口コミのご依頼 3
「イシュタルトの服を見て、同じものが欲しくなった。頼む」
「……光栄です」
天下のワイバーン殺しのレグルスにここまで言われたら、断れない。むしろ、こんな有名人が着てくれるなんて有難い話で、広告料とられても文句言えない相手だ。
「着用は、今ですか? それとも初夏ですか?」
「今だな。それも、できるだけ早く」
なんだかよくわからないけど、レグルスの声は、妙に艶っぽい。
えっと。これ、ただの商談だよね? と、思う。
気のせいか、レグルスがグイグイ迫ってくるような感触がある。
言葉だけ理解すれば、ただの商談なのだが、紫の瞳が妙に熱を帯びて私を見つめていて。
「わかりました。では、中綿は普通のものを使いますね」
私は、自分の視線を自分の手元に落としメモをする。なんだかレグルスの視線が気になってしまう。
「ちなみに、夏用だと、どうなる?」
「熱がこもらない綿に変えます。あと、若干、表の生地が薄めになりますね」
「涼感用の糸は、使わないのか?」
このクラスの冒険者はよく知っているなあと思う。涼感用の糸があるなんて、普通の人は知らない。
「コルの糸ですか? あれは高いですし、手に入りにくいですから」
コルの糸というのは、コルの実で染め上げた糸だ。その糸を使って縫い上げれば、少しだけ、衣服が冷たく感じる。
だが、温熱系のエンの実に比べて、コルの実は高い。とにかく冷える系材料というのは高いのだ。
「採りに行けば? それほど森の奥に行かなくても手に入るぞ。木登りは必要だが」
「レキサクライに、ですか?」
私は目を丸くした。そうか。そういう発想はなかった。
「君一人では無理だろうが、護衛を雇えばいい。なんだったら、オレがつきあってやろうか?」
「め、滅相もない」
ワイバーン殺しのレグルスを護衛に雇うほど、我が家は裕福ではない。どうしても必要ならば、もっと格安なお手軽冒険者を雇う。
「でも、そういう発想はありませんでした。ありがとうございます」
私はお礼を言った。
「魔道学校にいたころは、私、攻撃系の魔術では優等生だったんです。自分で行くのも悪くないですね」
話ながら、私はメジャーを手にして、立ち上がった。
「君、名前は?」
気が付くと、私の傍らにレグルスが立っていた。
「アリサ、です」
なんとなく、後ずさりした。
レグルスは気配がないというか、気配を消していて、気が付くと、距離を詰められている。いつの間にか、顔に息がかかるほどに近い。
落ち着け! 自意識過剰にもほどがある! 相手は天下のレグルス様だ。女に不自由したことなんぞない人種なのだ。迫られているような気がするのは、きっと気のせいだ!
私は、メジャーを握りしめた。
「さ、採寸をしますので、上着を脱いでいただけますか?」
なんとなく声が裏返ってしまい、恥ずかしくて目を伏せたすきに、すっと、レグルスの腕が腰にまわされ、顎に反対の手が添えられた。
「アリサが、脱がせてよ?」
間違えようのない、甘い言葉でレグルスはそう言った。
頭の中が真っ白になりそうになる。
「う、うちは、そーゆーサービスはしておりません!」
なんとか逃げようとするも、歴戦の勇者であるレグルスを一介の職人である私が振りほどけるはずもない。
「初心なのもいいなあ」
完全に捕えられ、もがくわたしを、面白そうにレグルスは笑う。
「からかうのはやめてください!」
これは、貞操の絶体絶命的危機である。私の貞操にそれほどの価値があるかどうかは別として。
軽く魔術をぶちまかしてやろうか、という考えがよぎった。
「オレ、本気だよ?」
甘い声で耳元にささやく。おそらく、女性に拒絶された経験はないのだろう。声は自信に満ちている。
意を決して、呪文を詠唱しようとしたその時、外の通りから馬蹄の音が聞こえてきた。
保証人様?
一瞬、意識がそれた。
そのすきに。
私の唇にレグルスの唇が重なった。
「……何をしている?」
扉を開けて入ってきたイシュタルトの声は、不機嫌だった。
その声に、ようやくレグルスの唇が私から離れ、腕の力が緩む。
私は、慌ててレグルスの拘束から逃れ、息を整えた。
「やあ、イシュタルト」
にこやかに、レグルスはイシュタルトに笑いかけた。
「何をしていたかって? アリサの唇の採寸さ」
しれっと、訳の分からないことをほざくレグルス。
「冗談はやめてください」
私は、やけくそな気分だった。とりあえず保証人様のおかげで助かったようだが、これから先、この男を顧客にして、私は大丈夫なのだろうか?
しかし。
冷静に考えると、高名なレグルスの注文をお断りできる立場ではない。うちの借金は、利息を返すだけで毎月精一杯で、いつ返せるのかめどが立たない。女癖は悪そうだが、相手は、歩く広告塔になるくらいの有名人だ。たとえ、操が奪われたところで、自慢になろうとも、恥ではない(たぶん)。
どうせ、借金が返せなければ、女郎小屋に売られるかもしれない。どこの誰かもわからぬ輩を相手にすると思えば、ずっとマシである。少なくともレグルスは二枚目だ。
人生、開き直りが肝心である。
「……採寸しますから、上着を脱いでください。イシュタルト様、申し訳ありませんがおかけになってお待ちください」
落ち着け、と、私は呪文のように唱えながら、イシュタルトに声をかけた。
ふと目をやると、イシュタルトの闇色の瞳が冷たい。職場でイチャついているとでも思われたのかもしれない。
「アリサは、胸大きいね。男装して露出してないのに、すげえ色っぽい」
上着を脱ぎながら、人の胸をジロジロ見ながらレグルスはそう言った。
「イシュタルトは、気が付いていた?」
「ふざけるのはいい加減にしろ、レグルス」
保証人様の低く冷たい声が響く。滅茶苦茶不機嫌だ。
やだな。ご機嫌ななめになって、せっかく作った服を要らないって言われたら泣けてくる。
私は頭を振った。とりあえず、仕事に集中しなくては。
「……お二人は、どういったお知合いですか?」
レグルスの採寸をしながら私は聞いた。レグルスは火球消滅の話を知っていたし、どうやらプールポワンのことで、イシュタルトと会話をしたような口ぶりだった。今だって、レグルスは私よりイシュタルトをからかっているかのように見える。
「昔からの友人、かな?」
レグルスがそういうと
「……ただの、知り合いだ」と、イシュタルトが訂正する。
そういえば、ふたりとも有名な剣士でもある。あれだ。長年のライバルってやつかもしれない。しかも、ふたりとも、甲乙つけがたい美形だ。女の一人や二人、とりあった経験があるのかもしれない。二人の温度差はそのあたりに原因があるのだろう。
「お色のご希望は?」
採寸を終えると、私はそれをメモしながら、レグルスに聞いた。
「……そうだな。アリサの瞳と同じ、青がいいな」
紫の瞳に私を捉えながら、レグルスに微笑まれ、私は、胸がドキリとした。
瞳を閉じて、息を整え、冷静さを必死で取り戻す。
「代金は、一万Gになりますが、よろしいですか?」
「ああ。いつできる?」
レグルスの問いに、私は首を傾げた。
「そうですね、十日もあれば。受け取りは?」
「――取りに来るよ」
レグルスは、そういって、ニッコリ笑う。
「レキサクライに行くときは、声かけな。アリサなら無料で護衛してやるよ」
「ご厚意、感謝します。」
私が頭を下げると、レグルスは帰っていった。
後には、不機嫌な保証人様と私が残された。
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