第37話 北の荒れ地
「本当に買うんですか?いえ、紹介しておいて私が聞くのも変な話ですが……」
不動産ギルドでは何度も確認されて、ずいぶん長いこと待たされてようやく手続きが始まった。交渉の結果、金額は手数料を入れて超格安の二十万Gピッタリ。ただし引き渡しは鍵を渡しておしまいで、庭や建物の手入れも当然無しの現状渡しだ。
俺とシモンも一緒に住むので三人で金を出し合って支払うことにした。
と言っても、今すぐ住めるわけではない。ギルドを間に挟んで売主との間で何度かやり取りするらしい。条件が折り合っているうえ相手が売りたがっているため、それも数日で終わるだろう。
思いがけず安い家をあっという間に見つけて、手持ちの金にもまだ余裕はある。とはいえ、のんびり観光するよりも、新しい土地になれるには依頼を受けるのが一番だ。冒険者ギルドに行って依頼貼られたの掲示板を探すことにした。
「お、これは。『君も一山当てよう 鉱山で魔石採掘』ってのはどうだ?」
「どれどれ……。ああ、ここは」
シモンが近付いて、声をひそめて囁いた。
「この鉱山、すでに魔石は掘りつくされてるようですよ。極端にここの魔石の流通量が減ったので、ギルドで話題になってました。この条件だと掘り出した魔石に対して歩合での支払いなので、やめた方が良いでしょう」
「そ、そうか」
リリアナは鼻歌を歌いながら楽しそうに掲示板を見ていたが、ひとつ選んで持ってきた。
「これはどうかの?」
「どれどれ……。『虹トカゲの生け捕り』ですか。えっと、北の荒れ地の生きた宝石『虹トカゲ』を生きたまま捕まえてほしい。状態に応じて高価買取……ですか。面白そうですね」
虹トカゲは荒れ地の乾燥した岩場に住む大トカゲだ。成長すると頭からしっぽの先までは大人が手を広げたよりも大きい。当然肉食で稀に人を襲うこともあるが、基本的には自分よりも大きな動物には近寄らない、用心深い生き物でもある。
大柄だが魔物ではなく、体色の虹色は表皮の構造によるものだ。キラキラ輝いて美しいが、普段は土の中に隠れているため、めったに見つけることができない。
という説明はギルド職員の受け売りだ。
「それに、しっぽが切れやすいので、なかなか綺麗な形では捕まえられないんです。高額依頼ではありますが、はたして見つかるかどうか」
ギルドの受付で詳しい話を聞くと、虹トカゲの生態と依頼の詳細を教えてくれた。依頼主は珍しいペットとして売るために、生きたままの虹トカゲを求めている。捕獲例は少ないが、他の依頼の途中や開拓現場などで偶然捕まえられたものが、たまに取引されている。偶然見つかったときに捕まえればいいと勧められた。
「一か所だけ、かなり多くの虹トカゲが生息していると思われる場所があるのですが、そこはそれなりに危険なので、虹トカゲ捕獲にはおすすめできません」
「どんな場所ですか?」
「地竜の谷と呼ばれる場所です」
地竜の谷と呼ばれているのは、北の荒れ地の奥にあるいろいろな種類のトカゲや魔物が住んでいる谷だ。辿り着くまでの道がとても細くて険しくて、大勢で向かうには向いていない。金になる素材がいろいろと採れるため、小人数パーティーで攻めるダンジョンとして、冒険者たちにはそれなりに人気のある場所だ。
そこであれば比較的簡単に虹トカゲは見つかるが、生け捕りは手間がかかるうえに他の素材の方が金になるから、現実的ではない。
「うむ。では虹トカゲは捕まえた後で依頼として処理してくれるのかの?」
「虹トカゲに関しては、大丈夫です。依頼によって扱いは違いますから、疑問があればいつでも聞いてください」
素材の採取も、多くは採ってきてからの手続きでいいようだった。
ならば、一度その地竜の谷を見に行ってみるか。
俺だけじゃなくてシモンもリリアナも興味が出てきたらしく、反対はなかった。
◆◆◆
身支度をして食料を買い込み不動産ギルドに連絡して、町を出たのは翌朝だった。
地竜の谷までは半日程度。近くに野営地があり、そこをベースにして谷底まで毎日往復しては素材を採取するのだ。今は二組の野営の跡がある。
「今日はもう谷底まで下りるほど時間はないな。この辺りを見て歩くか」
谷の入り口は切り立った崖で、人一人がようやく通れるほどの細い道が下まで続いている。途中何か所か、すれ違う事ができる退避場所があるのだが、混乱を避けるために基本的には午前中は降りる者が優先、午後は登ってくる者が優先だ。
谷の入り口をみて、その周りをしばらく歩き回ったが、背の低い木や草がちらほら生えているだけで、目立つものはない。乾燥した土が風に乗って舞っている。
「ここは雨の少ない土地ですから、昔は川沿いに小さな町がある程度でした。幸い大きな川が北の山地から大量の水を運んでくれるので、川の側はそれなりに潤ってはいます。その川と、海と、比較的平坦な土地に目を付けた商人が、海沿いの町ブラルを流通拠点として開発したのが、この国の始まりだそうです」
大きな川から外れた位置にある土地は、こうして今も荒れ地として、寂しい風景を見せている。
翌朝は、早い時間に谷に降りた。今、俺たちの目の前にあるのは、谷底を流れる細い川と瑞々しい緑、そして先に降りた冒険者たちと戦う巨大な地竜だった。
「助けは、いるか?」
「いや、大丈夫だ。お前らここは初めてか?」
「ああ」
「じゃあ見ているがいい」
そう言うと、魔法使いらしい男が炎で地竜の鼻先を焼いた。
「ギュウウウウウッ」
悲鳴を上げた地竜が、大きく身体を振って方向を変える。長いしっぽが今まで冒険者達がいた場所を薙ぎ払うが、素早くよけた彼らにはかすりもしない。
地竜もまた、あえて当てようとはせずにそのまま、どこかへ歩み去っていった。
「ここに住む地竜は性格が穏やかなやつらでよ、肉食だが危険だと思った奴には近寄らねえ」
「だからこうして追い払えば、安全に採取ができるのよ。どうせ倒したってあの巨体を上に持って上がることは、できないからね」
「なるほど」
「じゃあな、お前らも無理せず気をつけて採取しろよ。油断してっと襲われるぞ」
慣れた雰囲気の冒険者たちは、そう言い残すとさっさと奥へと入っていった。
俺たちも川沿いに歩いていった。
ここで採れるのは足元にごろごろ転がっている石の中に稀に混じっている魔石や、高価な薬の原料になるコケなど。たまに地竜が脱皮した皮などは素材として高く売れる。ただし採取に気をとられていると、先ほどの地竜などが襲ってくる。さっき見ていたら、想像よりもずっと早く動けるのに驚いた。
辺りを警戒しながら足元の素材を探していると、岩陰にキラキラと光るものをみつけた。
「うわぁ」
「……綺麗じゃの」
岩の影に隠れて気持ちよさそうに日に当たる、虹トカゲだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます