3F:彼らの流儀


 当事者よりも関係者の方が緊張する。物事は往々にしてそういう時がある。

 20XX年4月28日府中競馬場のパドック脇では、結婚式のスピーチでマイクの前に立った新郎の父のような様相で、サタンマルッコ生産者中川貞晴は我が子の晴れ舞台を見守っていた。重賞のGⅡともなれば平場とは人の熱気が違う。あてられてイレこんだりしなければよいのだが、との心配をよそに周回中のマルッコはいつものように傍若無人だ。むしろ顔を青くしてあわあわしているサダハルのほうが押せば倒れそうな有様だ。


「小箕灘センセ。マルッコはどうですか」


 パドックに現れてからすでに二桁回を超えたこの質問に、小箕灘はこの人こんなに緊張するなら来なければ良かったのにと内心思いつつ


「いつも通りですよ。レース前にイレ込むとか、そういう所は見たことないですわ」

「でも今日はこんな人がいて、それでマルッコがどうにかなっちまうんじゃないかって」

「大ぁぃ丈夫ですって。見てください。今日も元気に写真撮ってもらってますよ」


 視線の先では向けられたスマホやカメラに反応して歩くペースを落とすマルッコの姿があった。いつも通りというか、見に来ている客の中にもそれを期待しているフシがあるらしく、なにやら恒例行事になりつつあった。JRA職員の眼光が鋭い。マルッコを引いて周回しているクニオが肩身を狭そうにしていた。前代未聞のパドック再審査になどなりはしないだろうかとありもしない不安に駆られる。

 それを見て何を思ったか、サダハルはこの日のためにクリーニングに出したのだというラインの入った黄色のスーツを襟立て、眉を凛々しく逆上げた。


「俺も行ったほうがぁ、いいんですかね?」

「いえ結構です」


 どちらかと言えば先程までの「一着賞金が5400万、二着賞金で2200万……家がたつぞ」と虚ろな顔で銭勘定していた姿のほうがファンに需要がありそうだ、などと考えつつ、騎手の騎乗合図を待った。果たして騎乗合図はすぐに行われた。


「中川さん、行きましょう」

「お、おう」


 手と足を同時に出すサダハルの姿を見て、小箕灘はいよいよもってケイコ夫人が来てくれれば良かったのにと思わずにいられなかった。

 小走りで駆け寄ると額に白丸を戴いた栗毛の怪馬マルッコが「よう、さっきぶり」と言わんばかりに鼻先をぐりぐり押し付けてきた。相変わらずの暢気な馬っぷりにどこか安心しつつ馬体に目を走らす。遠目に見て歩様に違和感はなく、こうして触れてみても不自然な発汗もない。半ば分かっていた事だが特に問題は見られない。

 よし。と口の中で呟く。クニオに目をやると、頷き返される。彼も引いている最中に異常を感じなかったようだ。


「小箕灘先生。中川オーナー。今日はよろしくお願いします。」


 そこへ横田が現れた。今日の騎乗は1Rのダート競走以外はメインのみのため、パドックから乗る事となっていた。

 横田の登場にサダハルがしゃちほこばった。


「よ、横田さん。マルッコのこと、どうかよろしくお願いします。ほんまに、ほんまに頼んます!」


 隣の小箕灘の苦笑から瞬時にサダハルの扱いを察した横田は「全力を尽くします」と言葉短く返し、小箕灘の側に寄った。


「マルッコどうですか? 外から見てると落ち着いているみたいですけど」

「いつも通りでしょうな。むしろこれからレースだって分かってるか心配なくらいです」

「はは、そんな感じですね。マルッコ! 今日はよろしくな」

「ヒン」


 分かったような返事に小箕灘と横田は笑った。小箕灘の手を借りて馬上へ身を翻す。僅かも馬体を揺らさず騎乗は成った。そのまま周回コースへ引かれていく。

 新聞紙半分人半分。内側から見るいつも通りのパドックを見やりつつ、


「騎乗してからはカメラを気にしなくなるんですね」

「そういやそうッスね。前の時はそーでもなかったと思うんですけど」

「今日がいつもと違うという事を分かってたりするんですかね」

「さーどうでしょうね。あ、でもこの馬、新聞読みますよ」

「新聞?」

「そうなんですよ。俺が厩舎で読んでるとよこせよこせって首出してくるんです。それで試しに一枚あげると馬房に持っていって広げて眺めるんですよ。たぶん俺の真似してるんでしょうけど、変な奴ですよねマルッコ」

