6F:彼の迷い


 サタンマルッコ号展示会イベントのお知らせ!


 あの! 日本中を驚愕させた日本ダービー馬サタンマルッコ号を間近で見よう!

 抽選で10名様には口取りでの写真撮影体験も!


 羽賀競馬場では7月、8月中は毎週土曜日に競走開催中!

 サタンマルッコを愛でて、皆で楽しんじゃおう!

 夏休みのレジャーは羽賀競馬で決まり!



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 9月下旬。セミの鳴き声が遠くなって久しく、夏の新緑に彩りが加わろうとする季節。

 僅かに和らいだ日差しの中、一台の馬運車が栗東トレーニングセンターに現れた。

 報道陣が取り囲む中停車し、中から一頭の競走馬が顔を出す。


 ダービー馬サタンマルッコ、栗東に帰厩!


 三歳クラシック最後の一冠菊花賞へ向け、ダービー馬が始動した。







「分かっちゃいましたけど、やっぱり何かにつけて扱いが違いますねぇ」


 羽賀よりはいくらか過ごしやすい気温の中、マルッコの馬房の準備をするクニオ。当のマルッコは廊下に首を出してひーんひーんと鳴いている。同じように首を出している須田厩舎の馬たちが言葉を交わすかのように嘶き返す。特にダイランドウのすっ呆けた調子の嘶きは耳に残った。


「そりゃあダービー馬だからな。ダービー馬は一年に一頭しかでない」


 とりあえず掃除、と小箕灘はちりとりを使いながら答えた。


「他のGⅠだって同じですよ?」

「重みがちげぇの。ついでに稼いだ賞金もな」

「ああそりゃ分かりやすい。あ、クリス。もうちょっとチップ持ってきて」

「はい、わかりましタ」


 マルッコは寝藁やウッドチップの厚みが薄いと文句を言う。脛が埋まるくらいの厚みに寝転ぶのがいいらしい。すっかりセレブ気分の馬である。

 クリスと呼ばれた帽子を被った男はクニオの指示に従い倉庫からウッドチップの袋を運んだ。最近雇用された栗東での調教助手だ。


「ありがと。ほらマルッコ、そこ邪魔だからどけ」

「ぶひ」


 「しゃーねーなー」と馬房の隅に避けるマルッコ。空いたスペースに山積みのチップを均してやる。


「それにしてもクリス。手馴れてるな」

「エエ。故郷でやっていまシたから」

「なんにしても助かるよ。これからよろしくな」

「ハイ」


 一通り作業を済ませて馬房を出る。餌箱に飼葉を詰め込んだクリスもそれに続いた。


「センセイにも言われてると思うけど、厩舎に居る間は俺と一緒に須田センセイのとこの手伝い。んでマルッコの乗りの時は任せるから」

「ハイ。まかせてくださイ」

「後で向こうの人とも挨拶しにいこう」

「はい。おねがいしまス」


 こちらも一通り片付いたのか、小箕灘がパイプ椅子にドカっと座り、新聞を広げた。


「しかし、セントライト記念はスティールソードで、神戸新聞杯はストームライダーか。正直逆だと思ってたから意外だな」


 秋の三冠レース菊花賞。そのトライアルは既に動き出していた。

 菊花賞。10月の下旬に行われる秋のGⅠシリーズの一つで、三歳限定戦の最終戦を飾る3000mのレースだ。トライアルレースは中山2200mのセントライト記念、阪神2400mの神戸新聞杯の二つがあり、これらのレースの3着までに優先出走権が与えられる。

 菊花賞戦線は夏の間休んだ優駿達がこれらのレースに出場する事で始まるといっても過言ではない。夏競馬で名を挙げた馬たちが一旗挙げるのか、それとも春に強かった馬たちがここでも実力を発揮するのか。勢力の入り乱れる初秋は独特の高揚感がある。


 そんな情勢の中執り行われたセントライト記念はスティールソードの圧勝。

 皐月賞馬ストームライダーは今週末に開催される神戸新聞杯へ出走予定。事前の評価では抜けた一番人気と目されている。


 さてサタンマルッコはというと、こちらはトライアルのレースを使わずぶっつけ本番、菊花賞へ直行する予定になっていた。夏を休養に当てたとは言え、宝塚記念での疲労を考慮した小箕灘の采配だった。

 とはいえ、厩舎の仲間達にぷるぷる嘶くマルッコの姿は、疲労とは無縁であるように映るのだが。






 明けて翌日。サタンマルッコの姿はEダートコースにあった。鞍上には新人厩務員クリス。堂に入った騎乗スタイルでマルッコをキャンターさせていた。

 ばらばらっとした足並みで走るマルッコの背後からすーっと寄せてくる馬の姿。須田厩舎所属馬ダイランドウと調教助手の大河原だ。


「ひん」


 よーダイスケ、とでも言うように口を割ったマルッコとダイランドウは栗毛の馬体と黒鹿毛の馬体を並べて仲良く併走を始めた。いつかのようにムキになって暴走する兆候は、今のところない。というより基本的にこの二頭はとっても仲良しだ。


「オツカレサマです。大河原サン」


 なんで挨拶が疲れを労う言葉なんだろうと文化の違いに困惑するクリスだが、慣用句と思えば使えないことは無かった。騎上の大河原も応える。


「ああお疲れ。やっぱブランクがあっても上手いな、クリス」

「そうでしょうカ」

「ああ。見てりゃ分かる」

「ありがとうございまス。その馬……ダイランドウはレースに勝ったと聞きましタ」

「おお。キーランドカップだな。先週札幌から帰って来たばっかりだから、今日もキャンターだ」


 キーランドカップはGⅢ競走で、秋のGⅠシリーズ初戦、スプリンターズステークスのトライアルレースだ。前走の安田記念は2着惜敗だったため、本賞金不安からトライアルを一度使ったのだ。


「そうだったんですネ。ツヨソウです」

「ハハハそうか。お前にそう言ってもらえると箔がつくな」

「キョウシュク? です」


 どこか得意気に駆けるダイランドウをマルッコは「ま、俺はダービー馬なんだけどねー」と生暖かい目で見ているようだった。





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菊花賞 part2





1 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxIeu0

混沌としてまいりました




2 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxjfI0

S氏は距離問題ないだろ

あれだけ心肺機能高い馬が3000mだけ走れないなんて考えられない



4 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxaau0

陣営も距離延長に関しちゃ問題ないって言ってるな

だいたい母系がスタミナ血統だしな



7 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxxKwX0

ルドルフ、テイオー、フウジン、まあスタミナ血統といえばスタミナ血統か

近親が内国産馬だとこういうとき困る



25 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxzoj0

親父のフリートは言わずもがなだしな



40 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxx5/A0

ライダーは距離どうなんかな

トライアルは楽勝だったが相手が雑魚だし



43 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxLGy0

2400いけて3000いけないってこたねぇだろうけど

距離が伸びれば伸びるほどよさそうなS氏と比較するとどうだって感じはある



66 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxwns0

S氏ってなに?



