第23話 リリアナの魔法
「なかなかやるじゃねえか、Dランク」
「まあな」
まとわりつく虫型魔物たちを、確実に一匹、また一匹と倒しながら、俺たちは広間の中心に陣地を確保していった。
さきほど来た時に思った通り、この広間の外、ダンジョンの本筋らしい魔物の流れは変わらない。少々騒いでいても気にすることなく、ほとんどの魔物はこちらを無視して歩を進めている。
「これだったら、魔法使いと弓使いを呼んで、ここから攻撃したらいいんじゃない?」
ナナが襲ってきたムカデを掴んで、引き裂きながら言った。
両手の指先から鉤爪のように魔力を形成して、鷹が獲物を掴み、引きちぎり、切り裂く。
……味方だからいいが、えげつない戦い方だ。
「それは今はやめたほうが良いだろう。こちらから攻撃した時まで無反応とは思えん」
「それは後からじゃな。では私は準備するので、護衛をよろしくの」
ダンジョンの魔物の流れに程近い場所にリリアナが陣取って、地面に落ちている魔物の死骸を片付けはじめた。
広間の中の生きている魔物は残り半分で、時々ダンジョンの方からこちらに迷い込んでくるのが少しだけ。それらをリリアナに近付けないようにするのが俺たちの役目だ。もっともある程度の広さの陣地ができてしまえば、それを守るのにさほど苦労はない。一匹一匹の力が弱い虫型魔物が相手だからこそ、できることではある。
リリアナは、死骸を片付けた後の地面に、魔力を流しはじめた。
土と岩が液体のようにドロドロと溶け、その場に広がっていく。外よりはひんやりとした洞窟の空気が、心なしか暖かくなる。それに釣られたかのようにダンジョンの方から入ってくる魔物が増えてきた。
「別に危険じゃないけど、キリがないってのも嫌なものね」
「文句言ってんじゃねーよ。ほれ、そっちの奴を頼むぜ」
冒険者二人は組んで仕事をしていると言っていたが、なるほど息もピッタリ合っている。
魔族の女は時々リリアナの方を確認しながら、黙って黙々と倒している。
そしてリリアナの目の前の地面は固まって、いつの間にか綺麗に黒光りする床になっていた。
「さて。少し集中するからの。リク、あとは頼む」
「ああ、任しとけ」
リリアナの白く美しい指先が、黒い床の上に複雑な模様を描く。指先から出された魔力が、その模様を定着させていった。
フリーハンドで書かれたとは思えない綺麗な円の中を、いくつもの曲線が花のように咲き乱れる。そしてその花の一枚一枚の花弁は、次々と細かい記号で埋め尽くされていった。
俺はリリアナに向かってくる魔物の動きを確実に止めながら、目の端でその芸術のような指の動きに見惚れる。
見た目は十代の前半の子どもにしか見えない彼女。けれども今、目の前にいるのは神々しい女神だった。
長いようなあっという間のような、不思議な感覚のうちに、リリアナが模様を描き終わった。キラキラと輝く魔力の線は、黒い床の中に染みこむように消え、後にはうっすらと、ただ彫り込んだだけのような魔法陣が残されている。
「うむ。正しくできたようじゃ」
少し疲れたように薄く笑って、リリアナが俺を手招いた。
「リク、一緒に魔力を流してくれぬか?」
「俺は魔力を外に流すのはあまり得意じゃないんだが」
「構わぬ。私と共になら、できるはずじゃ。そなたは森の民ゆえ」
リリアナが俺の手を取って、魔法陣の上に置いた。そしてその上から自分の手を添える。
「デニス、ナナ、カリン、魔法が発動するが危険はないゆえ、このまま魔物を頼む」
「おう!」
「分かったわ」
「問題ない」
この広間の中には、もう動いている魔物はほとんど見られない。それでも三人は油断なく辺りに目を配って、警戒している。
「ではゆくぞ、リク」