「変な奴だなーお前」


 首周りをペシペシ叩くと、「それ程でもない」とでも言いたげに鼻から息を吐いた。

 いよいよ周回の先頭が本馬場へ向けて歩み出す。鞍のゼッケンは⑤番だが、例によって撮影会周回を行ったため地下馬道を進む隊列の最後尾に位置している。

 さあ勝負だ。人馬のうち誰ともなく呟いた。



-------



「ということで青葉賞のパドックでのまとめに入っていただこうと思います。竹中さんの推奨馬はいかがでしょうか」

「えぇ。今日の出来だとまず本命として①番スティールソードですねぇ。

 馬体の仕上がりは完璧と言って良いのではないんですか。賞金的にはここを逃すとダービーが厳しいでしょうから、陣営としては当然の判断でしょう。パドックでも気合十分。気配アリと言った所ですねぇ」

「スティールソードは現在10.2倍の5番人気です。前走は格上挑戦の東京500万下2200mを勝ち上がってきています」

「対抗として⑫番マイザーアカウント。2歳時の2000m時計が優秀である点から今回の出走メンバーの中では、えぇ。上位ではないかと位置づけました』

「マイザーアカウントは現在1番人気。前走は1月の京成杯1着。その後皐月賞を回避して約3ヶ月ぶりの出走です」

「それから⑪番カイキブルドッグ、⑧番ホウユウアオゾラなんかもパドックでは良く見えましたねぇ」

「はい。⑪番カイキブルドッグは現在3番人気。⑧番ホウユウアオゾラは7番人気となっています」

「えー、最後に穴馬ですがー……えぇ。まぁ、これは穴馬と言うよりは私のねぇ、期待馬ということで⑤番のサタンマルッコを推したいと思います」

「ほうサタンマルッコ。⑤番サタンマルッコは現在11番人気。前走は阪神500万下2000mを快勝しております。竹中さん。このサタンマルッコですが羽賀競馬から含めて無敗でここまで来ておりますが、それにしては人気薄ですね」

「えぇ。この馬のレースっぷりが中々どうしてやんちゃなものですから。羽賀時代から騎手のいう事を聞かずにここまで来てしまったものですので、今回の2400mという長丁場では持たないと予想された方が多いのではないでしょうかねぇ。

 先程私もね、確認したんですがね、実はこの馬の複勝は売れてるみたいなんですよ。なので逃げて粘って二着付け、あるいは三着付けでなら、と思われてるんじゃないでしょうか。

 まぁそこを曲げて私はこの馬を本命にしたいところだったんですが、ちょっとあまりにもスティールソードの出来が良すぎるってことと、相変わらずサタンマルッコの気配が読めない、といった点から今回は穴枠の期待馬という扱いにいたしましたねぇ。

 みなさん、これよく覚えておいてくださいね。今年のダービー馬はこの馬ですよ」

「いただきました。竹中さんのダービー馬。尚これまでのところ竹中さんにダービー馬指名された馬は5頭。トライアルでの勝率は二勝、そして本番ダービーで一着となった馬は無しといった状況でございます。最も古いのがライアン。最新がエピファネイアです」

「それすぐに出てくるあたり、この番組も根に持ってるねぇ~!」

「GⅡテレビ東京杯青葉賞、間もなく発走となります」


-------




◆4/28(土) 第XX回 テレビ東京杯青葉賞(GⅡ)part2



1 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxp0


語れ



249 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxe0


>>233

ここはスティールソードはずせないだろ

前走見たか? アレ見てここ負けると思ってるやつ競馬やめたほうがいい

まぁもうかってそうだけどなご愁傷様w



252 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxL0


スティールソードのパドックいいな

買う気なかったけどかっとこ



253 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxO0


ところで5chの馬券師様()激推しのスティールソードに勝ったサタンマルッコとい

う無敗馬がいてですね



255 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxx30


地方の駄馬は1円もいらん(ワラ



262 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxx[0


サタンマルッコのここがすごい!

