第30話 クラーケン
朝早く、夜明け前に起きて食事をとった後、船はスピードを上げる。
午前中はこうして、次の漁場を求めて移動に費やされる。今日は出航から六日目で、昼過ぎには最終目的地の漁場につく。そこは入り込んだら帰れないという噂の魔の海に近く、大物で味の良いクラーケンがとれるポイントなのだ。
この船のように魔石を目いっぱい使った高速船は、クラーケンを狙った小型船の特徴だ。大型捕食海魔であるクラーケンのいる海域には、他の大型魔物や動物がほとんどいない。
実際、間違ってクジラと衝突でもしようものなら木っ端みじんになりそうなスピードで突っ走っている。
船の上で数日暮らしてみたが、この速さと揺れは好きになれそうにない。
幸い俺たちは高速移動中は仕事がないので、部屋で大人しく揺れに身を任せて過ごした。
「くあ?」
「ん?どうした?ああ、船の速度が落ちたな」
「もう着いたんでしょうか?今日は早いですね」
昼飯までまだ一時間はあるだろう頃に、船の速度が弱まった。
様子を見に甲板に出ようと思ったその時だった。
「おーい!クラーケンだ!すぐに上にきてくれ!」
隣のレーヴィの部屋のドアを開けて叫ぶゲルトの声が聞こえた。
「行くぞ、ポチ、シモン!」
「くえ」
「はいっ!」
背中に大剣を背負い、手にはもう一本の剣を持って甲板へと走る。走る俺の肩にポチが飛び乗った。
走るスピードを上げて、先に甲板へ引き返すゲルトに追い付く。
「何があった?」
「見たこともない、でけえクラーケンが出てきやがった。魔の海域からはまだずっと離れてるんだが」
「船を動かして離脱しないのか?」
「無理だ。絡み取られて動きを止められたんだ」
「くええっ、きゅっ」
一声叫んで、ポチが肩から飛び降りる。俺たちを待たずに一人で、高速移動で甲板へ踊り出した。
「ポチっ!」
後を追う俺たちを尻目に、一足先に甲板に出たポチは冷凍の魔法を全力でかけていた。
「くえええええっ」
ポチの冷凍魔法で白く染まる甲板には、うねうねと何本もある足をくねらせる巨大なクラーケンが二体いた。ここに来るまでに倒した3匹のクラーケンと違い、身体は透明で、表面が虹色に輝いているのが不気味だ。あまりの大きさに、たった二匹で甲板からあふれ出しそうだった。
「貫け、グラランサ!」
レーヴィの杖から氷の槍が飛び、一体のクラーケンの目に当たる。
「ギュルルルルッ」
「今だ! 銛を!」
船長の声で船員たちが銛を打ち込む。攻撃を受けて暴れるクラーケンの向こう側から、もう一体のやつの足が伸びてきて、鞭のようにしなった。
「危ない!」
銛を構えていた一人に駆け寄り、突き飛ばす。誰もいなくなった床が、クラーケンの足に打たれて鈍い音を立てて割れた。
「ポチッ、シモンッ、大丈夫か!」
「きゅっ」
「こっちは大丈夫です!」
シモンは腰に下げたバッグから投げナイフを取り出して、何かの魔法を付与しながら投げつけている。シモンのナイフの当たった足は、明らかに動きを弱めた。麻痺の効果のようだ。
「暴れる魔獣の捕獲は、ギルド職員の仕事のひとつですから!」
「怖ええな、ギルド職員。じゃあポチを頼んだぞ!」
動きが弱まった足を狙って、高速移動で近付いては切り落とす。
俺が突き飛ばした船員もすぐに体勢を立て直してもう一度銛を構えた。
「チクショウ、俺様の船に傷つけやがって!」
操舵席で船長がわめいて、魔石の輝く制御盤らしきものを必死で動かしている。
クラーケンのうち目にいくつか攻撃が当たったほうは、やみくもに暴れている。その大きさは脅威だが、少しずつ足を切り落とせば、徐々にこちらが優勢になってきた。
ポチは子狐の姿だと思うように魔法が使えないと言っていたが、それでもいくつかの魔法を試していた。
ピンポイントで火の魔法も使っていたが、効果は小さそうだ。やはり効くのは冷凍と麻痺系の魔法か。
暴れながらぎらぎらと不気味に輝くクラーケン。
ふと、まだあまり攻撃が当たっていない後方のクラーケンに目をやると、傷付いた仲間の影に隠れるようにして怪しい動きをしていた。
「やべえ、レーヴィ、後ろのやつの目の下を狙え」
「了解です。貫け、グラランサ!」
他は、攻撃が届きそうな奴はいねえのかっ。
レーヴィの攻撃がかろうじて奴の目の下の魔力が集まっている場所に当たったが、力が散らない。他のやつらの攻撃は場所が悪い。
剣で切りつけるのは間に合わねえ、いや、何も切るだけが剣じゃねえっ!