リリアナが俺の手に沿って、魔法陣へとゆっくり魔力を流し始める。俺もまた、少しずつではあるが魔力を外に出す。するとそれは、リリアナの魔力に絡み取られて、今まで感じたことのないほどの勢いで身体から流れ出した。
魔力が流れ込んだ魔法陣は起動して、目には見えない大きな力が辺りへと広がったのが感じられた。
「寒い……」
誰かの声がする。魔力はもう流していないが、手をついたままの魔法陣が刺すように冷たくなってくる。
周りの気温がどんどん下がり、肌寒いというレベルを通り越して凍えそうだ。起動して数分もすると、地面はうっすらと白いもので覆われた。
「霜か……なんと、懐かしい……」
カリンが小さく呟く。
急激な気温の低下は壁に止められることなく、ダンジョンの魔物の流れの中にも広がっていった。ゆっくりだが絶えず地上に向かって動いていた魔物の流れが、徐々に速度を落とし、やがてほとんどのそれは、動きを止める。
強化した耳が地上から地中までの広い範囲で、魔物の動きが鈍ったことを伝えてくる。
「では、報告も兼ねて一度地上へ戻ろうかの」
リリアナが俺の手を取って立ち上がった。
◆◆◆
デニスとナナを魔法陣の所に残し、地上へと戻る。穴から出ると外の暑い空気が、冷えた体をもわっと包んだ。
穴の縁では小隊長が待ち構えていた。
「少し前から魔物が出てくる勢いが急速に弱まってきた。作戦ではこの状態はしばらく続くと聞いているが、間違いないだろうか」
「作戦通りに進んでおるよ。放っておいても明日の今頃まではこの状態が続くはずじゃ」
「感謝する。隊長は現場の指揮に戻ったんだが、リクさんとリリアナさんは隊長のところへ報告に行くよう言われている。カリンはここに集めたメンバーを連れて、穴の中を案内して欲しい」
「承知した」
大きな穴、ダンジョンの入り口は騒然としていた。
長時間の膠着状態が終わり、勢いを弱めた魔物たちに代わって、今度は人がその穴の中へと侵攻するのだ。
「ああ、無事戻ってきたか」
「大丈夫だ」
「ダンジョンの中の様子を聞かせてもらえないか」
人払いした休憩所のテントの中で、ヨルマ隊長に広間の向こうに見えたダンジョンの本流の様子を伝える。
設置した魔法陣は、破壊されなければ今後も、魔力を与えて起動するたびにおよそ一日効果を発する。起動の為の魔力は大量に必要なので、一人や二人では無理だと思う。
周囲を低温に保つ魔法陣であり、多くの虫型魔物は動きが鈍るが、それだけで死に至ることはない。また、崩落によって行方不明になっている人が、万が一、シモンのようにどこかで生き残っている可能性もあるので、侵攻と共に捜索をするべきだろう。
「もちろんだ。今は入り口付近の捜索だけだが、もうしばらくすれば、他の町からの援軍も着く。そののち新たにダンジョンの攻略隊を組織して、遭難者を捜索しながら一気に地底まで進む」
「魔法陣の効果範囲は一番底までは届いてはいないはずじゃ。充分用心するがよい」
「心しておこう。それにしても、魔法陣を新たに制作できる者が……」
もの問いたげな様子の隊長だったが、言葉を濁し、首を振った。
「リク殿、リリアナ殿、我が町の危機に際してご助力、ありがたく思う」
「この町には友も多くいるゆえに、我らの都合でもあるよ」
「約束の報酬については、冒険者ギルドの方にすでに手配している。この後は……」
「ああ、この場はもう、俺たちが居なくても大丈夫だろ。あとは頼む」
「もちろんだ。それから、魔法陣については事実を知っている者は最小限にとどめている。口止めもしているので安心するがいい」
ヨルマ隊長のその一言で、俺は初めて、魔法陣が特殊な技能であることに思い当たったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます