口コミのご依頼 1

  春の日差しを感じるようになった。

 そろそろプールポワンに使う中綿を、一番、熱のこもらないタイプを用意しなければならない。私は、中綿の在庫状況を調べながら、ムムゥと唸った。

 中綿は、三種類ある。保熱効果の高いものと、普通のもの、保熱力の低いもの。全て綿の厚みはほぼ変わらず、衝撃の吸収力は大差ない。

 値段は、普通のものが当然一番安いから既製品は春夏秋冬このタイプを使う。

 ただ、父に直接注文をよこすテーラーメイドの場合は、依頼人の懐具合、着用する季節などで綿を変える。ちなみに、私が保証人様用に使用したのは、保熱効果の高いタイプだ。

 熱のこもらない綿は、特殊な栽培法で作られるため、一番高い。出回る数も少ないので、仕入れ量が難しい。在庫が多すぎると、店の経営を圧迫してしまう。

 そもそも、真夏になるとプールポワンを着る冒険者も減る。チェインメイルを無謀にも素肌に着用したり、うすいシャツに皮鎧だけの軽装になったりする。

夏用に何か新商品を考えねば、と思う。

 春の売り上げがある間に、しっかり考えておかねば、せっかく無くなった未払い利息が、すぐに積み重なってしまう。

「アリサ!」

 よく知った嬉しそうな声に目を向けると、黒い魔導士のマントをまとった元気そうな我が弟が立っていた。血色のよさそうな肌に、キラキラした青い瞳。彼の今の生活が、冷遇されたものではないことが感じられる。

「ロバート!」

 私は、嬉しさのあまりに、ロバートに抱き付いた。

 ロバートは私より、頭一つ分背が高い。顔のパーツは双子なので似てはいるものの、見分けはつく方だと思う。

 ちなみに、弟は私と違って愛想がよく、笑顔の眩しい好青年である。

「元気そうで良かった!」

 弟と会うのは半年ぶりである。リゼンベルグ家のお抱え魔導士として住み込みをしている弟が、実際どんな仕事をしているのか私は知らないが、とにかく忙しいらしい。

 父の借金返済のため、毎月、弟から一万Gの金が送られてくる。かなりの高給をもらっているか、弟自身が無理しているか、どちらかであるが、どちらにしても、私も父も弟に頭が上がらない。

「……そういう顔もするのだな」

 隣から、幾分、不機嫌な声がした。

 顔を上げると、少し苦々しい顔をしたイシュタルト・リゼンベルグが立っていた。

 不機嫌な面ですら、二枚目である。

「……今日は、馬ではないのですね」

 私はロバートの胸から顔を上げながら、そう言った。

「俺は、男と馬に二人乗りする趣味はない」

 ぼそっと、イシュタルトが呟く。

「今日は、イシュタルト様のお供で連れてきていただいたんだ」

 自分の実家に、連れてきていただくというのも妙な表現だが、それを指摘しても誰も得をしそうもないのでやめた。

「親父殿は?」

 イシュタルトは店内を見回しながら、そう言った。父は現在、奥で昼寝中だ。

「奥に。呼んでまいります。おかけになってお待ちください。すぐにお茶を入れますから」

 私はパタパタと歩いて奥の部屋の扉を開け、父を呼んだ。そしてそのまま、火元に立ち、客用のお茶の用意を始める。

「魔物の掃討は、終わったのですか?」

 作った製品の感想を聞きたくて、遠回しに話題をふってみた。

 イシュタルトへの個人的感情は別として、彼は私の初めての依頼人である。彼はもともと父の顧客であるから、父と比べて、糞みそにけなされる可能性もあるのだが、やはり自分の評価が知りたいのは人情である。