103 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxx3330

サダノマルッコことサタンマルッコ



110 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxtdr0

ここは鉄剣なんじゃねえの

父ブルースフォーはどう考えても買い要素だろ



117 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxhbN0

この距離だとライダーが負かしてきた馬との逆転ありうるな

今でもあの馬が弱いとは微塵も思わんしなんならサタンより強いと思ってるが

ここはちょっときついかもな



139 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxqyp0

トライアルを圧勝しているのになぜ弱気なやつがおおいのか

楽勝だろ

サタンマルッコとかいう雑魚も化けの皮はがれるよ

ダービーはフロック

強い馬は皐月と菊をかつんだよ



152 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxanL0

まあ確かに近年ダービーを勝った馬のその後は振るわないな



185 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxssv0

実際種牡馬としては皐月賞勝った馬のほうが価値あるな

そもそも時代が2000mなのにいつまで菊花賞3000mでやるんだよ



204 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxzeh0

しるか



240 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxO4e0

馬券買う人間には関係ないわ



256 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxf760

>>1

セントライト記念

1着スティールソード

2着ラストラプソディー

3着カタルシス

神戸新聞杯

1着ストームライダー

2着ホウユウアオゾラ

3着マイザーアカウント

いうほど混沌としてないな春から名前きいてた馬ばっかだし



279 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxkh00

>>139

あの、3着の宝塚は(小声)



311 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxvti0

スティールソードといいサタンマルッコといい、不遇血統の見本市だな

ラストラプソディーとか父系こいつしかいないだろ



313 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxTud0

大正義ディープ軍団はどこへいったんですかねぇ(呆れ



333 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxx37i0

おるやろライダー



352 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxfeo0

一時期のディープ一色がおかしかっただけで

本来種牡馬ってこのくらいばらつきがあったような気がする



377 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxl6u0

あとは条件が変わった時か

重馬場とか雨とか

雪でもいいぞ



378 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxkQQ0

???「今年は異常気象!」



395 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxx/4U0

いくらなんでも淀で10月に雪はふらんやろ



400 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxx0bJ0

>>377

枠とか?



404 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxn1m0

菊はあんま枠とか関係ねぇな

どうせ一週目ゆっくり下るし

スタンドでも向こう正面でも位置変えられるし



412 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxMgk0

意外とS氏雨がだめとかないのかな



436 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxxsD0

ダート走ってた馬だから平気だろ



437 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxYEB0

ダート馬だからといって雨の不良馬場が得意ってもんでもないぞ



441 名無しさん@競馬板 20NN/10/12 ID:xxxxxzmG0

ゆうて京都であのスタートから先頭逃げられたら誰もかてんやろ

サタン二冠できまりや




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「では夕方からの天気予報です。みのりちゃ~ん!」

「はぁ~い! WNK気象予報士の兵藤みのりで~す。

 ここ、京都駅前ではなんと! 現在小雪がちらついております!

 小粒で雨と見紛うほどなんですが、10月での降雪はなんと観測史上初!

 厳しい冷え込みに注意が必要です。

 ではこの後のお天気です。

 今降っている雪は夜には雨となり、朝方には止んでいるでしょう。

 気温が低くなっていますので、寝具にはいつもよりもう一枚、多くした方がいいかもしれません。

 明日の天気です。

 明日は一日曇り空。週末にかけては雨が続く見込みとなっています――……」



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 競馬において大穴とは、逃げ先行、落馬によって引き起こされる事が多い。それらの要素を副次的に有利にする物、それは悪天候だ。


 京都競馬場のパドックは午後から降り出した雨の中、傘を差す観客が醸し出す静かな熱気に包まれていた。週末からぐずついた天気が続いた影響で馬場状態はすでに不良の発表。何かが起きるならこんな日だ。それらの兆候を逃すまいと馬券師たちは間もなく現れる優駿達を待ち構えている。

 メインレースまではまだ時間がある。それまでのレースで軍資金を増やしておこうという魂胆なのだろうが、得てしてそういう時は上手く行かないのが世の常だ。


 そんなパドックの様子を、一段低い位置――内側からクリストフは見ていた。

 そういえば、日本の競馬はこんな感じだったな、と懐かしんでいた。

 日本の競馬は世界的に見ても平場(メインレース≒オープン特別ではないレース、もしくは重賞開催が無い日の開催日。要するに特別ではない日)の熱気が非常に高いといえる。未勝利や条件戦のレースに数万人の観衆がつくことはかなり異質だ。ドイツから短期免許で騎乗に来ていた騎手が、未勝利戦で大きな声援を受けた事に対して多大な衝撃を覚えたと述懐しているなど逸話が多い。


 懐かしい空気を堪能しマルッコの馬房へ戻ろうか、と足を踏み出した時、横合いから声がかかった。


「クリストフ!」


 見覚えのある顔。数瞬の後、それと名詞が結びついた。


「ヨコタ、さん」


 勝負服姿の横田は朗らかな笑みを浮かべながら、クリストフの肩を叩いた。


「久しぶり。元気だった?」

「アマリ元気じゃなかったです」


 横田は正直な言葉に苦笑いし、探るように「もう、その……いいのか?」と続けた。彼は知人とその相棒の身に起こった出来事について知っていたのだ。


「ハイ。彼に励まされましタ」

「マルッコか?」

「ハイ。マルッコはいい仔でス」

「ああ。よく知ってる」

「今は、スダサン厩舎のお手伝いしています。体を直したら、騎手、またやりたいでス」

「そうか。そうか……!」


 横田はクリストフが厩舎の手伝いをしている事を小箕灘経由で聞いていた。騎手の道を諦めたのかと考えていたが、どうやら彼は辛い経験を乗り越え、ブランクを埋めた後にかつての道へ戻ろうとしているらしい。それは、似た経験を持つ横田にとって我が事の様に嬉しい出来事だった。


「それじゃあ、また後でな。俺、これからレースだから」

「ハイ。がんばってくださイ」


 目に薄っすらと涙を浮かべていた横田は、照れ隠しのようにそう言って騎乗へ向かった。




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 最近はそうでもなかったんだけどなぁ。

 クニオは引きつった口元を意志の力で平静に保ちながら、雨中の京都競馬場パドックを周回していた。

 いや、それは正確ではない。ほとんど止まるような速度のマルッコの手綱を引いていた。

 夏休みの羽賀で、すっかりアイドル扱いに慣れてしまったこの栗毛の癖馬は、カメラのレンズやスマートフォンを構える観客一人ひとりに視線を送るかのように、殊更ゆっくりと歩いていた。恐らくファンサービスのつもりなのだろう。


「なんだカ、あまり集中していませんネ」


 二人引きで口を取っているクリストフことクリスも、そんな様子に苦いものを滲ませていた。


「まあこれはこれで集中していると言えなくもないけど」

「fanの皆さんは、大切ですガ……」

「うーん、いつもだったら騎乗でピリっとしてくるんだけど、今日は横田さんがパドックから乗れないからなぁ」


 クリスのマルッコを見る目は心配そうだ。母親が帰りの遅い子供を待つ顔にも似ていた。



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「……――パドックの解説は引き続きラジオウェスト織田雅也さんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「それでは各馬一周見て回りましたが、ここからは織田さんかが気になった馬をピックアップしていきましょう」

