第44話 ここを拠点に。

 朝から大きな荷物を担いで宿屋を出る。今日が本当の引っ越しだ。

 あの家の中は隅々まで調べられ、黒マントたちの残したものはすべて運び出された。


「屋根裏部屋の家具は惜しかったですね、冷蔵の魔道具は残していってくれても良かったのに!」

「そうじゃの」

「部屋は広くなったぞ。ライトの魔道具は見逃してくれたから、よしとしようじゃないか」


 地下は奥の魔獣たちがいた場所は埋めてしまったが、家の真下の地下室に関しては、特に問題もなさそうだというので、そのまま残された。

 そんな訳で時間がかかって、結局調査をしていたイデオンの軍から明け渡されるまでには、一か月以上もかかった。

 その後、壊された壁を直して地下室、隠し階段などを改築するのにさらに一か月。呪われたお化け屋敷という噂のあった家だ。補修と改築を引き受けてくれる職人を探すのは本当に大変だった。


 そしていつの間にか冷たい風が吹く季節になっていた。

 家に着き、門のところでカリンを押しとどめる。


「あ、私も中まで。荷物をお持ちしま……」

「ここまでだ、カリン。この敷地内に勝手に入ってきたら、明日からもう依頼の時に連れて行かないぞ」

「ぐぬぬ」

「では明日からは朝、冒険者ギルドでな」


 補修の時に、家にはいくつかの防犯用の魔道具も設置しておいた。

 つまり、ノゾキ対策もしっかりできている。

 カリンもこうして二か月以上も付き合っていれば、思い込みが激しいだけで悪い

 奴じゃあないと分かる。ただ、何となくまだ一緒に住もうかと言う気になれないので、今回は離れてもらった。


「カリンが、リクとシモンのこともちゃんと見るようになれば、良いのじゃがのう」

「うーん。まったく眼中にないって感じですね。僕は構いませんが」

「俺も気にはしないが、まあ……もうしばらく秘密にしておいた方が良いのだろう」

「もちろんです!リクさん、リリアナさん、喋りすぎは厳禁ですからね!」


 シモンが言う『喋りすぎ厳禁』のネタは、今からまた一つ地下室にできる。

 ふふふっといたずらっ子のようにリリアナが笑ってから、地下室に降りて行った。


 改築された地下室は、階段も丈夫に作り変えられた。足元はしっかりとした石の床になり、その上には複雑な模様の美しいラグが敷いてある。壁は白い漆喰で塗られて、部屋全体が明るい。もちろん明かりの魔道具と、さらには奮発して買った冷蔵の食料庫も置かれている。


 地下室に降りたリリアナは俺たちを階段のところに待たせておいて、ラグを除けた。床を露出させると、声もなく静かに魔力を流す。

 ザラザラだった石の床は、リリアナの魔力に薄く覆われてしまった。それが染みこむように消えると、後には顔が映るほどに磨かれた綺麗な床があった。

 その床の上に、今度は繊細な模様を三つ、長い時間かけて描いている。

 リリアナがそれを描いている間、俺とシモンはただ、無言で、夢中になってその美しい作業を見ていた。


「リク、ここに来て、一緒に魔力を流してくれぬかの?」

「おう」


 俺の扱いにくい魔力も、リリアナに触れられるとスルスルと身体から流れ出す。

 奇妙な気分だ。

 その魔法陣は一番小さくて、見たことがないものだった。


「これは結界なのじゃ。この地下室には私が認めた者しか入れぬ。いや、入りたくなくなると言った方が良いかの」

「わああ、凄いですね。こんなのはじめて見ました!」

「ふふふ。そうかの?」


 リリアナが嬉しそうに、今度はシモンの手を引いて別の魔法陣の所に連れてきた。


「さあ、リクもこっちに」

「ああ。これは確か……」


 魔法陣の上に三人が乗ると、リリアナが魔力を流す。


「うわっ、ここ……どこです?」

「ここは、ほら、あそこだ。あー……崖の上って言ったら分かるか?」

「え?……えええええ?」

「さあ、何といったかの?あの美味しい果実を食べに行かぬとな」


 そのまま鼻歌交じりに歩き出そうとするリリアナを捕まえて、今度はおれが魔法陣に魔力を流す。

 転移の魔法陣は少ない魔力でも起動できていい。さっきの結界や、以前の冷却の魔法陣は常時動かすためか、かなり多くの魔力を使う。原理なんかは俺にはよく分からないが、面白いものだ。


「なっ、リク、私はデードの実を食べねば!」

「リリアナ、さすがに武器も持たずに歩き回るのは良くないぞ」

「ここの魔物ぐらい、私の魔法で……」

「分かった、分かった。さあ、先に部屋を片付けるぞ」


 リビングに放り投げておいた引っ越しの荷物を、さっさと整理しなければ。ふてくされているリリアナは、放っておく。


「あのー、崖の上って、あのアンデの町の近くの?海の向こうのですか?」

「ああ」

「なななんで、ここから崖の上に行けるんです?しかも魔法陣、今、魔法陣書きましたよね?」

「ん?シモンには私たちが崖の上に住んでたことは言ったよな?」


 服や荷物を各自の部屋に片付けて、改めて武器や防具をきちんと身につける。まだゴロゴロと転がっているリリアナの為に鉄棍も持って、もう一度三人で地下室に行った。


「転移の魔法陣は、対になっていなければ使えないのじゃ。そこで私は、絶対戻りたい場所に、転移陣の片方を作っておいたのじゃ。ふふふ。さあ、こっちに乗るがいい」


 さっきとは違う三つ目の魔法陣に三人で乗り、今度はリリアナに促されてシモンが魔力を流した。


「うわっ、僕でもできた!」

「さて、シモン。ここがどこか分かるかの」


 周りはそれなりに木が生えている、森の中だ。

 さっきの崖の上はこの季節にしてはかなり暖かかったけれど、ここは涼しいし、風に独特なにおいがある。海の匂いだ。

 足元にあるはずの転移陣は、土とコケに覆われていて、全く分からない。けれど、きっとあるはずと用心深く見れば、ここだけ他よりも地面が平らになっているかもしれない。


「この一本だけ大きな木が、目印なのじゃ」


 そんな俺たちのことを遠巻きに見ているいくつもの目がある。

 つぶらな瞳のそいつらは、しばらくすると、ピョンピョンと走って寄ってきた。


「わあっ!ラビじゃないですか!」

「ふふふ。この前友達になったのでなあ。ここにも来れるよう、準備しておいたのじゃ」


 そう言うと、リリアナは一匹のラビと遊び始めた。

 最初はそれを微笑ましく見ていたシモンも、しばらくすると別のラビを捕まえて遊んでいる。

 ここはクラーケン漁船に乗ったときに立ち寄った島だ。

 リリアナはポチの姿で、ラビたちと遊んでいたのだが、いつの間にかこっそり魔法陣を作っていたようだ。


 リリアナによると、対になって使う魔法陣は、あまりに長い間ひとつだけ置いておくと使えなくなる。そのため拠点づくりに焦っていたらしい。

 こうして俺たちは、一軒の家と、二か所の別荘地を手に入れたのだった。


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