推しに推されんかい!
盛田
お前が一番!
まさに、一目惚れでした。
人生で初めての。
その鋭い目つき、整えていない眉、低くかすれた声。
彼のすべてが、私のどタイプど真ん中ど直球でした。
彼を見た瞬間、私は決めました。
私は彼の‐‐‐‐‐
トップオタクになろう、と。
■
まだ全然開かない目をこすりながら、寝間着から制服に着替える。
ワイシャツのボタンを閉め、学ランの上着へと手をかける。
ふと、思い出して学ランを床に放り投げる。
今日から衣替えだった。
ごわごわと暑く重苦しいコイツとも、しばらくおさらばである。
リビングの机に置いてある食パンを手にとり、顔も洗わないまま外に出る。
「行ってきまふ」
食パンを口にくわえ、自転車にまたがる。
食パンをくわえながら登校だなんて、まるで少女漫画の女主人公のようである。
しかし現実は、家で朝飯を食べる5分間ですら睡眠に置き換えたいという、ずぼらな男子高校生の姿がここにある。
俺、荒井コウタは、顔も頭もいいほうではない。
友達も多くはない。
部活は1年の時少しだけやってやめて、現在高校2年生である。
別に、毎日が退屈なわけでも、生きるのが苦しいわけでもない。
このまま友達と楽しいことやって、うまいもん食って、寝る時は寝て。
俺は別に、それでいい。
何かが突飛して上手だとか、人に自慢できるくらいすごいことがあるとか。
そんな特別はいらない。
無個性でいい、毎日ちょっとだけ楽しくて幸せなら、それでいい。
そう、思っていたのに。そう望んでいたのに。
良くも悪くも、俺の生活は劇的に変化した。
学校で一番の美少女と言われている先輩、佐倉マリが放った言葉によって。
■
それは2年のはじめ、委員会活動があった日。
俺は美化委員に入った。
理由は、余ったから。
美化委員=掃除=めんどくさそう、という理由で誰も入りたがらなかったから。
その日は美化委員としての主な作業内容説明と、役割決めだけ行われ、すぐに委員会はお開きとなった。
窓からは赤に近い橙の光が射しこんでいて、この時期にしては少し暑いと感じた。
委員会のメンバーがわらわらと帰り支度をしていた。
そんな中、俺は2つ前にある席に座っている女子の後頭部を眺めていた。
肩甲骨のあたりまで伸びた細い髪が、風にゆられ少しだけ動く。
綺麗だ、
ただぼんやりと、そう思った。
佐倉マリ。
その名前は高校入学してすぐに耳にした。
「俺たちの一個上の女子で、この学校で一番かわいいんだって」
「それに頭もいいらしいぞ」
「私さっき見かけたんだけど、本当に美人だった!」
みんなが皆そう言うから、俺も少し気になっていた。
何日か経って、彼女と階段ですれ違った。
少し見ただけですぐに、この人が噂の佐倉マリだとすぐに分かった。
そんな先輩と、委員会が一緒になった。
別にだからといって何かがあるわけでもないけれど、むさ苦しい男先輩よりは美少女先輩のほうが良い、と世の中相場が決まっている。
またふわり、と風が吹いた。
同時に彼女の髪が、やわらかく動く。
気付けば皆もう帰ってしまって、教室には俺と先輩、2人だけだった。
やわら帰ろうと思った時、先輩がこちらを振り向いた。
じわりと潤んだ大きな瞳が俺をとらえる。
お互いの目線がぶつかりすぐに逸らそうとしたが、何故かそれができなかった。
「ねえ」
彼女の薄い唇が言葉を放つ。
はじめて先輩の声を聞いた、と思った。
先輩は立ち上がり、俺の方へと向かってくる。
俺はどうしていいか分からず、とりあえず椅子から立ち上がった。
彼女はずっと俺の目を見続けながら、ゆっくりと俺の前にひざまずいた。
そして汗ばんだ俺の両手を、彼女はやさしく両手を重ねて包み込んだ。
「……先輩?」
「荒井コウタさん」
「は、はい」
なんだこの状況は、何がどうなっているんだ。
というかなんで先輩が俺の名前を知っているんだ、しかもフルネームで。
「私、あなたを一目見た時から」
え、え、待って待ってこれって、え待ってこれって。
いやいやいや俺なんかがこんな美少女からそんな、いやでも、え、え?
「あなたが、推しです」
……え?
推し?
さっきまで混乱していた頭が、またさらに違う理由で混乱してきた。
あれこの流れって普通「あなたが好きです」とか、そういうものじゃないの。
いや、こんな俺なんかがそんなこと言ってもらえるはずは無いんだけど。
でも何?
推し?
先輩が俺を見上げる瞳は、少しまぶしそうに見えた。
夕日のせいだろうか。
けれどその瞳は、何かを崇拝しているような、盲目的なものにも見えた。
「え、あの、先輩」
「何ですか?荒井さん」
「その…推しって何ですか?」
先輩は首をかしげる。
二人の両手はまだ、重なったままである。
「荒井さんはアイドル等における推しという言葉、ご存じないですか?」
「いえ、その推しは知ってますけど」
「その推しですよ」
「…は?」
「荒井さんは私の、アイドルです」
そう言って彼女は白い歯をみせて、天使のようなスマイルを放った。
俺が先輩のアイドル?
何を言っているんだこの人は。
むしろあなたがアイドルなんですけど…。
「ちょっと言ってる意味が分かんないんですけど…」
「えっとですね、荒井さんはアイドルで、私は荒井さんのオタクです」
「はい?」
「私の推しは、荒井さんです」
「はい?」
「お前が一番!です」
「はい???」
「はじめて見た時からだいすきです、推しです!」
「…っ」
最後の美少女からの「だいすき」が衝撃すぎて言葉が出せなかった。
本当に、何を言っているんだこの美少女は。
頭の中はとっくにキャパオーバーしているけど、とりあえず
「ありがとうございます」
とだけ口にした。
すると先輩は満足そうに口角を上げ、「じゃあまたね」と言い教室を出ていった。
教室には口を開け、阿呆面の俺だけが1人残された。
汗ばんだ両手はまだ、さっきの形のままである。
先輩が俺のことを”推している”-----
そして”だいすき”だとも言った。
■
つまり俺は先輩の推し、である。
言い方を変えれば、俺は先輩に推されている。
そして俺は先輩に好かれている。
けれどそれは恋愛の好きではなく、アイドルとしての好きである。
学校一の美少女、佐倉マリからの衝撃の告白に、その日は家に帰ってからもぼんやりとしていた。
なんならその翌日も、授業内容も友達との会話も頭に入ってこなかった。
もっと言えば、今でもこの事実が受け止めきれていない。
しかし俺がどう考えようと、先輩が俺を推している事実がここにある。
毎日ちょっとだけ楽しくて幸せなら、それでいい。
けれどもし、美少女に推される毎日だったら?
これはちょっと変わった関係の、2人の物語。
ー続ー
推しに推されんかい! 盛田 @yasainoumami
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