口コミのご依頼 2

二週間はあっという間に過ぎた。

 二枚作るので、一枚は夏用にしたらどうかとイシュタルトに提案したが、「すぐ着るから」と言われ、結局、表地だけ変えた同じものを二枚制作した。色は山吹色と、爽やかな水色の格子柄。値段は一枚、九千G。前回よりも、時間があったので、美しく仕上がった自信がある。

 近衛隊は、毎日、鎧を着て訓練しているらしい。だからプールポワンも毎日お着替えするのだと、ロバートが教えてくれた。

 イシュタルトは、縁起が良いということで、私のプールポワンをヘビロテで着てくれているらしい。父の超お得意様であるイシュタルトが、『私の』製品を気にいってくれたのは、とても嬉しい。完成したら、屋敷に届けると言ったら、わざわざ取りに来るというので、本来は私が行くはずだった防具屋への御用聞きは父に行ってもらい、私は客用の椅子に腰かけて、あまり布でトートバックを作っていた。魔力を込めない裁縫なので、単なる趣味である。

 しかし、いつ来るのかな?

 時間の約束はしていないが、たぶんそろそろだろうな、とは思う。

 新しい製品も気にいってくれるかな、と、ちょっとドキドキする。なんとなく、早くあのご尊顔に拝謁したい気分になっていて。

 保証人様は苦手だったはずだけど。

 自分で、自分の単純な思考に苦笑する。

 そもそも、ロバートのこととか、顔が無駄に二枚目だから嫌だったのであり、憎しみがあったわけではない。だいたい、借金をしたのはうちの父であり、取立てをしてくる銀行も、保証人様も悪くはないのだ……と、必死で昔の自分に言い訳をする。

初めてのお得意様になるかもしれないと思ったら、とたんに私の中で株が急上昇しはじめた。

 私って、アホすぎ。

 ふーっとため息をついたところで、トントンと扉を叩く音に気が付いた。

 あれ? 今日は馬じゃない?

 馬の蹄の音は、聞こえなかった。

「どうぞ、お入りください」

 そういえば、この前は歩いてきていたし、よく考えたら、本人が取りに来るとは限らないなとか、いろいろ考えながら、声をかけ、扉を開けた。

 ガチャリ、とノブを開けると、入ってきたのは、保証人様ではなく、銀髪の見知らぬ男だった。

「プールポワンを作りたいのだが」

「え、あ、はい。いらっしゃいませ」

 私は、慌てて頭を下げた。

「今、父は留守にしております。すぐに戻ると思いますので、おかけになってお待ちいただけますか?」

 私は営業スマイルを浮かべ、男を客用の椅子に案内した。

 うちの店内は、質素な応接セットのある接客スペースのわきに小さな台所、パーティションで区切った奥が工房になっている。

 短い銀の髪の男は、非常に精悍な顔つきだが、紫色の瞳は柔らかい光をたたえていた。明らかに鍛え上げられた肉体で、前あきのジャケットを羽織っている。その下にはラフなシャツ、着心地のよさそうなズボンという完全な日常着だ。

 着ているものの素材から見て、金に不自由はしていない。おそらく、傭兵か、冒険者。しかも、動きにスキも無駄もないから、腕は相当立つと思われる。身長は高いが保証人様ほどではないな、と思った。

「お茶をお入れいたしますので」

 そう言って、私は火元に立つ。うちには調理用の魔道具がないので、お茶を入れるのもひと苦労だ。

「ここの職人は、クラーク殿、おひとりか?」

 男が問うた。明るい人好きのする声だ。

「いえ──見習いですが、私も、職人をしております」

「ふうん。なるほど」

 何がなるほどなのかしらないが、男は椅子に座らず、ちらちらと店内を見て回っている。

「これは?」

 男は、部屋の隅に吊るしてあった、保証人様のプールポワンの匂いを嗅ぐようなしぐさをしながらそう言った。

 なにか匂うのかな?

 不思議に思いながらも、「それは私が作った別のお客様のものです」と、答えた。

「見せていただいても?」

「はあ」

 意味がわからず頷くと、男は勝手に山吹色のほうのプールポワンを手にして、袖を通そうとする。

「あ、ちょっと、さすがにそれは……」

 やめてほしいなあ、と思った時には、彼は、保証人様のプールポワンを着て、姿見に自分の姿を映していた。

 やや服が大きい。しかし、保証人様とは種類が違うが、ほれぼれする美形ぶりであった。

 見本品じゃないんだけどなあと、心の中で呟く。

 私の制止を、彼は気にしていないようだった。

「これが欲しい」

「あの、それは別のお客様のオーダー品です。」

 私は焦った。気に入ってもらったのは嬉しい。しかも、彼によく似合っているとは思うが、ではどうぞ、というものでもない。

「ふうん。ひょっとして、イシュタルト・リゼンベルグ殿のものか?」

「……そうですが、よくおわかりで」

 私がそう言うと、ニヤリ、と男は笑った。

「オレは、レグルス・グラインという」

 それだけ言うと、彼は服を元に戻し、ようやく椅子に腰かけた。

 はらりと落ちた銀の前髪を払う。そのしぐさだけで、女を落とせそうなくらいの美形だ。

「レグルス・グライン?」

 名前に聞き覚えがある。えーと。確か……。私は記憶の海を泳いだ。

「ひょっとして、ワイバーン殺しのレグルス・グラインさんですか?」

「そうだ。割と、容姿だけでわかってもらえることが多いんだけど」

 ちくりと嫌味を言われた。

 確かに銀髪で紫の瞳という超特徴的な美形であるレグルス・グラインは、わかる人にはわかってしまうであろう。彼は、国王に目通りを許されるほどの有名な冒険者だ。軍に乞われて、帝国軍の行事に参加したりもするらしい。

「……すみません。そんな有名人が来るとは思ってないものですから」

 私は素直に頭を下げた。父であれば、如才なく対応できたであろうが、私は接客が苦手だ。

「クラーク殿は帝都でも指折りの仕立屋だ。いくらでも有名人は来るだろう?」

「父は、基本、外でオーダーを受けてきますので」

 私は丁寧にお茶を入れ、レグルスの前に差し出し、テーブルの反対側に腰かけた。

「君は、オーダーを受けないの?」

 にっこりとレグルスは問いかける。歴戦の勇者なのに、表情は柔らかい。こんな調子で口説かれたら、たいていの女は舞い上がってしまうだろう。

 そういえば、ワイバーン殺しのほかに、おんなごろしのレグルスという呼び名もあったな、と私は思い出した。

「私はまだひよっこです。イシュタルト様から先日初めて、お仕事を頂いたばかりなので」

「ふーん。だから、イシュタルトは、君の名を出さなかったのか?」

 そう言って、レグルスは私に顔を近づけて、まじまじと見つめた。

「いや――たぶん、違うな」

 訳の分からないことを言いながら、レグルスは、ニヤニヤと笑う。

「火球消滅させたプールポワンは君の製作だな? そこにかかっている服と同じ匂いがする」

「匂い? 匂うのですか?」

 いつから、魔力付与の魔力は匂うようになったのだろう?

「――いや、本当は波動というほうが、正しいけど」

 ふむ。このレグルスも保証人様といっしょで、「針を刺したのは誰だかわかっちゃうの」ってひとなのか。面倒な。

「オレにも作ってほしい」

「私でよろしいのですか?」

「君がいい……と、いうより、君じゃないとダメだ」

 まるで、口説かれているような気分になるセリフで、レグルスはそう言った。

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