「はい。まずは大外⑱番、ダービー馬サタンマルッコですね」

「⑱番サタンマルッコは現在単勝1.7倍の一番人気です」

「ダービーや宝塚記念で見せた走りから実力は本物。逃げ馬不利と言われる菊花賞ですが、あれだけのスタミナを見せ付けられては逆らえません。この、今降っている雨も逃げ先行にプラスであると思います。

 気になるところとしてはまずやはり前走からトライアルを踏まず直行である点でしょう。

 中間の調教や追い切りは訳の分からない部分が多いですが、もともとそういう馬ですし、今日こうして馬体を見てみても身体つきは緩いところもありません。

 周回中は、なんというか、あまり集中しているようには見えませんでしたが、この馬の過去のレースを見ても大体そんな感じなので実力を発揮できる状態にはあるんじゃないでしょうか。

 外枠発走である点については、スタートが抜群に上手な馬ですし、仮に出負けしても長

距離のレースですから、余程の出遅れ等で無い限り特に問題なく先頭に立てるのではないかと思います。

 次に⑧番のスティールソードを挙げたいと思います」

「⑧番のスティールソード。現在単勝3.2倍の二番人気です」

「今日は絶好と言われた青葉賞に匹敵する仕上がりなんじゃないでしょうか。歩いているだけで一回り大きく見えるほどです。

 この馬も逃げ先行馬なんですが、展開としてどうしても他の馬がサタンマルッコを意識する動きとなるので、その中でどう動くかがポイントとなりそうです。直線よりも道中での動きに注目したいですね。

 それから、人気上位馬ばかりで穴党の方には申し訳ないんですが、①番ストームライダー、⑩番ラストラプソディーにも注目したいです」

「①番ストームライダーは現在単勝3.8倍の3番人気。⑩番ラストラプソディーが5.2倍の4番人気となっています」

「ストームライダーはトライアルから変わらず好調を維持しているようです。見栄えのする凄い身体付きをしていますね。距離適正が不安視されていますが、絶対能力の高さでこの中でも上位であると考えました。

 ラストラプソディーは父ブルースフォーがこの菊花賞を制している事から血統背景はバッチリ。追い切りでの動きも抜群と、十分勝ち負けに届く実力、調子であるように思います」

「それではもう一頭、お願いします」

「②番のヤッティヤルーデスがすごく気になりますね。この馬はパドックだと静かな、というか元気が無い感じで歩く馬なんですが、今日はなんでしょうね。雨の中元気いっぱいといった感じで、何かやってくれそうな気がします」

「ありがとうございました。菊花賞発走まで、今しばらくお待ちください」




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《手拍子に送られて、伸びやかな最終音をトランペットが鳴らしきり、万雷の拍手が起こります京都競馬場。今年は雨の中6万8千人のお客さんが3歳牡馬最終戦を観戦に訪れています。

 皐月賞馬ストームライダーはダービーの雪辱を果たすのか。

 競馬史に新たな蹄跡を刻んだダービー馬サタンマルッコがその実力を示すのか。

 それともスティールソード、ラストラプソディー、カタルシスといった馬達の逆襲が成

るのか。その身に刻む血の証明。クラシック最終戦菊花賞間もなくスタートです。


 奇数番号の馬が、おっと①番のストームライダーが珍しく、珍しくといって良いでしょう。珍しくゲート入りを嫌っている。先に後ろの番号の出走馬が収まっていきます。

 ⑰番まで収まりましたが、さて……今、ストームライダーが勢いをつけて係員に引かれながら……収まりました。続いて偶数番号の馬が枠入りを始めます。②番ヤッティヤルーデスが収まり、順調に進んでいきます。最後に⑱番、サタンマルッコが収まりました!


 さあ……今、菊花賞、スタートしました!

 あ。




 ああぁぁッ!? サタンマルッコ出遅れたッ!





 躓いたか足を滑らせたか、横田騎手があわや落馬かと思う程大きく体勢を崩す間に出走各馬は一周目の3コーナーへ飛び込んでいきます。

 その後ろ大きく遅れてサタンマルッコ。どうやら競走は続行出来るようでありますが、前とは10馬身程差が開いてしまいましたッ!

 京都競馬場観客席からは悲鳴の嵐! 波乱の立ち上がりの菊花賞となりました!


 先頭はスティールソード、内へ寄せてゆっくりと坂を下ります――……



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 スタートの一完歩目でマルッコが窪みに足を取られた。表面上平坦に見えた芝だったが水を吸って膨らみ、地下が空洞だったのだ。

 更に間の悪いことに降りしきる雨が鐙を湿らせ、片足が鐙から外れてしまった。一時は首に捕まらなくては落馬しかねない体勢だったが、背中の異常を素早く察知したマルッコがスピードを落とし、その間に横田は騎乗姿勢を修整することが出来た。

 この間約一秒。しかし加速に乗った競走馬とこれから加速する競走馬との間で一秒の差は果てしなく大きい。それは常のマルッコが絶好のスタートを決め、スタートから400mで他馬と開く差に等しい。

 遠ざかる馬影に、慌てたマルッコがハミを取って行く気を見せた。


「マルッコ!」


 横田は強い意志で手綱を引いた。背中から困惑が伝わる。


「任せろ!」


 この位のロス、なんでもない。俺が勝たせてやる。

 水しぶきの上がる淀の坂を下りながら、人馬は遠くの馬影を見やる。


「あいつら全員、ぶち抜くぞッ!」


 噛み合ったハミが緩む。身を委ねたマルッコの身体から力みが抜けていく。

 理性ある怒りに身を包んだ栗毛の怪馬に闘志が宿った。



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 ……――一周目のスタンド前を通過していきます。雨粒を吹き飛ばすような大きな声援が送られます。馬群は徐々に縦長の隊列となっています。

 先頭は⑧番のスティールソード。切れて2馬身④番アレンティ。その後ろに①番ストームライダー今日も先行策、そこから馬群が固まってラストラプソディー、ナイトアデイ、ガイデスブルグ、ホウユウアオゾラ、ゴーゴーオルソスらが内、外にヤッティヤールーデス、ケルヴィンハット、マイザーアカウント等、この辺り横に広がって進んでいます。

 そして馬群の最後方フォールオブアースから離れて10馬身。ここにサタンマルッコがぽつんと追走しています。


 先頭通過が63秒。雨を勘定するなら平均ペースと言って良いペースで1コーナーへ向かいます。この辺り、隊列は固まったように思います。

 一隊となって2コーナー、向こう正面へ進んでいきます。


 さあ淀の上り坂。この辺りペースが緩んで一息といったところですが、


『おおおおおぉぉぉぉぉ――……!』


 おっと凄い歓声、いやどよめき!

 向こう正面の坂に入ったところで出遅れて最後方のサタンマルッコが位置を上げ始めている! 坂の真ん中辺りで大外をぐんぐん進み、今馬群の中段あたりに付けましたが、まだまだ位置を上げている!

 前の方も一気にペースが上がってきた! この辺り一気にレースが動いて参りました!


 2周目の3コーナーに差し掛かります坂の頂上。ここから先は下り坂。

 しかしサタンマルッコの仕掛けに反応した各馬は全体的にペースが速いぞ!?

 果たしてこのまま行くのかどうか。


 そして現在4、5番手のサタンマルッコはここからどうする!

 この動きに各馬はどうなる!


 横田騎手の手は変わらず動き通しだ! これを見てラストラプソディー川澄騎手も追い始めた!

 4コーナーの下りに差し掛かりますが、これは正直、意外な展開!

 なんとあの出遅れからサタンマルッコが間もなく先頭に取り付こうとしています! それで持つのか横田友則!

 並ばれたスティールソードに、ああなんと鞭が入った! 細原騎手勝負に出た!

 細原騎手、坂の下りでゴーサインッ!

 困惑と悲鳴の大合唱が迎える京都競馬場の最後直線!


 外へ大きく膨らみながらスティールソードとサタンマルッコが馬体を並べる! 後方集団とは差を開いた!


 内の方では⑦番ホウユウアオゾラ、②番ヤッティヤルーデスが突っ込んで来るが、前の二頭までは3馬身はある!

 ストームライダーはどうだ! 脚が鈍い! 馬群の中から割って来れない!


 先頭はスティールソード半馬身! 身体を併せて外サタンマルッコ! どうやらこの二頭の争いになったようだ!


 内スティールソード! 外サタンマルッコ! 残り100m!


 もう差が無い! 大接戦! サタンマルッコ前に出たか! いやスティールソードが差し返す!

 内スティールソード外サタンマルッコ!

 どっちだ!


 どっちだ!


 どっちだあああああぁぁぁぁッ!

 まっっったく並んでゴールイン!

 これはきわどい勝負になりました!


 ……三位入線は②番ヤッティヤルーデス、⑩番ラストラプソディー、この辺りの争いとなったようです。

 しかし一着争いは微妙! 直線100mを切ってから一度サタンマルッコが頭一つ抜けましたが、最後にはまたスティールソードが差し返したようにも見えました。

 電光掲示板には写真判定の表示。さらにこのレースは審議のランプが灯っています。

 今、この件に付きましてアナウンスがなされます。


『京都11Rはサタンマルッコ号が発走機を出た後、躓いた事に関して審議いたします』


 審議はサタンマルッコのスタートについてのようです。不利を受けて、もしくは不利を与えたとも思えませんので、着順に影響のある審議ではないように思われます。

 それにしてもあの位置からのスタート。さらには向こう正面からのロングスパートと激しいレースを繰り広げましたサタンマルッコ。

 さらにそれを受けて立ったスティールソード細原文昭騎手。最後、直線まで両者の激しい追い比べとなりました。レースの余韻に浸るかのように、場内はまだ大きなざわめきに包まれております。


 あっ、今ゴールの瞬間の映像が映し出されます。

 これは、これは……どうでしょう。両者ともに首を伸ばしきっておりますが、僅かに、僅かに外サタンマルッコが優勢であるようにも見えます。確定まで今しばらく……あっ!

 着順が表示されました!


 一着、⑱番、サタンマルッコッ!――……》



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 電光掲示板の一番上に表示された⑱の数字。

 観衆の悲喜交々を聴きながら、横田は胸をなでおろした。

 最後の瞬間、残した感触はあったのだが、何分雨であるしゴール板を抜けた次の瞬間にはスティールソードに交わされていた事もあって、自信が無かったのだ。


「おめでとうございます。悔しいですけど、次は負けませんよ」


 激闘を繰り広げたスティールソードの鞍上、細原が言葉通りの悔しさを滲ませて言った。

 かつてマルッコに突っかかられた事のあるスティールソードは鼻息も荒くマルッコを睨みつけていたが、マルッコはつーんと顔を逸らしていた。

 その態度におや? と思いつつも、


「ありがとう。今日はめちゃくちゃきつかったよ」

「まぁ、あれだけの出遅れですからね……じゃあ先に行きます」


 細原はスティールソードを促して、計量場へ向かって行った。


「どうしたマルッコ。元気が無いな」

「ぷる」


 ああもしかして。


「スタートのことでも気にしているのか? いいんだよ。ああいう事だって、偶にはある。そういう時のために、俺達(ジョッキー)がいるんだから。さあそれよりも帰ろう。ほら、行くぞ」


 マルッコはしぶしぶ~といった感じで足を始めた。

 スタンドからは割れんばかりの声援。やや野次も含まれていたがそれはご愛嬌。

 何故ならサタンマルッコとはそういう馬なのだから。




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 おうまなみの競馬ブログ!~10月号~



 菊花賞プレイバック

 週中から雪のちらついた京都市内。波乱の予感もひしひしと、クラシック最終戦がやってきた。

 うへ~雪かよ~雨かよ~出遅れかよ~ルーデスかよ~と事前の予想を散々裏切ってくれた菊花賞だったわけだけど、終わってみれば1-2-8番人気の堅い決着だった。いややっぱ3着ヤッティヤルーデスはちょっと意外だったわ。

 もちろん、現地で見ていた人は誰一人として堅く終わったなんて印象を抱きはしなかっただろうけどね! ひやひやさせやがって!


 レースはスタートから大波乱。なんと一番人気のサタンマルッコがスタートで躓き大きく出遅れてしまったのだ。ゲート内で立ち上がって出遅れたフリートの宝塚が頭を過ぎった人は多いんじゃなかろうか。

 皆さんご存知のように、京都競馬場は3コーナーから4コーナーにかけてが下り坂になっていて、向こう正面で長く坂を上るコースだよ。

 坂の下りをトップスピードで下ると外に膨れてロスになるからゆっくり下るのが定石。ゆっくりとはいっても下り坂だからタイム自体は速いんだけどね。

 菊花賞はこの3コーナーから始まる長距離のレース。だから多少の出遅れなんかは道中で幾らでも取り返せるんだけど(この辺が強い馬が勝つなんて言われてた理由の一つかな)今回みたいな10馬身以上の遅れは流石にきついよ!


 正面スタンド前~2コーナーまでは淡々と流れて、向こう正面に入ったところでレースが動いた。

 最後尾のサタンマルッコが外へ出して集団に大きく並びかけた。横田騎手が追い始めた

時は場内騒然。おいおい大丈夫か、よしよしいったれ、言ってる事はバラバラだったけど皆がサタンマルッコに注目していたね。


 それまで緩い流れだったんだけど(1000m63秒、1400m89秒)そこから一気にペースが加速。坂の上りにかけて各馬一気に足を使ったんだけど、動き出しの差でサタンマルッコが前に付けたね。

 一方で万事上手く事を運んでいたスティールソード、後ろのペースアップもなんのその、淡々とペースを刻む。ストームライダーは坂の上りの時点でどこかぎこちなかったね。馬混みに飲まれてそのままって感じだった。


 さて、前に付けて坂の頂上まで来たサタンマルッコ。レースを見ているとここでも横田騎手が追い通しているように見えるよね。実はこれ、坂の頂上ではそれほど足を使ってないんだ。そこまで2Fを(11.7-11.7)できているのに、ここだけ1F12.4だ。つまり息を入れていたって訳だ。横田騎手渾身の追ってるフリ。

 そうとも知らず、上りの途中からスパートをかけた他馬たちはここでも力を使っていた。恐らく坂の下りである程度ペースを落とすことを織り込んでいたんだと思うけど、少し遅れてスパートをかけたサタンマルッコにスタミナの差ですり潰されてしまったね。

 そして4コーナー。先頭を走っていたスティールソード細原騎手。並びかけてくるサタンマルッコに併せて一気に加速。足りぬと見るや鞭が入ってたね。いやーあそこは痺れた。あのまま行かせると前に出られると思ったんだろうね。内に体を残して外を回らせた。

 4コーナーの途中からは殆どマッチレースみたいだった。大外に身体が振られても内の馬との速度差は歴然だったね。

 サタンマルッコがスタミナお化けだって事はもう分かってたけれど、スティールソードがここまで自在に動き回れる馬だとは思ってなかった人も多いんじゃないかな?

