかんできた。傭兵A(仮)だ。すっかり忘れていたが、ずっと後ろについてきたらしい。
「離して頂けませんか?」
静かに怒りを込めて私は、傭兵A(仮)を睨み付けた。
「私は知り合いに用事があって来ているのです。あなたとお話するためじゃありません」
この程度の腕の人間なら、何も魔術に頼らずとも振りほどける程度に護身術は習っている。そうでなくては、男性下着屋の職人は務まらない。
だが、いくら常識もなく不愛想な私でも、みなさまがお食事をする店内で人をぶんなげるような迷惑な行動をできればしたくなかった。
「そういわずに、俺とイイコトしようぜ、絶対後悔させねえから」
傭兵A(仮)が耳元で息を吹きかけながらそう囁いた。全身に寒気が走る。
「ちょっと、いい加減に」
さすがにキレた私は、腕を振り払い、男に向きなおろうとした。したが、次の瞬間、男は勝手に私の手を離し、後ずさりを始めた。
「レ……レグルスさん?」
傭兵A(仮)の表情が突然青ざめた。事態を把握する前に、私は後ろから誰かに抱き寄せられる。
「オレの女に何か用か?」
誰が誰の女になったかは知らないが、傭兵A(仮)は「スンマセン」を連呼して怯えた顔で、慌てて店を出ていった。
私は呆然としながら、私を後ろから抱きしめる男を見上げる。
「あの、ありがとうございました。レグルス様」
礼を言った私を、ニッコリ笑ってレグルスはギュッと抱きしめる。正直、さっきの男なら振りほどけたが、レグルス相手ではそうはいかない。一難去って、また一難である。
「離して頂けないでしょうか? レグルス様」
「嫌って言ったら、どうするの? アリサ」
面白そうにレグルスはそう言った。周りが遠巻きに面白そうに見ているし、レグルスのお連れ様である栗色の髪のおねーさんが私を睨み付けている。勘弁してほしい。
「紳士でいらっしゃるレグルス様は、そのようなことはおっしゃらないかと」
私がそういうと、「アリサは上手いねえ」と言いながら、レグルスはようやく離してくれた。
「アリサは、オレに会いに来てくれたの?」
私はブンブンと首を振る。そもそも、レグルスがここを常宿にしているなんて知らない。
しかし、ニコニコとレグルスは私を自分の席のほうへエスコートしようとした。レグルスの座っていたテーブルから、すごい目で睨んでくるおねーさんと視線が合う。さすがに、これは気まずい。
「あの、私は知り合いに用事がありますし、レグルス様もお連れ様がいらっしゃるようですし」
「知り合いって、誰?」
ムッとした声で、レグルスは私を見る。その視線が怖い。なぜにそんな目で睨まれなければならないのか、意味不明である。
私は、必死にリィナの姿を捜した。
「アリサ!」
奥のテーブルから、可愛らしい声がした。私はホッとした。
「リィナ!」
私は彼女の姿を確認すると、笑顔で応えた。
「その表情、マジで反則」
私の横で、レグルスが小さく呟いた。
「アリサ、レグルス様とお知り合いなの?」
テーブルに座ると、いきなりリィナは私に聞いてきた。
興味津々、と言った感じである。
テーブルには、私とリィナの他に、もう一人、華奢な女性が座っていた。
レグルスのことより、まず彼女を紹介してほしいなあと思いながら、つい苦笑する。
「レグルス様は、うちのお客様なの」
私がそういうと、「高級防魔用下着屋さんってすごいのねえ」と、華奢な女性が目を丸くした。レグルスは、帝都アレイドでも有名人である。彼女たち冒険者にとっては、アコガレの人なのだろう。
「初めまして。アタイはダリア。リィナとコンビを組んでいるわ」
スラリとしたダリアは、そう言ってウインクした。目がクリッと大きくて、小動物的な愛らしさのある女性だ。
焦げ茶色の髪は短くくせっ毛で、首がすらりと長い。リィナが妖艶なら、彼女はキュートな女性だ。
「それで、これがリィナに頼まれていたプールポワンね」
私は持ってきた薄いピンク色の服をテーブルの上に置いた。
「うわあ、可愛い色ね」
そうなのだ。既製品の男性下着であるプールポワンでは、ピンク色を使うなんてありえない。だから、せっかくオーダーで作るのだから、戦闘服でもリィナのイメージに合う色にしたかった。
「ありがとう。すごいわ。既製品と違って、本当に強力な魔力を感じる!」
リィナはプールポワンを抱きしめて、嬉しそうにそう言った。
「既製品は、使う糸の種類が違うんです。たぶん付与される魔力は既製品の倍になりますし、あと、うちの店のロゴが、オーダーだとアップリケではなく、刺繍になるので、胸元の防魔効果がさらに上がっています」
私の説明にリィナは頷いた。
「それで、お値段が倍額になるのね?」
「はい。製作日数も大幅に違いますから。」
『縫う』という行為そのものは変わらないのだが、ひと針に込める集中力や疲労感が全く違う。
もちろん、既製品でもうちの製品の質は決して粗悪ではない。むしろ良品だと自負しているが、オーダー品は値段以上の品質の差があると思う。
「本当に、既製品と同じ値段でいいの?」
リィナがおそるおそる、といった感じで私に聞いてきた。
「ええ。そのかわり、レキサクライに連れていってほしいのです。ダリアさんへの護衛代も四千Gまでなら、ご用意できます」
