女戦士様と冒険 1

コルの実のなるコルジの木は、森の入り口近くにも多く自生している高木だというのは、間違いないようだった。

 私は、レグルスの言っていた「自分で採りに行く」という魅力的な提案が現実的に可能かどうかということを検討していた。コルの実が、安価で使えるとなれば、夏用のプールポワンにぜひ使いたい。

 ただ、魔の森レキサクライは入り口近くといえど安全とは言えない。さすがに一人で行く勇気はなかった。そもそも、私は木登りが苦手である。高いところがダメなのだ。

 そうなると、手っ取り早いのが護衛を雇うことである。

 しかし、護衛と言っても、値段も質もピンキリでよくわからない。

 幸い、イシュタルトの火球消滅のインパクトある宣伝効果のせいか、父へのオーダーは、かつてないほど順調に増えている。借金苦の仕立屋なのに、「皇室御用達」という箔までついた。今月は利息だけじゃなくて、元金も少しだけ返金できたし、私も、少しだけ自由になるお金を手にした。行くなら、今がチャンスなのである。

 かの高名なワイバーン殺しのレグルスが無料で護衛をしてくれるとは言ってくれたが、もし、仮に本気だったとしても、私の貞操を代価として払わないといけないかもしれない。

 この場合、元手がいらないからラッキーと、割り切れれば幸せなのだろうが…、なかなかそこまで思いきれないのは、私に覚悟が足りないのかもしれない。

 できれば、レグルスほどすごいひとでなく、私でもビジネスのお付き合いができる、そこそこの冒険者と知り合いになりたい。

 ところが、うちの店の下着は普通の下着ではなく、魔力防御付きの高級品だから、駆け出しの冒険者さんがやってくることはあり得ない。

 私は、御用聞きを兼ねて、既製品を卸している防具屋へ向かった。

 既製品価格は四千。決して安くはないが、テーラーメイドのほぼ半額以下である。これを買い求める冒険者さんなら、実力的にも駆け出しってわけじゃなくて、いわゆる中堅どころさんかもしれない。

 ラカード防具店と書かれた看板のある扉をあけ、私は店内に入った。

「こんにちは。ラムシードです」

 店内には客は誰もおらず、私は奥に声をかけた。

 バタバタっと足音がして、出てきたのは、フィリップだった。

「やあ、久しぶりだね、アリサ」

「そうね。ご注文を承りにきたのだけど」

 お前じゃなくて、親父さんに会いたかったなあと思いながら、私はそう言った。

「……そうだねえ、今はあまり売れてないからね。少し注文を控えようかと親父は言っていたが」

「そうですか」

「僕じゃないよ、親父がそう言っているんだ」

 フィリップが私の機嫌を取るかのようにそう言い添える。

「別に、いいですよ。それがビジネスですから」

 私はそう答えた。

「売れ行きが悪いというと、防魔用品の人気が下がっているということですか?」

 私の問いに、フィリップが首を振った。

「違う。魔の森レキサクライの一部を近衛隊が調査中でね。立ち入り禁止区域が、そこかしこにあって、森に入りにくい状態なんだ」

「ふーん」

 そういえば、魔物の掃討の時に、皇太子が夜襲を受けたってロバートが言っていたなあと思い出す。

「立ち入り禁止ねえ」

 コルジの木の自生している区域は、入れるのだろうか。ロバートとかイシュタルトに確認すればわかるだろうけど、森に行きたいと言ったら、イシュタルトはともかく、ロバートには、絶対に反対されるだろうなあと思う。しかも我が弟は、怒ると非常に怖い。

