第31話 無人島で休憩

 巨大クラーケンとの戦いで傷んだ船は、とりあえず応急処置をしてある。しかし、高速移動には少し不安が残るので、二日ほど離れた場所にある無人島に立ち寄って、そこで船体のチェックをすることになった。


「しっかし、何だったんだ、あのお化けクラーケンのやつ」

「クラーケン漁師でも、あいつは珍しいのか?」

「見たことねえなあ。だいたい普段あそこにいるのは、金クラっつってな」

「茶色っぽいんだがよ、味がいいんで金になるんだわ。」


 今は砂浜に降りて、久々の陸地を踏みしめている。

 船員たちは口々にさっきのクラーケン戦の話をしながら、船の様子を確認する。


「あー、きっとここに絡みついてたから船が止まったんだぜ」


 ゲルトが指さした先をみると、船の側面にいくつもの塗装のはげた筋がある。その筋が推進のために取り付けられた魔石とそれをつなぐ銀色の金属の線の一部を破壊していた。

 船体自体も何か所かひどい傷が入っている。船員たちは補修用の工具を持ってきて、手分けしながら傷跡を一つ一つ修理していった。


「じゃあ俺たちがここを直してるあいだ、島に住む魔獣が襲ってこないように見張っていてもらえるか?」

「どんな魔獣が?」

「いや、今までここで魔獣が出たことはねえが、用心はしとくべきだろ?」

「ああ」


 そう言うと、ゲルトたちは賑やかに喋りながら船と格闘し始めた。


「しかし……あれだけの大物を相手にして、けが人が出なかったのは奇跡だな」

「ああ。今までこんなに船が傷んだのは初めてだ」


 ガンガンと叩いて金属線を取り付ける。魔石が外れている場所には、予備の魔石を。


「おーい、ここは赤でいいんだよな」

「どれどれ。おう、赤でいいぞ」

「た、高けえ。届かねえぞ」

「踏み台持って来いよ、馬鹿だな。がはははは」


 船員たちの笑い声を背に受けながら、海岸から少し離れて木々の生い茂っているほうを偵察する。


「この国のやつらは、本当にみんな陽気で気がいいな」

「くえっ」

「私はこの国しか知りませんが、大陸の方は違うのですか?」



 レーヴィが聞いてきた。


「そうだな……俺もそんなによく知ってる訳じゃねえが、俺の周りのやつらはもっとずっと陰険で底意地の悪い顔をしていたな」

「ぐえええ……」

「なるほど。なんとなく大陸に渡るのが怖くなってしまいますね」

「あ、でも僕が聞いたところによるとですね、アルハラとガルガラアドの二国は常に険悪な関係なので国内の雰囲気も沈みがちですが、商人の国イデオンはこの国よりずっと都会で、栄えていて、人も、それから美味しいものも多いらしいですよ! 楽しみですねえ」


 シモンが言うイデオンという国が、俺の生まれた隠里が交易していた国だ。

 なるほどなあ。


「ぐあっ」


 俺の肩でのんびりきゅっきゅと歌っていたポチが、いきなり叫び声をあげた。

 向こうの方にある草むらがガサゴソと揺れる。

 武器を構える俺たちの前に飛び出してきたのは、ふつうの倍以上大きなウサギだった。


「ラビですか」


 レーヴィが杖を下した。ラビはウサギ型の魔物だ。ウサギより大きくて魔力持ち。ジャンプに魔力を使っているので魔物の一種に数えられている。しかし攻撃性は低く、農家が作物を食い荒らす害獣としているが、それ以外にはほぼ危険はない。


「どうしましょうか。狩りますか?」


 レーヴィの言葉に、頷きかけた俺だったが、返事をするより早くポチが飛び降りて、ラビの所に走っていった。


「きゅっきゅっ、くあっ」

「ぎゅーぎゅー」


 ポチがラビの頭の上に乗って話しかけると、ラビもまるで返事をしているように鳴く。


「……まあ、食料には困っていませんし、別に害になるわけでもないし、放っておきましょうか」

「すまんな、レーヴィ」

「それにしても、可愛いですねえ。ラビってこんなに可愛かったんだ!僕、狩られたのしか見たことないから」


 ラビの肉は食用なので、ギルドに持ち込まれることも多い。

 可愛いもの好きのシモンにはつらいのかと思ったが、獲物として見ている時は、可愛いなどとは思わないそうだ。

 ガサガサっと、草むらがまた揺れて、さらにラビが3匹顔を覗かせた。


「ラビが何匹も一度に出るってことは、この島にはさほど危険な魔物はいないんだろう」

「そうですね」


 魔物の中でも食物連鎖の底辺にいるラビ。ジャンプ力を生かして逃げ足は速いが、普通だったら用心して目立つ場所で集団行動はしない。そもそも、人前に堂々と姿を現すのが珍しいのだ。

 それだけでも、この島でいかに平和に暮らしていたかがわかる。


 最初に現れた茶色いラビは、頭の上にポチを乗せてピョンピョンと遊んでいる。それを見るシモンの顔がにやけていて、やばい。


「じゃあ、俺は念のため島の奥の方の様子も見てくるから。シモンとレーヴィは船の周りで見張りを頼む」

「分かりました。お気をつけて」

「無茶なことはしないでくださいね」


 今、船を止めている場所は入江で、砂浜になっている。さほど大きな島ではないようだが、中心の方は大きな木々がはえていて、その手前は背の高い草や低木が生い茂っている。所々にラビが通ってきたと思われる獣道があった。歩きやすい場所を選びながら、奥へと向かう。

 危険な魔獣の気配はなく、あちらこちらからラビが顔を覗かせている。

 奥に行くにしたがって、背の高い草は減り、歩きやすくなった。後ろからピョンピョンと、ポチを乗せてやってくるラビが、そのまま俺を追い越して奥へと進んでいった。


「おーい、ポチ、気をつけて行けよ」

「くええっ」

「ぎゅー」


 すっかり意気投合したらしいポチとラビだった。

 結局島の中央付近まで偵察に来たが、危ない獣もいなければ、美味しそうな食べ物も見つからなかった。……ラビ以外。


 俺が調べていた間、一時間程ラビと遊んでいたポチだが、一人で戻ってきたので一緒に船のところに帰る。

 砂浜では簡単に石が組まれて、船内から持って降りた肉や野菜が鉄板の上でジュウジュウ焼かれていた。


「おう、偵察ごくろうさん。なんか居たか?」

「いえ、ラビはたくさん見ましたが」

「ラビの肉は美味いんだがな。ポチが友達になったらしいじゃねえか。仕方がねえな」

「ポチの友達なら、食うわけにはいかねえな。代わりにこれでも食え!がはははは」

「くえっ」


 船員たちにぐりぐり頭を撫でられながら、焼き肉にかぶりつくポチだった。

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