①デビューから無敗

②デビューからずっと逃げ先頭

③デビューからずっと引っかかって暴走

④中央で二着に負かした馬はその後全て勝ち上がり

⑤上記成績にも関わらずデビューからずっと二桁オッズ

⑥かわいい

⑦パドックでカメラを向けると止まる

⑧名前は強そう

⑨竹中のダービー馬←New!



270 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxu0


>>262

いい加減穴人気してもよさそうなのにな

と思って複勝のオッズみたら2倍台でクソワロタ

単勝10番人気56倍の馬だぞwww



271 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxF0


受け継がれし黄金の血統(父ゴールドフリート)



289 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxd0


3着付けでは買えるが2着付けでは買いにくいな単勝はいわずもがな

めんどくせ複勝でかう



290 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxs0


すごいラキ珍感を感じる



293 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxq0


無敗のラキ珍ってなんだよ

(父ゴールドフリート)

あっ(察し



298 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxF0


実は今年勝ちあがっているゴールドフリート産駒はこいつとエルゴデルカイだけ



300 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxc0


艦厨はさっさと死んでね

サタンマルッコとかいうクソ駄馬なんかくるわけねーから



331 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxx70


>>300

ムッとして何か言い返そうとしたが駄馬といわれて特に返す言葉がなかったので

俺は静かにホウユウアオゾラから適当にながして買った

5chで騒がれるとこないからスティールソードは切りだ



340 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxv0


トモさんなら何とか(3着)してくれると期待してサタンの複勝



344 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxN0


(サタンマルッコがパドックで周回している様子の画像)

今日も可愛いマルッコくんすこすこセット

単複応援馬券だぜ

トモさんたのんます!



353 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxx30


どいつが勝とうが青葉賞組は本番じゃ一円もいらん

こんなとこ走ってる馬がストームライダーに勝てるわけない

皐月組とは格付け済んでるしこりゃ本当に三冠あるな



355 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxxt0


こんなとこ(本番と同じコース)



356 名無しさん@競馬板 20NN/04/28 ID:xxxxxxx30


>>355

そういう揚げ足取りいいから



---------


『――と、ここで本日の東京競馬場メインレースGⅡ青葉賞の発走です。実況はラジオNK河本アナウンサーです』


《変わりまして河本がお送りいたします。ファンファーレの鳴り響く東京競馬場には3万人のお客さんが夢舞台への前哨戦を観戦にいらっしゃっております。


 さぁ、ゲート前ではウォーミングアップを済ませた各馬が順調にゲートへ収まっています。奇数番号の馬が収まり、現在⑯のカイキイバラキまでゲート入りが済んでおります。最後に⑱番サザンピースが収まりまして……スタートしました!


 ⑤番サタンマルッコスタート絶好、他揃ったスタートとなりました。

 さて何がいきますか。おっと、おっとぉ? ポンと出たサタンマルッコがそのまま行くかと思われましたが今日は前へ出ない。

 これを見て①番スティールソードがハナを奪った形。

 続いて内へ寄せた⑯番カイキイバラキその後⑧番ホウユウアオゾラ今日は前目に位置を取るようです。

 少し切れて⑫番、一番人気のマイザーアカウント、並んで⑪番カイキブルドッグ、③番マネテルマミライ、②番グリンアンセム追走、内⑤番サタンマルッコ……おぉ。今日は乗り変わった横田騎手が制御できているように見えます。サタンマルッコ馬群の中で折り合いがついている様子。

