第46話 北の荒れ地
北門を出発するとすぐに、目の前に荒涼とした大地が広がる。北の荒れ地と呼ばれる一帯は、雨が少なく一年の大半は地表がカラカラに乾燥している。しかしそんな土地であっても、生き物が全くいないわけではない。たまに降る雨をしっかりと受け止めて、したたかに生きる強い草木や動物。人もまたその一員だ。最近発見された乾燥に強い穀物の種を使って、今、多くの人々が、この地を開拓しようと汗を流していた。
そんな人々を横目で見ながら、隊商は荒れ地の真ん中を進む。
足元は踏み固めただけの、土の道だ。デコボコで石も転がっていて、街中のきれいな石畳とは違って歩きにくい。そんな道を、馬車は人が早歩きする程度の速さで進む。歩いても付いていける速さだが、護衛の俺たちも御者の横の席や、箱馬車の屋根の上にいてもいいことになっている。
見張りの為、今はカリンが先頭の馬車の屋根に、西の鳶の女剣士レンカが最後尾の馬車の屋根の上だ。
「リリアナ様、風が冷たいですので、上着を羽織ったほうがよろしいのでは?」
先頭の馬車の御者の隣に座っていたリリアナに、屋根の上のカリンから声がかかった。
「私は大丈夫じゃ。カリンの方が寒かろうに。大丈夫かの?」
「ありがとうございます。私はガルガラアドでも雪深い土地の出身ですゆえ」
「ほう」
助手席と屋根の上とは言え、同じ馬車での移動。俺もそばにいないとなれば、いつもより楽しそうにカリンの声が弾む。
カリンは行動を共にし始めて、俺達の立場も理解したようだ。最初はリリアナに対して、ガルガラアドの守護者として国へ戻ってほしいようだった。今はリリアナを国へ連れて行こうとはしない。それどころか、国がリリアナを捕えていたことに酷く驚き、申し訳なさからますます過保護になっている。
俺のことはなぜか相変わらず気に入らないようだが。
俺はのんびりと馬車に揺られながらも、襲撃に備えて耳にいくらかの魔力を注ぎ、付近の物音を拾っている。ついでに遠くから、何気なくリリアナとカリンの会話を聞いてもいる。
索敵のついでだ。
決して、過保護ではない。
そうしているうちに、後ろの馬車からエリアスが声を掛けてきた。
「おーい、そろそろ安全地帯を抜けるからな」
北の荒れ地は今の速さで進めば通り抜けるのに二日近くかかる。
出発して半日ほどは、旅人が多かったり開墾している人がいたりして、何者かに襲われることも少ない地域である。そこを過ぎると道がいくつかに分かれていて、人通りも減る。盗賊に狙われやすくなるのだ。また、人里から離れているため積極的に駆除もされないから、魔物も多くなる。
これまでよりも少しだけ気持ちを引き締めて、荒れ地を見据えた。
◆◆◆
馬たちの休憩も兼ねて昼飯をとった後は、見張りを交代だ。
屋根の上は冷たい風が当たるが、遠くまでよく見通せる。この辺りは低木しか生えていないので、こうして少し高い所から周りを見ていれば、野盗が潜むのも難しい。聞くところによると、それでも土色の布を被って待ち構えている場合もあるそうだが、今回の旅ではまだそんな野盗に出会うこともなく、穏やかに進んでいる。
「近くには、さほど危険な魔物は居ないようじゃ」
「ああ」
「歩かなくてよい旅というのは、楽なようで案外暇よのう」
「だな。リリアナは寄り道が好きだしな」
「そ、そんなことはないのじゃ」
馬車の屋根から助手席を覗き見ると、リリアナはぷうっと膨れて目をそらした。
この国に来るまでにかなりの距離を一緒に歩いていてきたが、気付くと消えていて、しばらくすると木の葉を髪にまとわりつかせて、ふらっと戻ってくる。まるで気まぐれな猫のように。
いや、狐か。
リリアナは実際は百十五歳らしいが見た目は若いので、魔族に掴まったときの年齢から、十五歳としてギルドに登録した。実際、身長が低いので、疑われるどころか十五歳よりもっと幼く見られてしまう。本人にはそれが不満らしいが、こうして怒ったときなど、子どもが地団駄踏んでいるようで、微笑ましくもある。
途中の分かれ道で右に曲がると地竜の谷だが、左に曲がると別の野営地へと向かう。地竜の谷は深く大地を抉っているので、道はそこを避けるようにぐるりと遠回りして伸びていた。
今回の旅のうち、野営するのはこの一か所だけで、後はすべて、道沿いの村で商談を兼ねて泊まることになっている。
その野営地は設備があるわけではない。ただ馬車を停めやすい、平らで広い野原が広がっている場所だ。一日で通り抜けるには少し難しい広大な荒れ地の真ん中で、旅行く人が自然とそこに集まるようになった。
今日もまた、先に来た隊商が一組、すでに焚き火を始めている。
簡単に挨拶を交わしてから、俺たちも野営の準備をした。
夜も更けて辺りが闇に沈む時間になると、食事を終えた商人とその秘書たちはそれぞれ自分の馬車の中に寝場所を作った。御者の七人は俺たちと一緒に、外で見張りをする。
今回は馬車を見張りやすいように、二ヵ所に分かれて火を囲むことにした。俺はエリアスとゾラと御者二人のグループだ。リリアナにはカリンがくっついていて、西の鳶の残り二人と一緒にいる。
充分な準備を整えて待っている時には、案外賢くて凶暴な魔物は近寄らない。この日も、時折不用意に近付いてくる小さな魔物や獣がいるくらいで、静かに夜は更けていった。
小さな魔物は倒さず、適当に脅して追い払えばよい。闇夜に不要な戦いをするのは、リスクばかりが大きくメリットが少ない。
煌々と明かりを灯すのも一案ではあるが、明かりの外には、より深い闇が出来るものだ。俺たちはたき火の炎から目をそらし、暗い草原をぼんやりと眺めていた。
「ねえ、リリアナちゃんのところに行ってあげなくていいの?」
ゾラが退屈そうに大振りのナイフを左手でもてあそびながら呟く。気の抜けるような声だが、その実、油断なく気配を探っているのは分かる。
「ああ、リリアナは大丈夫だ。勘も鋭いしな」
「へえ。いつも仲良く親子みたいって思ったけど、案外子離れしてんのね」
「親子は勘弁してくれよ」
実際、俺の方が年下なのに。
「リク殿はまだお若いのに、落ち着いているな」
話しかけてきたのは御者の一人だ。四十過ぎくらいだろうか。テキパキと野営の準備をしていた様子からも、長年こういう旅を続けていたことがうかがわれる。
「そうでもないです。旅に出て間もないので、こうして知らない景色を楽しんでますよ」
「ははは。仕事じゃなきゃもっといいがな」
「でも、歩くよりはずいぶん楽よ!この馬車って揺れないわね」
「おお、わかるか?実は最近売り出された部品を主人が買ってきてな」
御者とゾラは楽しそうに、そのあとも小声で、何かと話しかけてくる。
野営地のあちらこちらで、さざ波のように、見張り達の眠気覚ましの囁き声が続いていた。
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