第四章 冒険者生活
第45話 護衛依頼
俺達が新しい家に住み始めて一か月。家を整えるかたわら、いくつかの依頼をこなしているうちにもう、冷たい風が肌を刺す季節だ。もう少ししたら雪も降り始める頃だろう。
暇を見つけては、図書館でいろいろと調べた結果、リリアナの生まれた山である「ルーヌ山」へのルートがいくつか候補に挙がった。
ルーヌ山はアルハラの北、ガルガラアドの東に位置する険しい山地の中にある。
魔物や野盗の脅威や道の険しさから判断するなら、最も安全なのはガルガラアドから直接ルーヌ山のふもとへと続く道がある。しかしこの道を選ぶと、アルハラとガルガラアドという、俺もリリアナもあまり関わり合いになりたくない二国を通らなければならない。
次のルートはアルハラまでは普通に行き、そこから北にある山地に入って険しい山をいくつか越えて、ルーヌ山を目指す山岳ルート。
そして三つ目のルートは、ここイデオンから魔の森に入り、人けのない奥地を通り抜け、そのまま山岳ルートに入るというもの。魔の森はアルハラとイデオンの北に位置していて、二国をまたいでいる。ルーヌ山地の麓を覆う広大な森で、面積はイデオンより少し狭く、アルハラと同じくらいある。
人族には魔の森と呼ばれるその場所を、俺たちはイリーナの森と呼んでいた。そう。俺達森の民が住んでいた場所だ。もっとも、山岳地帯に接するような奥地は危険なため、俺たち一族がいたのはアルハラやイデオンに程近い森の浅い部分だったが。
このコースは森の深い場所を通ってアルハラ側まで行き、そこから山岳に入れば、ほぼアルハラやガルガラアドの人と会う可能性はない。二つの難所を通らなければならない為、普通なら候補には入らない。しかし、魔物より人に虐げられてきた俺とリリアナの事情を考えれば、一番安全なコースと言える。アルハラの奴隷狩りに出会わないよう、それなりに奥地を進む必要があるが。
本当はもう一つ。西側からぐるっと大陸をほぼ一周して、ルーヌ山地の北側から行くルートもある。しかしこれは大陸をほぼ一周するので、さすがに遠回り過ぎて検討していない。
結局、自然よりも魔獣よりも、アルハラとガルガラアドを避けたいという俺とリリアナの共通の思いから、三つ目のルートを選んだ。
魔の森と山岳地帯を通り抜けるなら、冬は避けた方が良いだろう。それならこのまま春まで、ブラルの町で依頼を受けて資金をためようというのが今の状態だ。
家に引っ越した後に請け負った依頼で、荒れ地に出た魔獣を倒す仕事がいくつか続き、それなりの良い収入を得ている。
さらにはシモンも合わせて三人とも、ギルドランクがBに昇級したのだ。ランクBと言えば、冒険者として一人前の証である。依頼の数や種類がぐっと増えて、依頼料も少し上がる。
そんな俺たちに、護衛の依頼を受けないかと声を掛けてきたのは、西の鳶のエリアスだった。
◆◆◆
エリアスが持ってきた依頼は、馬車を7台連ねる隊商の護衛。馬車にはめいっぱい荷物を乗せているので、進むスピードは遅い。目的地はイデオンの最も北にある町、カドルチーク。滞在時間も含めれば、往復するのに一か月近くはかかる予定だ。
冬が近いこの時期は、本格的に雪が降る前に冬ごもりの準備をしようと、人々の動きが活発になる。海辺からは干した魚や織物や生活資材が内陸へ向かって運ばれ、逆に内陸の穀倉地帯からは収穫したての麦や芋が大量に、海辺の都会に運ばれていく。なのでこうした隊商が、何組も国中を旅しているのだ。
俺達は長期の仕事で家を空けるが、今回シモンだけは留守番となる。というのも、数日前から一か月間、冒険者ギルドの事務の仕事を請けているからだ。アンデの冒険者ギルドでの経験を買われて、忙しい時期の臨時職員に是非にという指名依頼である。
「じゃあ、留守番よろしくな」
「任せておいてください。リクさんもリリアナさんも、お気をつけて」
「うむ。シモンも気をつけるのじゃぞ」
シモンに見送られて門を出れば、そこにはいつものように一人の魔族の女がいる。
「おはようございます」
家の門の前にすました顔で立っているのは、ストーカーのカリンだ。いや、今の仕事は冒険者だったか。
彼女はリリアナを幻獣さまと慕い、アンデの町の守備隊の仕事を辞めて、俺たちを追いかけてきたのだった。何度追い払ってもリリアナのそばを離れようとしないので、こうして家の外では同行を許可している。ちなみに俺やシモンのことは見えていないらしい。空気のように接するのが通常運転だ。
カリンは守備隊での経験を買われて、あっという間にランクBになっていたらしく、当然のように俺達と一緒に今回の護衛の依頼を請けた。
北門の側にはすでに、西の鳶の四人が揃って立っている。
「よお、リク。この時期の護衛は結構くるぜ。武器は磨いてきたか?」
「そんなに多いのか、盗賊……」
「ははは。盗賊だけじゃなくて猛獣や魔物もな。お前らなら大丈夫だろ」
冬に備えて隊商の動きが活発になれば、当然それを狙う野盗も増える。さらに獣や魔獣たちまでもが増えるとなれば、護衛の負担も大きくなる。
護衛にどのくらいの予算を割くかは隊商を組む商家次第。今回は七人。充分な数とは言えないが、隊商の規模からすれば無難だろう。
町の中央から、メインストリートを二頭立ての馬車が連なってこちらに向かってくる。各馬車には見るからに屈強な御者が座り、その仕事がただ単に馬車を操るだけではないとわかる。
「待たせたね」
商人らしき男が二人、どちらも人懐っこい笑顔で近付いてきた。今回の隊商はこの二人の商人達が組んで旅をする。何人かの商人が協力することで、よりたくさんの護衛を雇う事ができるからだ。
商人の後ろにはそれぞれ番犬のように、秘書か護衛と思われる男と女が無表情のまま立っている。
「君たちがフライハイトだね。一緒に旅をするのは今回初めてだが、西の鳶の推薦だとか。期待しているよ」
「よろしくお願いします」
最近登録した俺たちのパーティー名がフライハイト。常に一緒に居るので、カリンもパーティーに入れている。
全員で顔合わせをした後、いよいよ出発だ。
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