第36話 家探し
宿はすぐに決まった。北門のそばの、三階建ての大きな冒険者専用宿だ。一階にある食堂も安くてうまいらしい。朝早くから夜遅くまで絶えず営業しているのは、客が多い宿ならではのサービスだろう。
二階の一室をとりあえず一週間、借りることにした。
ベッドが並んで小さなテーブルが置かれた簡素な部屋だが、大きめの出窓があって部屋は明るい。窓を開けると賑やかな表通りに面している。まっすぐな道なので北門まで見通せる。こっちは南門よりも静かだというが、上から見るとかなりの人数が出入りしているのが分かる。
「では、不動産ギルドに行きましょう」
「ああ」
「念のためにもう一度言っておきますが、あの魔石は絶対に出さないように!」
「お、おう」
「お金が足りない時には、僕の持っているのも貸しますので、いいですね。絶対ですよ?」
交渉は僕がしますからというシモンに連れられて、家探しに出かけた。宿から表通りを冒険者ギルドの方へ向かって歩くと、そのほぼ正面に不動産ギルドの建物がある。
中に入ると、受付の女に少し驚かれた。
「いらっしゃいませ。冒険者の方ですか? 珍しいですね」
「そうなのか? 家を探しに来たんだが」
「若い冒険者の皆さんは、たいてい宿屋住まいじゃない?ここに来るのは珍しいわ」
遠くの町へ移動することも多い冒険者は、家を持つメリットが少ない。宿屋なら、食事の心配をしなくていいのも冒険者向きだ。
家を探すなんて、変わっているわね。そう言いながらも、女性は俺たちを奥の席へと案内した。
「一応、ご存知かとは思いますが、冒険者の方には一括でお支払いをお願いしているの。いいかしら?」
「はい。分かってます。予算もありますので、あまり高くない物件を見せてください」
「この辺りの売り家の価格は、大体こんなものね。これでも北門近くの物件はお得なのよ。南門の近くだと、もっとずっと高いわ」
数枚の紙にはそれぞれ、住所と金額、条件、間取りなどが書かれている。
そのほとんどはこの町の北東の街壁に近い場所にあった。
「外壁に近い場所は、あまり人気がないの」
家も庭もさほど大きくもない。けれども、その金額は今、三人が持っている金を全部合わせても到底足りなかった。クラーケン漁船が豊漁だったため、それなりにまとまった金額を持ってはいるのだが。
一番安い間取り図は少し変わっていて、ふたつの部屋とちいさな台所のようなものがあるだけだ。庭はなく、条件の所に三階北向きと書かれていて、宿屋の一室のようにみえる。
「これは売りに出された宿屋を買い取った人が改築したものね。その後、部屋ごとに売り出されているのよ。扉にはちゃんと鍵が掛けられるし、風呂とトイレは共同だけれど、各階にあるわ。普通の家を買うよりも安いので、人気の物件よ。表通りに面していて、買い物にも便利だし」
「ふむ。出来れば普通の家の方がいいのじゃ。これくらいの金額のものは他に無いかのう?建物は古くても良いんじゃが」
「この金額で普通の家は……あっ!」
受付の女が声をあげて、席を立った。
「ひとつありました。少し待っててくださいね」
そう言って奥へ行き、しばらくたってからようやく戻って席に着く。
「これなんですが。場所は表通りからすぐ東側の、中央市場にも近くてかなりいい場所にある家です。少し大きめのお屋敷なんだけど、とんでもなく格安なんです」
見せられた間取り図は、二階建てで部屋数も多く、庭もあるようだ。東側は庶民の住む地区だが、その中でも比較的立派な家が立ち並ぶ地区で、その家も周りの家と同じようにレンガ造りの立派なお屋敷らしい。
「ただし、あの……これは他では言ってほしくないんですが、ここ……出るらしいんです」
「出るとは何がかの?」
彼女は顔をグイッと近付けると、小声で、しかし熱く語ってくれた。
「幽霊です。ここだけの話ですよ? ここ、売り出されたのが半年前なんです。住んでいた方はしばらく前に亡くなっていて、数年は誰も住んでいない状態で。でも、近所の方が何度か見てるんです。夜に明かりがついていただとか、歩き回る人影が見えただとか。
持ち主の方には息子さんがいたんですが、遠くに住んでいるので半年前に家を売りに出したんです。良い場所にありますし、最初は高かったんですよ。でも、近所の噂とかもありまして、なかなか買い手がつかずに値段は少しずつ下がっていったんです。
値段がかなり安くなった頃、気味が悪いお屋敷は取り壊して、新しく建てればいいだろうという人が現れまして。その方は何度か家を見るために、屋敷の中に入っていたんですが……ある日、不慮の事故に遭い、亡くなってしまいました。
次に買おうとした方は、屋敷に入ったとたんに言い知れぬ気味悪さを感じて、急遽取引をやめました。
その次の方は家を見ずに買ったんです。それで建築ギルドに依頼して、その家を取り壊そうとしたんですが、職人たちが次々と体調不良で離脱して、そのうちギルドの方でもその家の取り壊しは引き受けられないと、断るようになったのです。
今の持ち主はその人です。そんなお化け屋敷に住むのは嫌だし、取り壊すことも出来ないというので、仕方なく売り出すことに。
金額的にはほとんどただも同然ですが、持っているだけで何か不幸が起こりそうだから、早く売り払いたいんですって」
そこまで一気に話した彼女は、顔を離すとにっこり笑った。
「と言う訳でお客様、この物件は、たいそうお買い得になっています。いかがでしょう?」
「……どうする?」
金額は、リリアナの持っている金だけで充分に足りそうなほど安かったが、変ないわくつきの物件だ。
一度見てから考えようかと、場所だけ聞いてみれば、危険なので外から見るだけですよと念を押され、教えてもらえた。
その家は不動産ギルドと中央市場の中間くらいの場所にあり、家だけ見た感じではとてもお化け屋敷には見えない、可愛いレンガ造りの二階建ての家だ。窓が割れたり屋根が壊れたりという様子も、ここから見る限りは無さそうだ。
隣近所も似たような家が並んでいる。ただ、目の前の家がずっと売れ残っているというのは、庭を見ると分かりやすい。せっかくの可愛い家は、草に覆われて、お化け屋敷という噂を思い出させる。
「見てみてどうだ、リリアナ」
「うむ。分からんのう。アンデッドでも住み着いたのかと思ったが、そんな気配はないの」
「見るからに不気味な感じがしますが……」
「そうか?俺も変な気配は感じられないな。いや、探索系の魔法は使えないからわからないが。庭の掃除は大変そうだ」
門の外から眺めていると、通りすがりの人が「ここはやめた方が良いわよ」と、話しかけてきた。近所ではこのお化け屋敷は有名らしい。
「逆に人が寄り付かなくて、好都合かもしれぬな」
リリアナはそう言うと、さっそく契約について詳しく話を聞くために、不動産ギルドへと向かった。あまり気乗りしていないシモンも、特に反対することもなく付いていく。おれも後を追いかけようとして、ふと後ろを振り返った。
「今のは、見たことがある顔だったが」
「リクさん、どうかしました?」
「……いや、なんでもない。気のせいだろう」
表通りに近いので、この辺りは住宅街とはいえ人通りも多い。もう一度振り返った時には、もう人ごみの中に見知った顔は見当たらなかった。
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