 その外⑩番ナンホースターマン、④番サトシギュウニュウ、その後ろに⑬番コロシアム二馬身切れて⑦番ファンフォーユー、⑥番アイドルフラッシュ半馬身追走、最後方⑬ワイルドカードといった体勢です。先頭から最後方まで12、3馬身といったところ。その他各馬中団に纏まって動いています。


 各馬2コーナーを抜け向う正面へ差し掛かります。


 先頭はスティールソード。二番手集団を3馬身ほど離しています。

 それを見ながらカイキイバラキ、ホウユウアオゾラと続きカイキブルドッグ。ブルドッグの方が前に出てその後ろに一番人気のマイザーアカウント。その外グリンアンセム、マネテルマミライといった体制で先頭集団は落ち着いたようです。


 1000mの通過タイムが61秒と少し。ややスロー気味の平均ペースとなりました。


 先頭スティールソードは気分良くいけているのかどうか。

 後方集団はかなり馬群が詰まっている。集団の先頭は⑩番ナンホースターマン、サトシギュウニュウ、⑱番サザンピースなどが外を通っていて、⑭番ジュウシィ、⑤番サタンマルッコなどが内で包まれている様子。


 さぁ最後方の⑬番ワイルドカードが上がっていった。これをみてファンフォーユー、アイドルフラッシュなどもペースを上げていく。


 レースが動いてまいりました。先頭が3コーナーに差し掛かり残り1000の標識を通過していきます。

 前の方では依然スティールソードが先頭そして二馬身後ろにカイキイバラキこれに並びかけるようにホウユウアオゾラと、内にいたマイザーアカウントも外へ出してもう仕掛けに行っている!

 後ろの方はファンフォーユーアイドルフラッシュなども上がってきて直線へ向きます。


 さあ直線! 先頭はスティールソード、リードは3馬身――…………



----



 おいおいおいどーすんだよヨコタ君! 中団待機とキミがいうから大人しくしてた

モノを囲まれっぱなしじゃねーか! ああもう前の奴も邪魔! さっさとどっかいけ!

 ええいもういい行くぞ! もういいだろ! なにまだなのか!? おいおいもう400の標識超えるぞこんなんじゃ先頭まで届かないぞ! 期待してもらってるとこ悪いけど言うほど俺の末脚は切れないぞ!

 チクショー! 前の連中もチンタラ並んでないでどっちかぶっこ抜けよ俺が前に行けねぇだろうが! 横の奴も横の奴だ、外に出すなりしやがれっつーの、言うほど内側の馬場よくねーよ!

 早くあけ、前あけ、横もどっかいけ、あけ、いけ、アケ、アケアケアケアケ――


「マルッコッ!」


 !!


 ―――ぁいたぁー!

 よっしゃいったれオラアアアアァァァやるじゃねえかヨコタくぅん!

 タイミングばっちりだぜぇ!


 オラアアァァァ!


 ウラアアアアァァァ!


 うおおおおおおお!


 あああああああおらああああ――…………




-----




…………――坂を駆け上がってまだ先頭! スティールソード後ろを大きく離した!

5馬身、6馬身!


 ⑬番ワイルドカードきている! マイザーアカウントは伸びが悪い!

 200を切った! スティールソード独走!

 二番手は内ラチ沿いカイキブルドッグ、グリンアンセム!

 スティールソードだ、ようやく後ろの方が追い上げてくるが、スティールソードだ!


 スティールソードだ! 逃げ切った! スティールソード、今一着でゴールイン!


 二着争いは接戦!

 カイキブルドッグ、グリンアンセム、馬群の中から猛追してきた⑤番のサタンマルッコ、この辺りが一団となって駆け抜けました。


 一着は①番スティールソード。鮮やかな逃げ切りで王座決定戦へ名乗りを上げました!