ありったけの魔力を足腰から背中、腕へと順に巡らす。一歩下がって足場を踏みしめる。
「行っけえええええええっ」
身体全体をしならせて剣を投げつけた。
ドンッ!
俺の剣が当たるのとほぼ同時に、船が大きく揺れた。
「よっしゃああっ、俺様の船を取り戻したぜ!」
船長の叫び声。船の周りに巻き付いていた足を、船に積まれた防御魔法が吹っ飛ばしたようだ。その揺れと俺の剣が当たった衝撃で、無傷だった後方のクラーケンの身体が大きく傾いた。目の下に溜まっていた魔力が口らしきところから放出されるが、狙いを大きく外し空へと真っ黒い何かを吹き上げた。
「毒かもしれねえ、皆、気をつけろ!」
「「「おう!」」」
舵を取り戻した船が、急旋回してその場を離れる。
降り注いだ黒い液体の一部が船に降りかかると、船体がジュッと音を立てて溶けた。
「腐食系か」
幸い船ともう一体のクラーケンに少し当たっただけで、人は無事だ。
後方のクラーケンは自分の攻撃の勢いが仇となって、船から引きはがされて海の中へ飛沫をあげて落ちた。
残る一体を乗せたまま、船がスピードを上げて海域を離れようとした、その時だった。
ぐわっと海面が持ち上がり、船が進行方向に押し流される。
海面から真っ黒い山のようなものが出てきた。そいつは大口を開けて、辺りの水ごと落ちたクラーケンを飲み込み、そのまま勢いよく水しぶきをあげて海の中に消えていった。
水が吸い込まれ、船が木の葉のようにくるくると、波にもてあそばれる。
「くっ、お前ら、しっかり掴まっとけよ」
船長の声を聞くまでもなく、誰もが手近な突起に掴まっている。ポチは近くにいたシモンの懐の中に入り、振り落とされないようにしがみついているのが見えた。
ミシミシと音を立てて、船が荒れる海面から逃れようと、力を振り絞る。
甲板に残っていたもう一匹のクラーケンは、力尽きて海へと滑り落ちていった。
◆◆◆
静かになった海の上で速度を落として、ゆっくりと魔の海域から遠ざかる船。
甲板の上には放心状態の船員や俺たちと、いくつかのクラーケンの巨大な足が残されていた。
ぎらぎら光っていた虹色の不気味な輝きはもう見られず、白く透きとおった身は美しかった。
「これ見ろよ、切り落としたところだけで、俺よりでかいぜ」
「吸盤が頭よりでかいな」
「はいはい、みんなどいてくださいね。鮮度が下がらないうちにさばきますよ」
「こいつ食えるのか?」
「食べられるかどうかのチェックは後のことです。まずは食べられることを前提に解体する。ギルドの基本です!」
船員よりも前に出て、さっさと解体し始めたシモン。懐から出てきたポチが、そばで魔法を使って、冷やしている。
「ははは、そりゃそうだ。ほら、お前らもさっさと働け。船をチェックして修理するぜ」
「「「おう!」」」
あちらこちらで、床板が割れたり腐食して穴が開いたりしている。慌てて船倉から修理道具を取りに走る船員。俺たちも掃除道具を持って、後始末に汗を流した。
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