「終わった」

 イシュタルトは、そう言った。口調が疲れている。あまり話したくないらしい。

 近衛隊の魔物の掃討というのは、例年、春前に行われる、魔の森レキサクライの入り口近くのモンスター狩りのことだ。

 主は植物系の掃討作業で、それほど大きな魔物を相手にするわけではない。

 近隣の村の安全の確保とか言われているけれど、本当は、皇族のスポーツのようなものだ。

 皇族様はスポーツだが、ついていく近衛隊の苦労は、並大抵のものではないに違いない。

「今回は、すごく大変だった。夜襲があってさ」

「夜襲?」

 ロバートの言葉に、思わず聞き返す。

「そ。第三騎士隊にミスがあってね。完全休養に入っていた、皇太子の天幕にハーピーの群れが突入してきた」

「なに、それ?」

 ハーピーというのは、夜行性の群れるタイプのモンスターで、友好的とは言い難い性質の鳥形モンスターだ。顔が美しい女性の顔で、人間の男を誘惑して食うといわれ、魔術も使う。しかし、魔物掃討隊の前へノコノコ出てくるほどアホでもなし、計画的に夜襲をかけて皇太子を狙ったりするほど知的でもない。

「原因は、今調査中だけどね」

「……変なの」

 私は首をひねる。夜間とはいえ、皇太子の天幕を襲撃されるって間抜けすぎるミスだ。

 それにしても、ロバートもリゼンベルグ家のお抱え魔導士として、近衛隊の掃討にもついていっているのか。なかなかたいへんだなあ、と思う。

 私は丁寧にお茶を入れると、イシュタルトとロバートの前に置いた。

 父はまだこない。間が持てず、とりあえず自分も椅子に腰かけた。

「ああ、アリサに、お土産があったんだった」

 思い出したように、ロバートがポケットから小さな青い小瓶を取り出した。

「フィナの樹液」

「うそ、超高級品じゃない!」

 私は目を丸くする。フィナの樹液というのは、文字通り、フィナの木からとれる樹液で、女性たちのアコガレの高級化粧水である。

 小瓶とはいえ、純白の液体はなみなみと入っている。これだけあれば……

「アリサ、ひょっとして、売ろう! とか思ってないよね?」

「え?」

 ロバートのツッコミに、ぎくりとする。

「僕は、アリサのために、公務の間をぬって採取してきたんだけど」

「ハハハ」

 乾いた笑いを浮かべる私。

「アリサだって、年頃だろ? そろそろオシャレに気を使えよ」

「だって、借金あるし」

 私はちらりとイシュタルトのほうを見る。イシュタルトは私と目が合うと、微妙な顔をした。

 俺のせいにするな、と言いたいのかもしれない。

「借金は父さんと僕でなんとかする」

「それにしたって、私みたいな女がいいって、モノ好きはいないって」

「そう思っているのはアリサだけだって」

 そう言ってくれるのは弟のあなただけです、とは言えず。私は、はーっと大きくため息をついた。

「わかった。取りあえず、これは有難く受け取ります。なんか勿体ないけど」

 ロバートの好意をむげにするわけにはいかない。

 小瓶を大切に手に取ると、後ろの扉がガチャリと音を立てた。

「おぅ、ロバート、これは、イシュタルト様。お待たせいたしました」

 ようやく、父が奥から出てきた。待たせていた客人の姿を確認して、頭を下げる。

「どのようなご用件でしたでしょう」

「クラーク殿に、城に来てもらいたい」

 イシュタルトはそう切り出した。


「要するに……ハーピーの襲撃の時、みんな鎧なしで戦ったってこと?」

 ひぇーっと思いながら、私は話を聞いていた。もちろんロバートのような魔導士はほぼ鎧を着用しない。しかし、魔導士は基本的に、矢面に立つことはなく、あくまで戦士たちの援護射撃なのである。

 壁になるべき人間が、鎧なしって、怪我人が続出間違いなしの展開だ。

「そう。それでね、獅子奮迅の活躍をなされていたイシュタルト様に、ハーピーの火球魔術の流れ弾が直撃した」

「え?」

 びっくりして、イシュタルトを見る。イシュタルトがニヤリと笑った。

「アリサのプールポワンは優秀だった。火球は俺の体に触れた途端に消滅した。しかも、俺の身体はおろか、服にさえ傷一つ残らなかった」

「本当ですか!」

 嬉しさのあまりに私は立ちあがった。ダンスでもしたい気分だ。

「戦闘が終わった後、ほぼ無傷だったのは、うちの店のプールポワンを着た人間がほとんどだった――それで、殿下が、ご自分も、と所望されたそうだ。何しろ火球が消滅したのは強烈だったからねえ」