 最後はハナ差でサタンマルッコが勝利。正直どっちが勝ってもおかしくなかった。


 出遅れさえなければ~って意見も多いけど、出たら出たでまた違った展開でスティールソードとマッチレースになったんじゃないかなって、おうまなみは思うよ。

 個人的に今回一番株が上がったのはスティールソードかな!

 うーん、3歳世代は先月も秋初戦スプリンターズステークスをダイランドウが勝利しているし、レベルが高い!

 主な各陣営の動きとしては、サタンマルッコがJC参戦。スティールソードは年明けまで休養。ストームライダーは年末の香港カップへ照準を合わせるぞ! 今後も注目だね!




 来月の見どころ


 来月はなんといってもジャパンカップ!

 凱旋門賞を惜しくも二着に敗れたクエスフォールヴの帰国後第一戦だよ!

 下の世代の代表格サタンマルッコと激突する!

 今月末の天皇賞(秋)からもジャパンカップへの出走を予定している馬も多い。

 激熱な対戦カードが見れそうで、今から待ち遠しい!




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 ぶっほぶっほ。

 うーん朝のトラックは気持ちがいいぜ。砂がひんやり湿ってるのがいいね。

 どうかねジョッキーくん。君もそう思わないかね? んー?


 いやーレースも無事勝利に終わり、俺の人生も安泰かな?

 何せGⅠを二勝! しかもたぶんクラシックっぽいレースを二勝!

 いやはやもう世代の中心って感じだぜ。


 おっと慢心はいけない。そのせいで酷い目に遭ったばかりだからな。舐めた真似した所為であのザマだ。これからはレースにも身を入れていかねばな、うん。

 まったくあのちゃいろ野郎。スティールなんとかだっけか? 生意気にも俺と好勝負を演じやがって。1回マグレで俺に勝ったくらいで調子に乗られては困る。

 今度あったら徹底的に序列を叩き込んでやらねば……ん? んん?


 あいつやんけー! おいてめー何してやがんだここは俺のトラックだぞこらー!

 だいたいてめーこっちの馬じゃねーだろ! こっちで走ってるとこ見たことねーぞ!


 んだぁ? スカしやがっておらぁぁん? びびってんのかあぁぁん?


 ぬわー! 何をするジョッキーくん! まだやつとは話が…………




-----



「先程はナンカすみません。細原サン」

「お、おう。馬のことだし気にしてないんで」


 場所は変わって栗東トレーニングセンター食堂。

 おかしな日本語に微妙な顔をしながら、スティールソード主戦騎手、細原はクリスの謝罪を受け入れた。朝の軽い運動をしていたところ、栗毛の丸(アイツ)が思わぬ剣幕で喧嘩を売りに来たのだ。

 ライバル馬の調教助手。距離感のつかめない相手だが、態々席を外すほどの相手でもない。二人はそのまま相席した。


「いやしかし、まさか朝一からEコースを走ってるとは思わなくて」

「マルッコは坂路が嫌いなのデ、いつもダートコースを走っています」

「ああ、それであの馬の調教映像、いつもダートコースなのか」

「スゴイ顔します。いやそうな」

「変な馬ですもんね、あの馬。なんか競馬場で顔合わせるたびテツゾーに突っかかってくるし……」

「テツゾー? それはスティールソードのことですか?」

「ああはい。そうそう。テツゾーもサタンのこと見かけると意識してるみたいでね」

「馬同士でも、そういうことはあるんでしょうネ」


 実際にあれだけ露骨に絡まれれば嫌でもあるのだとわからされるが。


「なんていうか、こんなことアンタにいっても仕方ないんですけど……」


 細原は一度言葉を切ってから、言おうか言うまいかの逡巡の後


「確かジャパンカップに出るんだろ? 上の世代相手でも負けないでくれよ。俺達は春まで別路線だからな。負かされた相手が負かされたら、勝たなきゃいけない相手が増えちまう」

「言葉が難しいですけど、なんとなくわかりました。ワタシに出来る限りを尽くしマス」


 ダービー三着、菊花賞二着。立派な戦績ではあるが、華々しい戦績ではない。スティールソードが存在証明するためには、ストームライダーを、サタンマルッコを、上回らねばならない。今のままでは勝てないと考えたスティールソード陣営は雌伏の時を選んだ。

 そこで会話は途切れた。何をするでもなく二人はサーバーから汲んだカップの水を傾ける。


「そういえば、栗東(こっち)にはいつまでいるんでスカ?」


 出し抜けにクリスが訊ねた。

 スティールソードは菊花賞後、疲れを取ってから美浦へ帰る予定となっていた。そのため出会わなくていい二頭が出会い起こさなくていい問題が起きたりしたのだが、それはさておき


「親父は水曜には輸送って言ってたな。正直負けたショックでロクに聞いてなかった」


 細原は答えた。


「それは、ナンカすみません」


 言葉を教えた奴は悪意があったんだろうか。微妙な言葉選びに細原は堪らず笑った。


「いいって。勝負だろ。それに乗ってたの横田さんだし」

「それもそうですね。スティールソード、いい馬です。けどマルッコは負けませんヨ」

「ああ。次は負かしてやるから覚悟しとけよって、そうだな……あの馬にでも伝えておいて下さいよ。それじゃ」


 眩しい若さを持つ人物だった。細原の背中を見送りながら、クリスはそんな事を思った。




------




 ざあ、と水の流れる音と飛び散る音。その日の運動を終え、マルッコは洗い場で身体の汚れを落とされていた。

 あーえー気持ちじゃーとのほほんとした面のマルッコの周りを、ブラシを持ったクニオが忙しく動き回っていた。耳に水が入らないように後頭部から首、ブラシを立て過ぎないように身体、とテンポよく磨き、もう一度水で流す。


「マルッコ、蹄やるからなー」


 されるがままに足を持ち上げられ、蹄の中を掃除される。ゴミや汚れが詰まりやすい箇所なので注意が必要だ。それを都合四度繰り返し、最後にはハケで全体の水気をざっと飛ばし、タオルで拭き取る。それが済むとクニオはぽんっと身体をたたく。


