第93話 合流

 シモンや西の鳶の奴らとも無事合流できた。まずは互いに状況確認をしないとな。

 郊外にはまだ少し人も歩いていたが、『歌と火酒亭』に着くころには祭りを楽しむ市民の姿は消え、通りはすでに走り回る兵士たちばかりだった。物々しい雰囲気に、一般の人々は宿や食堂などの建物の中に引っ込んでしまっている。

 宿の中に避難した人たちには、俺たちが闘技場で起こした騒ぎのせいだと思われているようだ。けれど実際は兵士たちはすでに俺達よりも外から迫りつつある脅威に対応するために必死だったように見えた。俺達が逃げた時の転移陣は西門の近く。入ってきたのは北西の門の近くだったが、多くの兵士は森に面した北門の方角へ走っていたから。


「リクさん、まだこの街に? 新しい勇者の物語は明日からこの宿を中心に数か所で上演する予定だけど、もしかしてこっそり見ていきますか? サプライズで本人登場とかでも面白いかもしれませんが、やっぱりさすがに危険ですよねえ」

「シモン、すまん。上演は延期だ。西の鳶の皆も聞いてくれ」


 宿屋の食堂の隅を借りて、簡単にこれまでの経緯を話す。

 俺達が説明しているときに、カリンとヨルマも無事に宿に入ってきた。馬はもちろん街中を駆けてくるわけにはいかず、門番に預けてきている。役人であるヨルマならではの選択肢だ。


「事情は大体わかったわ」


 ゾラが俺の目を見て、力強く言う。

 レンカも黙って頷いている。


「千年前の勇者からも頼むと言われてるしな。俺達に出来るだけのことはするさ。けどどこでどう迎え撃てばいいんだ?」

「さっき内壁の上から見たところ、遠くに土煙が立って、森から逃げてきた魔物たちの悲鳴が聞こえた。巨大魔物が逃げていた魔物たちを襲っていたんだと思う。そこで魔物の数を減らしてくれればこっちも楽になるし時間稼ぎにもなるが。もうクララックから見えそうな距離にいる。こっちに向かって来ているのは確かだろう」

「飛ぶのよね。まずは落とさなきゃ」

「あ、落とすといえばアル、これを」


 エリアスが、石のドラゴン戦でも使ったくさびを数十本手渡してきた。

 ドラゴンが実際飛ぶのか、飛ぶとすればどのくらいの高さなのか、今は全く分からない。

 この中で遠距離攻撃できるのは魔法使いのリリアナ、カリン、ヒューと弓矢が使えるレンカくらいだ。しかし今のアルなら、身体強化を目いっぱい使えば投擲の威力も桁違いになる。十分遠距離から攻撃する戦力になるだろう。


「予備を持ってきておいたんだ。奴隷の救出騒ぎの時に必要かと思ったんだが、まさかここで役に立つとはな」

「すまねえな、エリアス。数が減ってたんだ。助かるぜ」


 アルが受け取った楔をすぐに装備する。そのあいだに、俺たちも邪魔な荷物は置いて、武器や防具を確認した。西の鳶の皆も部屋から武器を持ってきて、すぐに戦う準備をする。


「とにかく様子を見に出よう。幸いこの騒ぎで俺たちのことを気にするやつはいなさそうだ」


 俺とアルとクリスタの三人は、存在感が薄くなるマントを身に着けている。

 注視されなければ、その効果はより高まる。騒ぎの起きている今、ここまで問題なく辿り着けたのはこのマントのおかげもあるだろう。

 この調子で、偵察に行くか。そう言って俺とアルが入口の扉に向かった時だった。

 ドーンという爆発音と地響きが伝わって、宿の柱がきしむ。


「何だっ」

「とにかく外に。様子を見ないと」


 他の皆も俺たちの所に駆け寄ってきた。

 大きな音にびっくりして、宿の中に避難していた人々があわてふためく。テーブルの下に潜り込む者、あたふたと食器の皿を持ったまま歩き回るもの。恐る恐る窓から外を見ている者もいる。

 俺たちはそのまま、宿の扉を押し開けて外に出た。

 道にいるのは今や兵士たちばかりだが、その兵士たちも群衆と変わりないほど狼狽うろたえて右往左往している。

 視線を上げると、宿を出てすぐ前の広場の向こうには闘技場が見える。その壁が大きくえぐれて、壁の向こうから煙が噴き出していた。


「何があった?」

「上だ!」


 モクモクと上がる煙のさらに上空を大きな影が舞う。


「ドラゴンだ!」

「何あれ……大きすぎるわ」

「石のやつよりでかいんじゃ……」


 ドラゴンの標的は、今のところ建物のようだ。逃げ惑う人々には見向きもせずに闘技場の上から飛び去ったかと思うと、今度は城に向かっていった。口のあたりからゴオオオっと音を立てて炎を吹くのが見えた。城の一番高い塔の上部が、なすすべもなく燃え落ちていく。

 城からは幾本もの矢が上空に向かって放たれたが、ドラゴンに届かないまま勢いをなくす。ドラゴンはそのまま旋回して、再び闘技場の方へ戻って来ようとした。


「あんなの、かなうわけないぜ!」

「ヒュー、そうは言うが、戦わずに逃げることも叶うまいよ。あれはおそらく、どこまでも追いかけてくる。見るがよい」


 リリアナが指さす先には、闘技場の中から飛び出そうとする魔物がいた。そもそも闘技場の舞台は観客席から安全に観覧できるように、上部を透明な結界で覆われている。

 鳥型魔物のピークスが空にいるということは、さっきの攻撃でその結界が破れたのか。

 そしてピークスはそのまま全力で逃げようとしていたが、城から戻ってきたドラゴンの足に掴まれてしまった。


「見たところ、大きな建物を攻撃しているのは中にいる者を追い出すためじゃの」

「つまり逃げても隠れても無駄だと……」

「ま、どうせ戦うつもりだったんだ。やるっきゃないだろ」


 アルが手足を曲げ伸ばして準備運動を始めた。


「あの高さじゃ、攻撃が届かないわ」

「このままじゃあな。だったらあいつを地面に落とせばいい。それか、俺たちがあいつの所まで近付けばいいさ」

「うむ。悩んでいても仕方がないの。私は私のできることをしよう。ヨルマ、エリアス、すまぬがそこの広場から人を追い払ってもらえぬか」


 ドラゴンの攻撃の中心地である闘技場に近いため、目の前の広場には今はもうほとんど人がいない。街から逃げようとしている人たちもいるようだが、当然ドラゴンのいるこちらに向かっては来ないし、逃げ遅れた人たちは近くの建物の中で息をひそめている。


 残っていた幾人かの市民や兵士たちを、エリアスとヨルマがさも役人か何かのように誘導して、広場はあっという間に無人になった。

 その中央に今、リリアナが一人で立っている。手には身の丈ほどのごつい杖を持って、それを頭上に高く掲げる。聞こえないくらい甲高い小さな声が空気を震わせはじめた。やがてその声は、まるで歌のように高く、低く、広場の空気を揺らす。今はもう誰も知らない古い言葉で。

 その呪文と共に流れ出す魔力が、リリアナの足元に、少しずつ魔法陣を描き始めた。

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