「……いいけど、そこまでして、レキサクライに何しに行くの?」
「コルの実を採りに行きたくて」
私がそういうと、リィナとダリアが顔を見合わせた。
二人の顔が曇っている。
「ねえ、アリサ、コルの実は入り口近くで採れるけど……魔術が使える人間がいないときついわ」
「……魔術?」
「そう。コルジの木は、キラービーが巣を作っていることが多くって。たいして強くはないけど、剣で戦うのは厄介なのよ」
「私では、ダメでしょうか?」
最初からそう言われる気はして、私はポケットから魔道ギルドの会員バッチを取り出した。
「これでも、魔力保有Aクラス会員なのですが」
「えー!」
二人の声がハモる。その反応にやや罪の意識を感じる。
実は、魔道ギルドの会員であるには違いないが、正確には魔道ギルド魔力付与職人の部の会員である。
魔道ギルドはあくまで魔の道を究める人間の総括のギルドであって、厳密には、魔力付与職人と、攻撃魔術などを究める魔術士と、魔道を総合的に究める魔導士の三種類の部門がある。
いやしくも魔力にかかわる職業に就くものは、魔道ギルドに所属するのが当たり前なのだ。
門外漢の二人にはわからないだろうが、魔力保有Aクラスといっても、イコール魔術が得意というわけではない。
もっとも、学生の頃、私は攻撃系魔術だけは、ロバートと張り合える成績だった。高度な魔術は使えないが、初期魔術なら問題なく使える。(はずである)
「ただし、三年ほど使っていないのと、実戦経験がないという不安はありますけど」
下手に売り込んで期待されすぎても困るので、そう言ったが、二人はギルドバッチに見入っていた。
「すっごーい。Aクラスのひとなんて、初めて。」
リィナとダリアは感動している。
「アリサが、Aクラスって、嘘だろ?」
頭の上から、声が降ってきた。リィナとダリアの視線が、私の頭上に集まる。
「……人聞きの悪いことを言わないでください。きちんと認定されて会費も払っています。レグルス様」
私は、口をとがらせ声の主に抗議した。
しかし、声の主は引き下がる気はないらしい。
「どう考えてもSクラスだろ? クラーク殿もロバートもSじゃないか」
その言葉に、さらにびっくりした顔でリィナとダリアが私の顔を見る。
「やめてください。私はAです。勘弁してください。会費だって馬鹿にならないんですから」
魔道ギルドの会員は魔力保有量に応じて、特権と、会費が変わってくる。当然、魔力保有が多ければ特権も多い代わりに会費も高い。
「ふーん。なるほど」
取りあえず納得したらしいレグルスが、私の髪を勝手に手ですき始める。リィナとダリアが羨望の眼差しで、私の頭上を眺めている。
「何か御用ですか? レグルス様」
私が見上げると、レグルスはにやりと笑った。
「レキサクライに行くなら、オレが護衛してやるって言ったろ?」
「お断りします。報酬がお支払できません」
「アリサから、金はとらねえよ」
甘い言葉に頭を抱えこんだ。どうやって断ろうかと思案しているうちに、目の前のリィナとダリアが興奮した様子で、私の手を握りしめた。
「ワイバーン殺しのレグルス様と御一緒できるなんて、夢みたい!」
「伝説の剣さばきが間近で見れるなんて!」
「私、良いとは言っていませんが?」
ミーハーモードに入った二人の女性のテンションに、思わずたじろぐ。
気が付くと、レグルスは私の横の椅子に座っていた。
「レグルス様に、そこまでしていただく理由がございません」
二人に落ち着いてもらうように静かに目で制しながら、そう言う。
「オレとアリサの付き合いじゃないか」
「……まだ、今日でお会いして三度目ですよ」
私はため息をついた。
「それに、レグルス様、お連れ様はどうなさったのですか? 私のことはお気になさらずとも結構です」
「連れ? ああ、さっきの女? 帰ったよ」
「え?」
言われて、レグルスのいたテーブルを見れば、先ほどのおねーさんの姿がない。
「誤解するなよ、別にオレが呼んだわけじゃないし。たいして用事があったわけじゃないから」
いや、おねーさんはあなたに用事があったように見えました。おねーさん、納得して帰られたのでしょうか? 私、夜道歩いても大丈夫ですか? だんだん不安になってきた。
「アリサ、いいじゃん。レグルス様もいっしょに行きましょうよ」
リィナが目をキラキラさせながら、私を見る。
「……無料に抵抗があるなら、キスで払ってくれてもいい」
キャーっと、リィナとダリアが歓声を上げている。あれ? キスの要求されているのは私じゃないのかな?
だったらいいか……って、ダメだよね? それなら、なおさらダメだよね?
「そーゆーのはダメです。これはビジネスですから」
私がぴしぃっと言い放つも、リィナとダリアは既に有頂天で、しかも「硬いことイイっこナシよ」光線で私を見てくる。
「アリサ」
何か思いついたように、レグルスがにやりと私を見て笑った。笑顔が恐い。
「アリサがレキサクライに行くって、ロバートは知っているの?」
うっ。私は、思わず呻いた。その言葉には、白旗を振るしかなかった。
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