「ところで、最近アリサの店に、美形の男が出入りしているって聞いたけど」

 ねっとりとした視線を向けながらフィリップが私にそう言った。

 私はうんざりとした。確かに、イシュタルトもレグルスも超絶美形で、うちの顧客の平均美形度は格段に跳ね上がっているのは事実だけど。

「美形かどうかは別にして、うちは男性下着屋だから、男の客しか来ないけど」

 私がそういうと、フィリップが露骨に身体を近づけてきた。

「アリサ、気をつけなよ。甘い言葉をかける男にロクな奴はいないんだから」

 それはお前のことだろう、と私は思った。思ったが、さすがに口にしない。

 こいつに聞くことはもうないな、と思ったとき、扉が開いて、ひとりの女性が入ってきた。

 均整の取れた体つきだが、胸だけが不自然なほど豊満だ。私と同じように男物の服を着ているが、そのしなやかな動きから見て、戦士だと思われた。美しい長い黒髪を後ろで無造作に束ねている。少しネコ目であることも含めて、大人の色気があふれ出ているような美人だった。

 フィリップは、彼女が入ってくると明らかに二枚目顔を作り、私のことを忘れて接客に入った。

 私はフィリップの変わり身の早さに、ある種の感動を覚えながら、彼女にみとれた。同じ女性である私が見てもため息が出るほど色っぽい。

「ねえ、ラムシードのプールポワンって、これだけのサイズしかないの?」

 帰ろうと思ったところで、そんな言葉が耳に入った。

「あの、うちの下着をお求めで?」

 つい嬉しくなって、彼女に声をかけた。

「あなたは?」

「私は、アリサ・ラムシードと申します。プールポワンを作っています」

 私が名乗ると、彼女は、びっくりしたように私を見た。

「ラムシードは、男性の職人だと聞いていたのだけど」

「父のことですね。娘の私も一応、職人です」

「まあ」

 彼女は驚いて、私と話がしたい、とそう言った。

 フィリップには悪いとは思ったが、サイズのことで相談があるということだったので、私は彼女と防具屋を出た。

 そして、近くのお茶屋に入ってお茶をする。私はなんとなくドキドキした。私は、女性の知り合いが少ない。したがって、こういうふうに、女同士でお茶を楽しむという経験もほぼないのだ。

 夜はバーになるらしいその店は、昼間は店内が明るく、女性が入りやすい雰囲気の店だ。

 美味しい紅茶と、美味しいお菓子。お店には、可愛らしい女の子たちがたくさんお茶を楽しんでおり、男装の私たち二人は、ちょっと浮いている感じもしなくもない。

 彼女の名前は、リィナ・バル。想像した通り、戦士系の冒険者だった。年は私より二つ上の二十二歳。妖艶な容姿に反して、とてもかわいらしい女性だった。

「私も、チェインメイルを着るのだけど、プールポワンって、男性用しかないでしょ?」

 紅茶の香りを楽しみながら、彼女はそう言って首をすくめた。

「その……胸にサイズを合わせると、袖が長すぎるのよ」

 恥ずかしそうに、リィナは顔を赤らめる。

「なるほど」

 私は、納得した。既製品の男性用の胸囲に合わせれば、とうぜん袖丈は長すぎる。彼女のような豊満な胸を持つ女性は、サイズ合わせが難しいのだろう。

「オーダーで作れば、大丈夫ですよ」

 私がそういうと、彼女がさらに顔を赤らめた。

「男性の下着店に入るのが恥ずかしくて……それに、あなたのような女性の職人さんがいると思わなかったから、その…採寸されるのも男の方にされるのは、嫌だなあって」

「なるほど」

 確かに、リィナの胸回りを採寸している父を想像すると、父がどんな顔をして測るかも想像できる。

 うちの父が、特別スケベジジイというわけではない。ないが、よほど枯れた爺さんでない限り、いやらしい目でみるに違いない。

「……私がお作りしましょうか?」

 私がそういうと、リィナは少し不安げに私を見た。

「でもオーダーで作ると、高いでしょ?」

「私はまだ見習いですので…」言いかけ、私は彼女の手を取った。

「あの、リィナさん、ご相談したいことが…」

 私は商談を持ちかけた。

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