「よしお終い。部屋に戻るぞー」

「ひーん」


 綺麗になったマルッコはご機嫌に尻尾を揺らしながら、須田厩舎にて間借りしている馬房に戻った。

 馬房に戻ると用意してあった飼葉箱に顔を突っ込み、もぐもぐ咀嚼を始める。その様を見届けてクニオは仕事が一段落したと肩の力を抜いた。

 パイプ椅子を広げて、競馬新聞を手に取る。一面記事はフランスから帰国したクエスフォールヴについてのようだ。そんなことよりうちのマルッコの菊花賞はと紙面をめくっていると、不意に視線を感じた。

 今日、クリスは自分のトレーニングのために不在である。ならば、と新聞を下げると、愛嬌のある漆黒の瞳がその向こう側からこちらを覗き込んでいた。


「どうしたマルッコ。もう食べちゃったのか?」


 どれ。と飼葉の補充を行うが、興味を示さない辺り、どうもそうではないらしい。

 じゃありんごか? あげすぎも良くないが、今日はまだ食べてないから一つくらい食べさせても問題ないだろう、とダンボールからりんごを取り出し、果物ナイフはどこだったかと探しに出かけたところで


「ひーん」


 びよーんと服の裾を引っ張られた。


「なんだよマルッコ。なに、あれか?」


 頻りに伸ばされた首の先を見やれば、雑に畳まれた新聞紙。ああ。新聞紙をおもちゃにしたかったのか。クニオはマルッコがたまにやる遊びを思い出し、読んではいないが興味も薄い一面記事を取って渡した。

 器用なもので、マルッコはそれを咥えると馬房の奥に引っ込んだ。

 何をするのかと覗き込んでみれば、そろそろと新聞紙を床に下ろして、あっちを咥えたりこっちを咥えたり、身体の向きを変えた上でもう一度咥えたりして綺麗に広げたようだ。その上でじーっと紙面を見つめている。こうしていると本当に新聞を読んでいるように思えるが、脱ぎ散らかしたTシャツでも同じ事をしているのを見かけた事があるので、恐らく意味ある行動ではないのだとクニオは考えている。共同体であるクニオや小箕灘のマネをなんとなくしているだけで。


「マルッコ。りんごは食べるのか?」


 顔を上げ、その手に握る赤い果実を見たマルッコは、ひんっと短く鳴いた。

 仕事上がりで家でごろごろしてる更年期のおっさんみたいだ。

 りんごを剥いて千切りにして戻ってみると、新聞紙はビリビリに破かれていた。


「あーあー部屋を汚してもー。何がしたいんだよお前ー」


 最近覚えた必殺技、つーん、を発動し知らぬ存ぜぬを体現するマルッコ。

 本当によくわからない奴だな。クニオは苦笑しつつ、手自らリンゴを与えるのだった。




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 和芝が枯色に変わる11月。サタンマルッコの姿は栗東トレーニングセンターCWコースにあった。鞍上には主戦騎手横田友則。週末に控えるジャパンカップへ向けての最終追い切りである。

 次走人気の一角を見逃さんとカメラを構える報道陣を前に、サタンマルッコは常ならぬ気迫の篭った走りを見せた。

 前脚をダイナミックに掻き込む力強い動き。一本の矢であるかのようにトラックを伸びる栗色の軌跡は順調さを窺い知るには十分であった。


「菊花賞が終わってから、なんだかやる気マンマンって感じなんですよ」


 調教を終えた横田はインタビューに対しそう口火を切った。


「こんなのダービー以来なんでね。勿論手応えはいいですよ。この馬はいつ走らせても動きは悪くないんですけどね、はっきり良いって言えるのは珍しい事でね。動きよりもやる気になってる事が大きいですよ。一戦使ってピリっとしたって言うのかな? 相手が強い事は勿論知ってますけど、こっちも世代戦を二勝してるんですから。胸を借りるつもりなんてありませんよ。勝ちに行きます」




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ジャパンカップ part5



556 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx32u0

などと供述しており



557 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxaxI0

トモさんよぉ、アンタが吹いたらいかんでしょうが



560 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxvBu0

戦犯横田



561 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxijX0

このトモが吹いただけで負けが確定したかのような雰囲気



566 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx/0j0

初心を忘れた横田。慈悲は無い

いやほんとたのむよダービーのときみたいに黙っててくれよ



567 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx1zA0

(――2getの予感――)



569 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxyTr0

2着付けは決まったなwwwww



570 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx90X0

1着クエス2着サタンで決まりだな

馬単4倍とかになりそう



572 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxKJ30

実際クエスどうやろな

長期遠征から帰国後一発目って走るもんなん



575 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxbkr0

身体つきから変わってるから日本の高速馬場が合わなくなってる可能性はある



576 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxdmn0

シュッとしとるな



577 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxwRr0

いいてえだけだろw



578 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxndN0

ゆうて馬場改修後のロンシャンは芝が軽くなったって評判だぞ

つまりは高速馬場化してる



583 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxwqp0

もう単純に能力だけ信じてクエスでいいだろ

大阪杯春天かててここ負けるとか考えられない



584 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx/aL0

能力っていうけど、クエスって去年の有馬までぱっとしなかったじゃん



589 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxffv0

まあ今年のクラシックでいったらスティールソードだったな

しかしクエスのあれは鞍上福岡という超ド級のハンデ背負っての結果であってだな



597 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxSdh0

ダミアンパイセンさすがっす

やっぱ外人かっときゃいいんだよ



600 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxvce0

福岡から乗り変わった馬の勝ちあがり率よ



601 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx4460

呪いが解けてから国内無敗だろ

有馬、中山記念、大阪杯、天皇賞

海外でも凱旋門まで二戦負け無し



602 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxErd0

クエス一強

サタンマルッコとかいう駄馬駄馬の駄馬はいらん



603 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxwxd0

騎手云々というより晩成だっただけっぽいがな

来年も海外狙えるんだし、無理してJCでなくてよかったのにな



611 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxg7i0

とはいえ4歳世代の主役だし出て欲しいわ



614 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxfgd0

半年近く海外だからあんま主役って感じないけど、言われてみりゃそうだな

国内組だとモデラートが宝塚と秋天かったが、4歳に入ってからクエスにかってないしな



616 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx09y0

そもそもサタンマルッコはここで足りるのか



618 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx/jo0

ダービーと同じ走りが出来ればって感じだが、コースの状態がだいぶ違うからな

あの時と同じには見れないかもしれん



620 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx2uu0

3歳勢はあとラストラプソディーだが、こいつにクエス討伐はちょっとキツいぞよ……



621 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxx3sQ0

S氏以外の三歳勢に期待するくらいなら古馬からいい馬さがすわ

意外とハイエンドシーみたいな馬の外差しがぶっさっさって勝ったりしねえかな



623 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxdyU0

追い比べになったらサタンは負けないだろうな

負けるとしたら外から一気にまくられるとかそういう展開

つーか脚質的にスペック差以外で負けようないしなあの馬



625 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxbbJ0

あしがおそいしなサタンマルッコ(ワラ



626 名無しさん@競馬板 20NN/11/23 ID:xxxxxolm0

ワラおじいつも書き込むの遅いな



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「はい、引き続きミドリチャンネルスポンサードみんなで競馬、今日はジャパンカップ直前特集回ということでお送りしております。司会は栗岡みなみと」

