第24話 報酬
この作戦を申し出た時に俺たちが願った報酬はふたつ。
一つはまとまった金銭。
もう一つは他国に渡る為の身分証。
それはリリアナの生まれ故郷へと戻る為にいずれ必要になると思ったからだ。
だが……。
リリアナが描いたような大掛かりな魔法陣の作り方は、今の世のなかには知られていない。
いろいろな場所に残る魔法陣を研究者たちが解読して、どうにか一部の機能だけを使えるように工夫したのが、現在の魔道具だ。
そのことを、俺は知らず、リリアナは知っていたが気にも留めていなかった。
ダンジョンへの侵攻は後から駆けつけた元気な者たちに任せて、俺たちは一足先に町へと戻っている。現場が落ち着いて、人数が今までほど必要でなくなったからだ。そんな俺たちの前に、ふらっと現れたのは魔族の女、カリンだった。
彼女はリリアナの前に膝をつき、深く頭を垂れる。
「神獣様」
「その名前で呼ばれたくは、ないのう」
「わが身は故郷を離れても、国の守り神たる神獣様のことを忘れたことはございませぬ」
「……」
「どうしてここにいらっしゃるのかは存じませんが、ぜひ、わたくしを供にお連れください」
「何故じゃ」
「他国にいても故郷を……ガルガラアドを捨てたわけではないのです。神獣様をお守りできるとあらば、この命、捧げても悔いはありませぬ」
カリンは感極まって、涙を流さんばかりに打ち震えている。
そんなカリンを、リリアナは無表情なまま、しばらく見つめていた。
「なあ、カリンさん。あんた、神獣様に会ったことがあるのか?」
「わたくしのような一般人がお会いできる方ではない!」
「そうか。リリアナは神獣様じゃないぞ。人違いだろう」
そう言った俺のことを、カリンはキッとにらみつける。
「わたくしが神獣様を見間違うはずがない。子どもの頃から何度も、凱旋してくる神獣様を手を振ってお出迎えしたのだ。素晴らしく美しいパレードだった」
それを聞いたリリアナは、一瞬険しい表情を浮かべた。ほんの一瞬だったからカリンは気付いていないだろう。
直後に花がほころぶような笑顔を浮かべる。
「のう、カリンとやら。その神獣様はどんな表情をしていた?今の私のように楽しそうに笑っていたか?それとも戦の勝利に誇らしげに胸を張っていたか?あるいは戦死者を想って悲しんでいたか?」
「神獣さまは……。いつも凛として前を向いておられました」
「凛として、か。ではそれは、やはり私ではないのう」
「そんなはずは……」
「そなたたちに都合の良い神獣様が、また見つかると良いの」
そう言って、納得がいかない顔のカリンにはもう目を向けず、リリアナは歩き始めた。
◆◆◆
「別に魔の民に対して、怒っている訳ではないのだよ」
リリアナは静かに語る。
「怒ったり嘆き悲しんだりするには、あの魔道具が邪魔であったし……。そのうえ百年も経たてばのう」
激しい感情も時には劣化することもある。
誰に言われるまでもなく、俺自身が感じていることだ。
憎しみも郷愁も、消えたわけではないが、今の俺の中に大きく居座っているのは、自由への渇望。
そしてそれもいつの間にか、他の感情にとって代わっているのかもしれない。
淡々と昔語りをするリリアナを、黙って見つめる。
魔族たちはリリアナを、神獣として敬っていたのは間違いないらしい。
あの角型の魔道具のことを知っていたのは、国の上層部の魔族だけだった。その上層部の魔族たちにしても、逃げられないように檻に閉じ込めながらも、常にリリアナを怖れ敬っていた。
「彼らは祈るのだよ、私に。豊穣や安定や、勝利などをのう。叶えられるものもあったが、無理なこともあった。恨まれることもあったやもしれぬの。
色々なことがあったが、頭の中に霧がかかっているように過ごした私には、どれも些細な出来事であった」
ダンジョンが制圧できそうだという話はすでに町に広がっていて、閉められていた店もちらほらと開き始めている。
そんな店のひとつから串焼きを二つ買って、リリアナと一緒に食べながら通りを歩く。
「これは美味いのう」
「ああ、そうだな」
「リク、そなたが私に付けられていた魔道具を外してくれたであろう。あの時、頭の中の霧が急に晴れて……のう。
はっきりと物事が考えられるようになった。ああ、もう霧の中をさまようのは嫌だと、そう思ったのだよ」
リリアナは食べ終わった木の串を少し眺めてから、ポウッっと小さな炎の魔法で焼いた。
「だからの、本当に憎んでいるとか、そのような感情はない。けれども『神獣様』に戻りたいとも思わぬなあ」
「そっか。俺も、魔族だ人族だと、まとめて全員恨むほどの気持ちはないが、アルハラには戻りたくないな。ははは」
「あまり気にしてはおらんかったが、昔を知られるのは少し面倒じゃの」
これからどうするか、話す時間は短かったが、冒険者ギルドの扉を開けるときには、俺たちの気持ちはすでにしっかりと固まっていた。
◆◆◆
冒険者ギルドの中は、騒然としていた。緊急時の強制依頼ということで、報酬の支払いは後日、この騒動が落ち着いてからになる。冒険者たちは報告書を提出した後は、その辺にたむろしてダンジョンの様子をあれこれ話して盛り上がっていた。
俺たちは現地で急遽、指名依頼になったので、受付に行くと職員に奥に連れて行かれた。
案内されたのは二階にあるギルド長の執務室。中には巨漢のサイル人らしい男が三人いて、それぞれの机で書類と格闘している。
「ギルド長、リリアナさんとリクさんをご案内しました。守備隊のヨルマ隊長からの指名依頼の件です」
「ああ、ありがとう。ではそちらの席に座ってくれ」
奥の席の男が立ち上がってこちらに来た。他の二人は一心不乱に書類に向かっていて、こちらを気にもしない。
ギルド長は部屋の入り口近くに置いてある応接用のテーブルに、俺たちと向かい合って座る。
俺とリリアナ、それぞれの目の前に数枚の紙が置かれた。
「今回の依頼の件は聞いている。ここに契約書があるので、読んで問題がなければサインしてくれ」
「ああ」
内容は要約すると、
報酬として現金五万G、ヨルマ隊長が保証人となっている身分証明書。今回の一連の出来事の秘匿は努力項目として記載されていた。
リリアナの方も同じ内容だった。
「ヨルマから身分証を頼まれたが、保証人が必要でな。君たちが何か犯罪を犯すと、ヨルマに迷惑がかかる場合もある」
「問題ない」
「極力気をつけるとしよう」
「いかにも何かやらかしそうだな、お前ら。まあ、いいか。ヨルマがお前らの事、気に入ったって言ってたぜ。せいぜい迷惑かけない程度に、頑張りな」
身分証はギルドカードと兼ねているので、これまで持っていたギルドカードと交換になった。そこには身元を保証するヨルマ隊長のサインと預金額五万G、そしてCランクの文字があった。
「ああ、ランクは今回の依頼で一つ上がることになったんだ。Cランクからは今回みたいな強制依頼が入る場合もあるから、気を付けとけよ。
……もしほかの町に行くなら、俺かヨルマに一言声をかけてくれ。それから、行った先の冒険者ギルドでも金は引き出せるからな」
ギルド長のそんな言葉にうなずいて、新しいギルドカードを仕舞った。
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