 ロバートの言葉に、ひぇーっと、私と父はのけぞった。

 ああ、でも。やっぱり、父なのね。そうだよねー、何人か知らないけど、イシュタルト以外は父の製品だし、そもそも、魔術ってーのは、かけられた方の精神力が強けりゃ、魔防具なくても弾くものなのだ。超優秀なイシュタルトなら、ヘボ魔術のひとつやふたつ、素肌でだって消滅させちゃうかもしれない。

「私でよろしいのですか? アリサじゃなく?」

 父は、私に遠慮したのか、そんなことを言った。

「クラーク殿のが、知名度が高い」

 はっきり、イシュタルトが断言した。

「――それに、アリサは城に連れていきたくない」

 それは、私のガラが悪いからだろうか。

「皇太子さまは女癖が悪いことで有名だからね」

 ロバートがそう言ってくすりと笑った。触れてはいけないことだったのか、イシュタルトが咳ばらいをする。

 まあ、皇族の悪口を侯爵様としても、近衛隊の副長さんとしても、おおっぴらに言うのはダメだろうな。

「殿下が私に何かなさるとはとても思いませんが、父のほうがよろしいでしょうね」

 そもそも、私の場合、城に着ていく服もないし。

「では、私は、これで――」

 詳細の話になるだろうから、席を外そうと私は立ちあがった。

「待て。お前にはまだ話がある」

 イシュタルトに座るように言われ、私は首を傾げた。

 闇色の瞳が私を見つめる。

「俺に、プールポワンを二枚、また作ってくれ」

「私が、ですか?」

 私は驚いてイシュタルトに確認する。

「俺の命を救ったのは、お前のつくったプールポワンだ」

 向けられた真摯な瞳に捉えられ、迂闊にも胸がドキリとした。顔がかっと熱くなった。それを自覚したことで、さらに全身が熱くなる。

 えっと。これは、職人として認められて興奮しているのだ。決して、保証人様にときめいているわけではない。

 落ち着け、私。

「……ありがとうございます」

 ようやく、それだけ言葉を紡ぐ。

「期日は任せる。代金は今月の利息分でいい」

「――それでは、ダメです!」

 私は思わず、そう叫んだ。

「不足か?」

「いえ。それでは私がボッタクリです!」

 ロバートが呆れた顔で私を見ている。言いたいことはわかる。わかるけど。

 でも、利息は三万Gもあるのだ。

「この前は、期日が三日でしたので破格の値段をつけていただきましたが、期日がこちらで決めさせていただけるなら、三万もの大金を頂くわけにはまいりません」

 私は、自分でもバカだな、と思いながら続けた。

「父でも、一枚、15,000Gになることはマレです。ひよっこの私が父と同じ値段をつける訳には参りません」

「意外と、律義なんだな」

 イシュタルトが苦笑いを浮かべている。

「俺からふんだくって、早く借金を返そうとは思わないのか?」

 もちろん、そういった気持ちが皆無ではない。でも、それはそれ、これはこれ、である。

「リピートしていただいたということじたい、私にとって大切なお客様です。まして、父へのご依頼のお仕事は、イシュタルト様のご活躍があってこそ。そういう方からボッタクリはできません」

 私は、ふーっと息をついた。

「一時に大金をふんだくるのではなく、末永くお付き合い頂ける関係でいたいのですが、おかしいですか?」

 父が、珍しく感動したように私に頷いている。どうやら、私は正しかったらしい。

「末永く、ね……いつできる?」

 イシュタルトは幾分、嬉しそうに私を見た。

「二週間あれば。お色の指定などはありますか?」

「任せる。」

「では、ご準備させていただきますね」

 私がそう言うと、イシュタルトはにっこり笑った。

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