第94話 ドラゴン戦の舞台

 リリアナの使おうとしている魔法はかなり大掛かりなようだ。だとすれば発動するにはかなり時間がかかる。

 その間、俺たちは俺たちのできることは何だ。

 考えろ。


「シモン、カリン、リリアナを頼む。魔法を発動するまで、誰も近づけないでくれ」

「お任せください。皆さんは戦う準備を。あいつの弱点は水と寒さです。それと、古の勇者が残した資料によると、当時は片方の羽を完全に切り落としたと書かれてました。今見ると、右の羽は左よりも少し小さいです」

「なるほど」


 シモンは勇者の日記を熟読していた。俺たちとは違う目で戦況が見れるかもしれない。だったらシモンのそばには……。


「クリスタ、シモンについていてくれ。そしてシモンが何か思いついたら俺たちに伝えるんだ」

「分かりました」


 広場の真ん中で大きな杖を頭上に掲げて、リリアナは歌い続けている。その周りを陽炎のようにゆらゆらと、魔力の波がたゆたっていた。


「さあてリク、作戦は? 俺はいつでも出れるぞ」


 アルが楽しそうに腕を回す。


「まずはリリアナの魔法の効果に期待したいが、このままだと目立ちすぎるな」

「ああ。これだけ大きな魔力を動かしていたら、さすがに奴も気が付くだろう」


 エリアスの視線の先にはドラゴンがいる。闘技場と城に向かって口から炎を吐いたあと、様子を見るようにしばらく上空で旋回していた。そして今は闘技場の中心に気を取られている。多分魔物だろう。さっきも鳥型魔物のピークスを捕まえていたし、今も何度か舞い降りてはまた上昇するのを繰り返している。あるいは魔物だけではなくアルハラの兵士たちも残っているのかもしれない。


「今はまだ大丈夫そうだが、気が付かれて炎を吐かれたら、防ぎようがない」

「それならいっそ、俺たちがおとりになるか? ここから離れて、暴れてみようぜ」

「危険だぞ」

「ここだって危険だ。変わりはねえさ。それならドラゴンに攻撃が届く所まで行ったほうがましだ。闘技場のほうがここよりずいぶん高いぜ。一番上からなら攻撃も届くだろ。ここから目も逸らせるし、ちょうどいい」

「うむ……たしかに、じっと待ってて焼き殺されるのも業腹だな」


 闘技場なら隠れる場所もあるし、この広場よりは撹乱できるだろう。あの炎の威力に壁がどのくらい効果があるかは疑問だが、直接受けるよりはいい。


「闘技場に上る」

「よっしゃ、面白くなってきたぜ。だったら急がねえと。俺とリクでひとっ走り行くか」

「いやいや、俺たちも行くぜ」


 声を上げたのはヒューだ。その隣には複雑な形の大きな弓を持ったレンカがいる。


「弓か」

「行くつもりなら、ちんたらしてる暇はねえ。ほら!」

「あ、え、あっ……きゃああああ」


 アルがレンカをひっ抱えて走り出した。いきなりの高速移動に珍しくレンカが悲鳴を上げている。

 そうか……。

 俺はヒューを抱きかかえるしかない。奴も嫌そうな顔だが仕方ないだろう。


「俺は走ってい……ひゃっ、ぎゃああああ」

「舌を噛むから口を閉じてろ」

「痛てえ。今言っても手遅れっつーんだよ!あぎゃ、痛っ」


 うるさいヒューを肩に担いで、アルを追う。ヒューは背が高いが魔法使いだからか、筋肉はさほどついてない。

 女のように軽いな。

 そう思ってることを口に出すと、多分キレるだろうが。


 闘技場の入口は当然、見張りも観客も、誰もいない。階段には案の定、逃げ遅れた兵士たちの姿があった。その横を駆け抜けるが、俺たちのことを気にする余裕はなさそうだ。俺たちも寄り道はせずに、一気に一番上まで上がった。

 最上階から観客席に出ると、舞台上に、まだ魔物たちが走り回っているのが見える。

 だいたい空を飛ぶ魔物のうち、闘技場で使うのはピークスくらいだ。残りは舞台から逃げようと、走り回ったり観客席に飛び上がろうとしている。見たところ、檻の中にいた魔物の大多数は今、舞台上にいるんじゃないか。きっと俺たちが逃がした魔物を、兵士たちが一生懸命ここに追い込んだんだろう。


 必死に逃げようとする魔物たちを、弄ぶように上空からドラゴンが舞い降りては足の爪で引き裂く。圧倒的強者の前に魔物たちは抵抗するすべすら忘れてしまったかのようだ。


「どうだ。ここから弓が届きそうか?」

「ああ。降りてきたときなら」


 言葉少なにうなずくと、レンカは弓を構えた。俺は剣を、ヒューは杖を構え、アルは楔を両手に持って息を整える。

 勝利条件はリリアナの魔法が発動するまで死なずに、ドラゴンの注意を引き付けること。

 無茶だな。

 目の前で魔獣を弄ぶ怪物を見て、正直そう思った。


 ◆◆◆


「ギュオオオゥ!」


 レンカの放った矢がドラゴンの羽に突き刺さる。落ち着いて狙える機会は、この後そう何度もない。案の定、二本目の矢は外れた。ドラゴンがギロリとこちらを睨む。


「よし、奴の気を引けたぜ」

「レンカ、いったん柱の影へ。アル、行け」


 高く舞い上がったドラゴンを追って、アルが真上に飛んだ。闘技場の観客席の背後には壁があり、ひさしがついている。その上に立つと、やにわに楔を一本投げかけた。


「ちっ、届かねえか」

「ヒュー! 足場を!」


 ヒューは魔法使いで、体力がない。ドラゴンからの攻撃を受けたら、ひとたまりもないだろう。なので最初から陰に隠れて杖を構えている。

 俺の声に呼応して、ヒューの魔法が放たれた。


「グラセバーセ」


 青白い氷の板が、宙に現れた。それを踏み、俺も庇へと飛び上がる。氷の板は脆くも足元で割れたが、ジャンプする土台には十分だ。


「グラセバーセ、グラセバーセ、グラセバーセ」


 庇よりもさらに上に生み出された氷の板を踏み割って、アルはさらにドラゴンへと近付く。

 氷はパリン、パリンと割れていくが、割れた数の何倍も多く、ヒューによって次々と生み出されていった。踏み台として使われなかった氷は少し経つと、重力に負けて落ちていく。それを見極めながら、落ちる前に次々と飛び移って、アルはドラゴンに近付いていった。


 魔力で作った足場を踏み台にして空中を歩くという案は、魔法使いたちが暇な時に、特訓という名目で遊びながらいろいろ考えたうちのひとつだ。氷以外の素材も試してみたが、氷が一番使い勝手が良い。これにアルの跳躍力が加われば、行動可能範囲は飛躍的に広がる。


「ギャウ」


 空中を跳ねながら向かってくる小さな生き物に向かって、ドラゴンは嘲るように声を漏らし、それから大きく口を開いた。


「やべえ」


 アルが慌てて横へ逃げながらも、手に持った楔を次々に投げつける。

 そのいくつかは、ドラゴンの羽や胴体に刺さった。

 ドラゴンの口の中で炎の種になる魔力が渦を巻く。


 炎が吐き出されるまでには、かなり時間がかかるようだ。それはリリアナの魔法にも似ている。その発動を待つ間ドラゴンは空中で動きをとめ、その目だけがぎょろりとアルの攻撃を追った。

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