第35話 市場の町ブラル

 船が港に着いたのは、朝食を食べて少し経った頃だ。ゆっくりと波止場に寄り添うようにとまると、乗客から歓声が上がった。


「それではみなさん、お元気で」

「レーヴィも元気でな」


 船から降りて、イデオンの首都であるブラルの街門に向かいながらレーヴィと別れを惜しむ。レーヴィはブラルには入らず、今日中に街道を通ってアルハラとの国境に近い町まで行くのだそうだ。


「一気にガルガラアドまで向かうのか?」

「いえ。しばらくの間、アルハラに住んで情報を集めるつもりです」

「そうか。アルハラも……難しい国だ。気をつけるといい」


 街道の分かれ道で手を振って、またの再会を祈った。

 大人しそうな男魔法使いにしか見えないレーヴィ。その変装がばれなければいいと願う。そして俺たちも。


 ◆◆◆


 ブラルは商業が盛んなイデオンの首都であるだけに、近隣諸国のなかでも一番人口が多く、人の出入りも盛んな町だ。街門では身分証を確認して馬車などは積み荷もチェックしているようだが、さほど時間はかけていない。

 大きな門の前で何列にも並んでいる人並みはどんどん前へと進む。俺たちもさっと身分証を確認されただけで、何事もなく街中へ入ることができた。


「うわあ、さすが都会ですね」


 美しい色のレンガを積み上げた建物が途切れなく並んでいる。広いメインストリートに面した窓はどれも花で飾られ、ここに住む人々のゆとりのようなものが感じられた。

 美しい町の景色に、つい足を止めて見上げてしまうのは、俺たちだけじゃなかった。波止場から歩いてきた人たちの何人かは同じように建物を見上げている。

 足を止めずに歩くのは、何度もこの町に来ている商人たちだろう。抱えられるだけの荷物を自分で背負っている者、馬に荷物を載せている者、馬車を何台も連ねているものもいる。

 こうしてますます人や物が集まり、この町は栄えていくのだろう。


 時間が早いので、まずは冒険者ギルドに行き、滞在の届け出をする。

 さすがに大きな町だけあって、冒険者ギルドも南と北の二か所あると言われた。町は今いる海に近い南が栄えていて、北の内陸に行くにしたがって静かになる。


「どちらに行けばいいのかのう」

「そうですね。資料によりますと、南のギルドに置いてある依頼は荷運びや護衛など、商人相手の仕事が多いです。北のギルドは街門の外が荒れ地になっているので、魔獣の討伐や開拓の手伝いなどの仕事もあります。もちろん両方に共通した仕事も多いです」

「私は家を買いたいのでな。家に近い方が便利かのう」


 そういえば家を建てたいと言っていたな。


「リリアナはこの町に住みつくのか?どんな家がいいんだ?」

「借り住まいの宿では使いにくい魔法もあるのでな」

「さすがに家を買うとなると、手持ちのお金では無理かもしれませんね。土地代が安いのはもちろん北のほうですが、北のギルドで話を聞いてみましょうか」


 メインストリートを歩くと町の中央に大きな市場がある。市場はここだけでなく町中に何か所もあるが、中央市場は大陸でも一、二を争う巨大な規模で、ここで手に入らないものはないと言われている。

 中心にあるのはレンガ造りの四階建ての建物で、一階が商業ギルドの取引場、二階がオークション会場だ。その上は事務所になっていて関係者以外立ち入り禁止。

 建物を取り囲むように東西南北にある広場は、それぞれ特徴があるフリーマーケットだ。商業ギルドに入っていない人も通り抜け、商品を買うことが出来るようになっている。


「えーっと、西側広場は魔道具や宝飾品中心のフリーマーケットですね。西側広場から奥は富裕層の住む場所で、その向こうには王城があります。南側広場は食料や生活雑貨、東側広場は飲食店のフリーマーケット、北側広場は冒険者相手の武器や素材の売買が多いようです」

「東側広場で何か食うか」

「そうですね」


 東側広場に近付くと、さまざまな食べ物の匂いが広がり、ちょうど昼前ということもあってどの店の前も、多くの人たちでにぎわっている。

 その中から匂いにつられて一件の店に立ち寄った。その店では鉄板の上でジュウジュウと音を立てて、小麦粉の生地に野菜や魚介類を混ぜたものを焼いている。両面をこんがりと焼き上げると、何やら赤いソースを前面に塗って、さらに半分に折り曲げてから大きな木の葉に包んで客に手渡す。


 ソースの味が独特で、俺は今まで食べたことがないものだった。

 リリアナとシモンは食べたことがあるらしく、やっぱり美味いですね、とか言いながらあっという間に完食した。


 中央市場を通り抜けて北に向かうと、町は徐々に静かになってくる。北は住宅街で、メインストリートを挟んで西側は高級住宅街、東側は下町のようだ。メインストリート沿いには宿屋が多く立ち並ぶ。人の出入りの多いこの町では、宿屋もまた数が多い。

 そんな宿屋に挟まれるようにしてひょろ長い建物があった。

 ここが北側の冒険者ギルドだった。

 開け放たれたドアの向こうから、賑やかな話し声が聞こえる。


 冒険者ギルドの活気というのは、どこの国でもあまり変わらないのかもしれない。冒険者には定住せずに転々と移り住むものも多い。

 登録を済ませて、掲示板をの依頼を眺めると、全体の二割を超える依頼が商人の護衛だった。他は、街中の雑務や魔獣、獣の駆除、開拓地での力仕事などが目につく。


「この町の北は今は荒れていますが、最近乾燥地でもよく育つ穀物が発見されたらしく、農耕地として開発が計画されています」

「ほう。開発が進めば、ますます賑やかになるのかもしれないな」

「ええ。そういう意味では、この町の地価は上がる一方で、家を手に入れるのは難しそうでした。ただ、たまに安く売りだされる物件もあるので、不動産ギルドへ行って探してみたら良いそうですよ。あと、宿屋の評判も聞いてきましたので、まずは宿を取りましょうか」


 旅慣れない俺やリリアナがきょろきょろとあちらこちらを見て時間を潰しているうちに、シモンがさっさと情報を集めて、俺たちを外へと急き立てる。


「兄ちゃん、箱入りのお世話も大変だな」


 冒険者たちの笑い声を背中に受けながら、ギルドを出る。

 どうやら金持ちの坊ちゃんの道楽冒険者に見られたらしい。そんな良いものじゃないがな。自分の生い立ちを振り返りながら思ってはみたものの、最近はかなり自由奔放に過ごしている自覚もある。心の中でこっそり世話焼きシモンに感謝しておいた。


 その後は紹介された宿をいくつか回り、しばらく滞在するであろう部屋を探した。

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