 二着争いですが、現在……電光掲示板にゴールの瞬間が映し出されておりますが……これはどうでしょうか。最内を突いて駆け上がった⑤番のサタンマルッコがやや優勢のように思えます。

 お手持ちの勝ち馬投票権は確定までお捨てにならないようお気をつけください。


 一着のスティールソード、鞍上の細原 文昭ジョッキーは今年重賞初制覇。嬉しい嬉しい一勝を愛馬の晴れ舞台への切符と共に手に入れました!》




「ご覧のように一着はスティールソード。二着以下は確定まで暫くお待ちください。二着は三頭の争いのようです。②番グリンアンセム、⑤番サタンマルッコ、⑪番カイキブルドッグ、この三頭です。直前のオッズでは一着①番スティールソードは9.5倍の4番人気。

 馬単が1-2ならば78倍。1-5ならば235倍。1-11ならば26倍と、場合によってはかなり高額配当となりそうです。それではレースの総評を竹中さんにお願いしたいと思います」


「はい。えぇーまずスタートは⑤番のサタンマルッコがいいスタートを切りましたね。

 あぁ今日もハナを奪うのかなぁと思って見ていたらそのまま横田ジョッキーが下げたものですから。私ビックリしちゃましたね。

 しめたと思ったのか①番スティールソードの細原ジョッキーが押して出していったと。この馬は前走なんかで見せたように前目の競馬が得意なものですから、ハナを切るのに迷いは無かったんでしょうね。

 そのまま比較的ゆったりした抑え目のペースに持ち込んで……えぇ、1000mの通過が61.5秒ですから、これは3歳戦のトライアルであることを鑑みてもやや遅い、余裕のあるペースと言えるでしょう。結局他の馬が鈴を付けに行くでもなく淡々と流れたので、直線で脚を残していたスティールソードがリードそのままに突き抜けたといった所ではないでしょうか。

 だとしても直線での伸びは見事でしたねェ。最後の200mくらいは流していたので、本番への予行演習として最高の形で終えられたのではないでしょうか。本番は相手が強いですが、今日見せたこの馬の実力ならば十分チャンスがあるのではないかと私は思いますね。


 人気のマイザーアカウントはちょっと精細を欠きましたね。今日は前目の競馬でしたが4コーナーでカイキブルドッグらの仕掛けに遅れたせいで外に出さざるを得なくなっていましたした。これで脚を使ってしまったのか、そもそも距離が少し長かったのか、前走で見せたような鋭い末脚を発揮できなかったようですねェ。これはもう暫く様子を見ながら使っていくことになりそうですね。


 カイキブルドッグは、この馬は元々切れる足というよりはいい足を長く使うタイプの馬で、今日みたいに前が止まらないような競馬ではちょっと苦しい位置でしたねぇ。それでも着争いに縺れ込んだ辺りにこの馬の自力を感じますね。もっと向いた展開ならば実力を発揮できていた、のかもしれません。


 グリンアンセムはカイキブルドッグが通った後ろを抜けて並びかけたまではよかったんですが、そこから先がカイキブルドッグ同様抜け出せませんでしたねぇ。ゴールした後もまだ伸びていましたから、脚を余していたのでしょう。ややスローペースとはいえ2400mでこの展開の中脚を余しているのですから、本質的にもっと距離が長くてもいいのかもしれませんねぇ。


 それからサタンマルッコですか。直線に入っても馬群が捌けずじっと我慢していたんですがね、前が空いたところから一気に弾けて飛んできましたね。しかし直線の位置取りが悪かったんでしょうねぇ、あの位置からでは二着争いがやっと、というよりよくぞ二着争いに参加したなと驚く所でしょうねぇ。しかしまた微妙な着差で……あ、着順でた?」

「はい。電光掲示板に着順が表示されております。1-5-2で確定です。一着①スティールソード、二着⑤サタンマルッコ、三着②グリンアンセムとなっています」


 よぉし!


「払戻金についてはまた後ほどと致しまして竹中さん。嬉しそうですね」

「いやーよかったよかった。あんなこと言ってダービー出れないなんて格好付かない所だったよぉ。前言は取り消しませんよ、この馬がダービー馬です。

 それでぇ……サタンマルッコですね、私はこういう言う事聞かない馬に乗り代わりはどうかな、と馬柱を見た段階から思っていたんですが、レースぶりを見るにどうやら横田ジョッキーはあの難しい馬を手なずけていたように見えましたねぇ。

 進路を塞がれて400mの所から追い込んでの競馬ということで、今までのサタンマルッコには無いパターンで。道中も折り合っていたように見えましたので、まぁこれは皆さんがどう思うか次第ですが、これまでとは別の馬になったと考えた方がいいと思いますよ」

「竹中さんウッキウキですね」

「そりゃもう浮かれますよ。ダービー本番じゃ青葉賞組は走らないなんて言われてますけどねぇ、もうここらでスッパリ断ち切ってもらいたいもんですよ。スティールソードもサタンマルッコも実力は十分。本番では頑張って欲しいところです。いやー楽しくなってきたなぁ!」

「以上、馬券をしっかり取ってニッコニコの竹中さんでした。

 払戻金についてお知らせいたします。単勝①番スティールソード――……」




-----




「マルッコ」


 本馬場からの帰り道、地下馬道。カツンカツンと蹄の音を響かせながら計量室へ向かう道すがら、横田は股下の相棒へ声をかけた。

 僚馬は不機嫌そうに「ブルルッ」と唸った。態度からも背中からも、敗戦に対する不満が感じ取れる。"負け"が分かる馬であることはゴール板を過ぎた後、一着のスティールソードへ絡みに行った事からすぐに分かった。首を上下して睨みつける様はまさにチンピラのそれであった。ここへ戻ってくるにも態々下馬して引っ張ってきたほどだ。


「俺だけでも、お前だけでもダメなんだ。競馬は、GⅠは、ダービーは」


 生活の中にそういう個性がある、それはいい。

 だがレースにおいて、それはダメだ。不純である。無駄がある。スマートではない。横田友則はそう定義する。


「お前がお前のペースで逃げを打てば、だいたいの馬には勝てるはずだ。だけど、次のレースはそうじゃない。それだけじゃあの馬に絶対勝てない」


 それは今日の敗北を与えられた相手ではない。


「必要なレースだったんだ。お前の末脚を知るためにも。調教ではなく、命を削って走った2400mの最後の2F(1ハロン≒200m)。それを俺達は知りたかった」


 計量室の明かりが、地下道の薄暗闇の中から現れた栗毛の馬体を照らし出す。

 出迎えてくれた小箕灘とクニオ、それからオーナーのサダハルに頭を下げつつ飛び降りて鞍を外す。クニオが何某か声をかけてきているのが分かったが、耳に入らなかった。

 目を覗き込む。普段は友愛と愛嬌に満ちた漆黒の瞳が怒りに満ちていた。鼻息も荒く耳も絞られ今にも噛み付きそうな形相。

 気のいいこの馬が己の敗北に怒りを覚えているのだ!


「マルッコ。俺に任せろ。

 俺なら今日のように、お前より速く、お前が進むべき道を示してやれる。お前より確かにラップを刻むことが出来る。俺とお前で勝つんだ。ダービーを」


 横田は言い放ち背を向けた。間もなく行われるレース後の計量へ向かうためだ。

 言うまでもなく、人とのサラブレッドとの間に共通の言語は存在しない。人間の言葉を理解していると思っての行動ではなかった。己の内から湧き出た、猛る相棒に対する謝罪と宣誓だった。


「次は勝つぞ」


 俺が勝たせる。お前が勝たせろ。

 当たり前だ。相棒のいななきが背中を叩いた。




 人馬の手応え通り、電光掲示板の2番目には⑤の数字が浮かんだ。三着との差はハナ差。

 テレビ東京杯青葉賞の二着までには日本ダービーへの優先出走権が与えられる。

 つまり。

 彼らは優駿の門を叩いたのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る