「黄島達也。そしてその他愉快な馬券おじさんたちでお送りいたします」

「ちょっちょっちょい、私はとにかく竹中さんはおじいさんでしょう!」

「ふぇふぇ、貴方もすぐにこちら側ですよ大谷さん」

「と、和気藹々と送っておりますが、竹中さん。これまで追い切り調教などを見ながら色々とお話を聞いて参りましたが、馬券のほうの予想を、お聞かせください!」

「ええ。それじゃあ、はい、どん。私の予想はですねぇ

 ◎クエスフォールヴ

 ○サタンマルッコ

 ▲モデラート

 △ハイエンドシー

 ×ヴェルトーチカ

 といった感じですねぇ」

「ほーここはサタンマルッコが本命ではない、と」

「私をダービー予想家にしてくれたサタンマルッコには勿論思いいれがあるんですが、ここはちょっと、クエスフォールヴには逆らえないですねぇ。或いは2400m以上でならサタンマルッコを推したんですが、府中の2400mとなるとやはりこの馬かなと思いますねぇ。春先のGⅠで荒稼ぎしてねぇ、あれから馬っぷりも上がってますから。特に欧州へ

渡ってからの身体つきたるや、ものすごいですね。凱旋門へ向けてクラシックディスタンスを勝つんだ、という気概を感じたものですよ。凱旋門の方は惜しい結果に終わってしまいましたがね、そのお釣りでここは楽々いけちゃうんじゃないか、そんなところですねぇ。


 サタンマルッコは菊花賞からのローテーションで無理はないですねぇ。中間、それから最終追い切りの調教も、この馬にしては珍しく動き抜群と良化要素が多いですねぇ。

 秋がまだ二戦目というのも良いですねぇ。

 ですので調子は十分。あとは単純に実力の勝負。そこに尽きるんじゃないでしょうか。これまで以上を見せてくれるのならば、打倒クエスフォールヴの一番手はこの馬で間違いないでしょう。


 モデラートは実力上位で間違いないのですが、左回りがね、えぇ、ちょっと苦手なお馬さんですから。3歳の頃から改まる事がなかったので、ここでは割引が必要かなということで3番手の評価。


 ハイエンドシーなんかは全く逆でね、府中2400mを得意とする馬ですから。去年一昨年と好走していますから。えぇ。今年こそはやってくれたりするんじゃないでしょうか。


 ヴェルトーチカは展開重視で選びましたねぇ。恐らくサタンマルッコが全体を引っ張るレース展開になるでしょうから、内々を突いて回り、後ろから差し切れる実力のある馬となるとヴェルトーチカかなといった所で穴馬指名です」

「なるほど、ありがとうございました。やはりという馬の名もあれば、おや、と意外に思うような馬の名前もありましたね」

「それでは続いて大谷さんの予想をお願いします」

「はい! 私は、はいどーん!

 ◎ラストラプソディー

 ○ハイエンドシー

 ▲マイティウォーム

 △ヴェルトーチカ

 ×サタンマルッコ

 です!」

「おおークエスフォールヴを外してきましたか」

「ジャパンカップはここ数年海外勢が揮いませんでしたからね。半年の期間海外で過ごしてきたクエスフォールヴは実質海外馬という扱いでいいんじゃないか。というところがこの予想の骨子でしてね!」

「なるほど。そういった着眼点からクエスフォールヴを外し馬券の旨みを狙いに行くと」

「ええ、そうですとも! ラストラプソディーはお父さんの――……」




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 昔はこの時期の府中は枯れ芝だったんだけどなぁ。

 国内の選りすぐりの競走馬対舶来の競走馬の戦いを見守るため詰め掛けた観客でひしめく11月25日東京競馬場第11Rパドック。パドック周回中のマルッコの背に揺られながら、パドックの中央で青々と揺れる洋芝を横田は何とはなしに見つめていた。


「今日のマルッコ、集中してますね」


 引き綱を持つクニオがそんな横田に声をかけた。


「本当に。菊花賞で反省したのか、カメラに見向きもしないですよ。しっかり歩いて身体を解してますね」


 今日のマルッコは、ずんずんと前足に後足がぶつかるほど踏み込み、大勢居る観客にも乱されずレースへ向けて感情を高めているように見えた。いつもの落ち着きの無いパドックと異なり、好走する直前の馬が持つ良い雰囲気を纏っているとさえ言えた。

 あの中間で、この手応えならば。横田の胸にも期するものがあった。


「それにしても、クリスはやっぱりあのクリストフ=ユミルなんですねぇ。分かっちゃいましたけど、ああして偉い人の輪の中に居るのを見ると、本当は凄い奴なんだなぁって思っちゃいます」


 クニオの視線はパドックの内、緑の芝生の上で歓談するノースファーム代表、吉沢富雄(よしざわとみお)

と小箕灘厩舎で調教助手をしているクリスの姿を見つめていた。

 日本では偶に短期免許で現れる外国人ジョッキーという認識のクリスことクリストフだが、直接関わっている人間からすればかつて世界のトップリーディングの一角であった若き名手である。騎乗依頼などで知己である吉沢は当然のようにクリストフの姿を見止め、昔話に花咲かせているのである。それは純粋に精神の快復を祝う話であったり、時にビジネスの話であったりした。


「以前がどうあれ、今の状態は彼が望んだことだからね。そんなに気にする必要はないんじゃないですか?」

「俺、バカだから気に出来ないってのもあるんですけどね」

「うぃーん」


 うるせーなーとでも言いたげにマルッコが唸った。普段と立場が逆だな、クニオと横田は余計に笑みをこぼした。

 状態は良い。集中もしている。レースのペースプランはこれまでの調教でみっちりやった。後は相手か。横田は二つ前を行く黒鹿毛の馬体を観察した。

 黒い毛並みに4つの半白。凱旋門賞二着のクエスフォールヴ。今回のレースで最も手強

い相手となるのはあの馬であるというのがチーム小箕灘の結論だった。

 隙の無い先行抜け出し型。それは同世代においてストームライダーと同型の脚質だが、年齢が一つ上の分、道中のペースに奥行きが感じられる。道中が遅ければ終いの足を長く使い、道中が早ければ終いまで失速しない足を使う。昨年末から国内を圧倒したその実力は正に王道と呼んで良い物だ。


(隙があるとするならば、オーバーペースの逃げ馬に出会った事が無い点)


 上の世代にはコレといった逃げ馬がいない。逃げ馬不在の際にはクエスフォールヴ自身が先頭を切っていたほどだ。最後の直線だけの勝負にされては厳しい、鋭い末脚を持たないマルッコの出す答えは決まっていた。

 前へ、より前へ、だ。


「やるぞ、マルッコ」

「ぶるるっ」


 誘導馬に従い地下馬道へ向かう人馬は心持を新たにした。



-----



「それではレースの模様を見ていきましょう。実況はラジオNK河本哲也さんです」


《秋の西日と金管の音色、そして沢山のお客さんの歓声を浴びて、今年は3頭の外国馬を含む18頭でのレースとなります東京第11Rジャパンカップ。

 注目はなんといっても凱旋門賞で目覚しい活躍も二着に惜敗したクエスフォールヴと、3歳世代の王者として君臨したサタンマルッコの対決。今年国内無敗の王者に土を付けるのか、それとも王者が貫禄を見せ付けるのか。さらには海外で戴冠こそ無いものの、それぞれの舞台で実力を発揮する海外の優駿達3頭。この3頭がどういった走りを見せ、また、日本の代表馬達はそれにどう応えるのか。


 出走各馬は既にゲート入りを始めております。奇数番号の馬の枠入りは順調に収まり、続いて偶数番号の馬が収まっていきますが、⑯番のハイエンドシーが……どうやら枠入りを嫌がっているようです。今勢いをつけて行きますが、んー収まりません。

 係員がロープを持って、もう一度勢いをつけて……入りました。最後に⑱番ファミファミヌルが入りました!


 日本一の称号は誰の手に。第NN回ジャパンカップ……スタートしましたッ!


 サタンマルッコいつものようにスタート絶好! スーッと泳ぐように先頭へ立ちました!

 内の方①番キャリオンナイトがダッシュが付かず後ろへつけたようですがその他各馬は揃ったスタートとなったようです。


 さあ猛然とサタンマルッコが後続を引き離しつつ1コーナーへ、このまますんなりいけるのかどうか。二番手争いですが内に一頭分あけて⑤番ラストラプソディー、その外⑬番マイティウォームがつけて後ろに追走が⑨番モデラート。その後ろ2馬身切れて内の方⑪グレーターミューズ、⑯番ハイエンドシーなどがいてその外! いつの間にかその外目に⑥番クエスフォールヴがいた! これはマークで包まれるのを警戒した騎乗なのか鞍上ダミアンロペスの選択!


 先頭のサタンマルッコが1000mを通過します。既にかなりの差が開いていますが、通過タイムは57秒5!

 はやいぞこれは凄いことになった、⑧番サタンマルッコ今日は力の逃げ!

 後続とは既に……14、5馬身ほどの差を開いている!


 向こう正面に入り、後続の隊列は変わらず先頭が⑤番ラストラプソディー単走となりましたが、外目すぐ後ろに⑬番マイティウォーム、そこから4、5馬身間が空いて⑨番モデラート今日も前までは届くか竹田豊。宝塚記念の再現なるかどうか。

 間が空いて⑪番グレーターミューズ、その外に並ぶように⑯番ハイエンドシー更にはクエスフォールヴも位置を上げていて、それを見るように後方集団、⑱ファミファミヌル、③ヴェルトーチカなどが一団となっていて最後方①番キャリオンナイトといった、先頭から最後方まで20馬身くらいあるのではないかという、縦長の体勢となりました第NN回ジャパンカップ。


 先頭をひた走るサタンマルッコ横田友則。今日はどうなんだ。今日はこれでいいのか!

 ざわめきの中先頭のサタンマルッコが3コーナー大欅の向うへ姿を隠します。


 しかし後方集団も前へ迫ってきている。馬群も前後が詰まりかなり密集しています。

 800の標識を通過、サタンマルッコとの差がぐんぐん詰まっている、サタンマルッコの息はどうだ、足はまだ残っているのかどうか。


 最後方①番キャリーオンナイトは既に鞭が入り追い上げ体勢、集団前の方は⑨番モデラートが⑤番ラストラプソディー⑬マイティウォームと入れ替わるように抜け出していく、⑪番グレーターミューズ、⑯番ハイエンドシーらも位置を上げる中、⑥番クエスフォールヴは外へ持ち出している! 名手ダミアンの手は既に動いているぞ!


 さあ先頭のサタンマルッコが直線に入る! リードは7、8馬身!

 後続各馬は一気に追い上げ体勢だ、2番手追いすがる内⑨番モデラート、⑤番ラストラプソディー、マイティーウォームだが伸びがどうか!?

 外の方では⑪番グレーターミューズが、おおっとその外を猛烈な勢いでクエスフォールヴが追い上げてくる! 凄い脚だ! クエスフォールヴ脚色が良い!


 前のサタンマルッコとは2馬身差! 残り200を切る!


 1馬身! 大外迫るクエスフォールヴ! 内逃げるサタンマルッコ!


 並ぶか!?


 並んだ!


 並んだ!


 かわした! クエスフォールヴ先頭!


 今度は1馬身! クエスフォールヴ! サタンマルッコ食い下がる!

 ああああっと馬群の中からキャリオンナイトォ! 物凄い脚だ!

 前の二頭にはどうだ! 届くか!

 いや、これはクエスフォールヴ鈍らない! クエスフォールヴ! クエスフォールヴ!




 クエスフォールヴだぁッ!




 ――……》




----




 後ろの脚色がいい。

 この馬に乗って久しく感じなかった焦燥感に身を焦がされながら、横田は府中の坂を懸命に騎乗していた。


 序盤は作戦通りのリードを取る事が出来た。

 しかし3コーナー辺りから後方のペースが予想以上の上がりを見せ、直線を向いた時点で予定されていたリードを保てて居なかった。

 だが4コーナーから坂の手前まできっちり息を入れた。ここからもう一伸びすれば、3コーナーから追い通しの後続は届かない――はずだった。


 内を走るモデラート、ラストラプソディーら先行勢は見事に脚を鈍らせた。

 だが外の馬。グレーターミューズの脚が残っている。つまりそれは道中中団に位置付けていたあの馬も脚を残している証左に他ならない。

 果たしてその馬は来た。大外から豪脚を伴って。


(やっぱりこの馬か、クエスフォールヴ!)


 残り150mほど。ついに交わされた。

 だがまだ盛り返せると思った、その時だった。

 なんだ、と思った次の瞬間、マルッコの足並みが、一完歩分だけ乱れた。


「なっ!?」


 ありえならざる現象。走るのを止めたのでもなく、手前を変えたのでも無い、ただの乱れ。足はまだある。ならば故障か、最悪の可能性が脳裏を横切る。しかしマルッコはそのまま速度を落とすことなくゴール板まで駆け抜けた。

 ゴール後、横田はすぐに鞍から降り、脚を診た。異常は見られない、ように思えた。


「ぐるるる……ッ」


 マルッコは怒っていた。喉を鳴らして、荒い呼吸を繰り返し、筋肉を隆起させながら。

憤然と大地を睨みつけていた。

 これに似た姿はかつて見たことがあった。結果としてスティールソードに負けた青葉賞のゴール後だ。あの時は勝ったスティールソードへ怒りを向けていた。しかし今はどうだ。

これではまるで、己自身の至らなさを嘆いているようではないか。

 瞬時に蘇る、直線で手綱越しに得た、あの不自然な感情。あれは、あれは恐らく――


「なあマルッコ。お前はあの時、何を迷ったんだ?」


 大外から抜き去ったクエスフォールヴを見て、お前は何を迷ったんだ。マルッコ。

 怒りに震える栗毛の怪馬の瞳には、決然とした意志が浮かんでいた。




「あれハ――」


 マルッコの走りに何を感じたのか。スタンドで観戦するクリスの瞳に影が差す。


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