第22話 再び地下へ
「リリアナさんって、幻獣様なのですか?」
ゆるく上に向かう横穴を、這うように進みながらシモンが聞く。擦りむいたところが岩に当たるのか、時々小さくかみ殺すようなうめき声。長時間洞窟に閉じ込められて疲労困憊しているだろうに、不満は漏らさない。
先頭を歩くリリアナは、振り返らないまま明るい声で返事を返していた。
「その呼ばれ方はあまり好きではないのう」
「なあシモン。リリアナの事は、内緒にしておいてくれないか」
「……はい。もちろんです」
途中で何度も、「本当にありがとうございます」というシモン。
もういいのに、律儀なやつだと、適当にあしらいながら進む俺とリリアナ。
狭い通路を通って、壁にへばりついて隙間をすり抜け、小さな穴をくぐりようやく外へ。新鮮な空気を肺いっぱいに吸った。
守備隊の男が数人、心配そうに穴を覗きこんでいた。
「おおう、無事だったか!」
「心配したぜ」
シモンが出た時は、大きな歓声が上がった。まさか本当にこんな中に生存者がいるとは思わなかったんだろう。
そりゃそうだ。
「すまないが、誰かシモンを手当てしてやってくれないか?」
「ああ、それは構わねえけどよ」
「俺たちは中の様子を、指揮官に説明したい」
「それなら隊長に。俺が案内しよう」
小隊長がそう言って、前に立って歩き始めた。
大きな穴の周囲は膠着状態だ。相変わらず地下から溢れてくる魔物たちと、交代しながら戦う人間たち。
弓使いは矢の不足、魔法使いは魔力切れで戦線離脱も増えてきた。
守備隊の隊長は、前線の一歩後ろで指揮を執っていた。側には冒険者ギルドのAランクの女冒険者もいる。ギルドのほうの現場責任者のようだ。
「ヨルマ隊長、報告があります」
「なんだ」
「向こうで数か所、小規模な崩落の跡があります。その中に、このダンジョンと地中で繋がっているものがあるようです」
「なんだとっ、本当か?」
「こちらの冒険者二人が穴に潜ったので、話を聞いてやってください」
「冒険者が?」
いぶかし気にこちらを見たヨルマ隊長だったが、小隊長の目をもう一度見て、頷いた。
「俺もちょうど休憩したかったところだ。エレンさん、しばらくここを頼めるか?」
「ええ、構わないわ。私にも後で聞かせてちょうだい」
「もちろんだ。では行こうか」
穴のところまでヨルマ隊長を案内しながら、中の様子を説明した。
「俺の印象だけなので絶対とは言えませんが、奥にある広間の向こうはダンジョンに繋がっているように思えました。」
「そしてまだまだ、無数の虫どもがいるということか」
「そうです」
俺の話を聞いて、隊長はしばし考えこんだ。
俺たちが潜った穴の縁では、今も時々魔物が出てきて、周りにいる男たちが退治している。
「これか。確かに俺たちが入るには小さいな」
大柄なサイル人の隊長は、筋肉質な肩をすくめて、ため息をついた。
「側面から攻撃できれば、少しは突破口も見えるかと思ったが……」
「隊長、我々も通れるくらいに穴を広げてみてはどうでしょうか」
小隊長が言うが、それは無理だ。
「それは無理だと思うぞ。ここの岩盤は硬そうだし、途中、本当に狭くて通りにくい場所が何か所かあったから、掘っていたら相当時間がかかるだろう」
「他の穴は?」
「似たようなものだろうな。シモンが落ちた場所、あれもそんなに広い穴じゃなかったぞ」
この穴をどうするか、いっそ埋めたほうが良いのかと皆で首をひねっていると、リリアナが前に出てきた。
「よいかの?少し聞きたい事があるのじゃが」
「なんだい、お嬢さん」
「小柄な人族か魔族で、剣や槍を持たなくても戦える者はいるかのう?」
お嬢さんと呼ばれたことに少し眉をひそめるリリアナ。
しかし何をするつもりだ。
少々戦えてもあの狭い穴の中で、万が一ダンジョン側の魔物の大群に襲い掛かられでもしたら、きっと生きては帰れないだろう。
そんな俺の心配を見抜いたように、リリアナがそっと俺の手を握った。
「私に考えがあるのじゃ。数人、協力者が欲しい」
「うむ。まずは考えを聞かせてもらおうか」
そして結局、リリアナの意見は通った。
三十分後、俺たちはもう一度あの穴の中にいた。
◆◆◆
「よぉ、お前らDランクの冒険者だって?俺たちと一緒に来れるのかよ?」
「デニス、やめなさいよ。すまないわね、リクさん、リリアナさん。ヨルマ隊長からあなた達の言う事を聞くように言われてるわ。私はナナ。デニスと一緒でAランク冒険者なの。よろしくね」
「けっ」
「わたくしはカリン。守備隊の第八小隊長だ。一時的にお前たちの指揮下に入るよう命令された」
デニスとナナは人族で、カリンは魔族の女だ。
勇者だったころの俺にとっては、ずっと倒すべき敵だった魔族だが、ここでは普通に人族と敵味方ではなく暮らしているのだ。
この町で魔族を見かけたことはあるが、こうして言葉を交わすのは初めてだった。
リリアナは特別感慨深い様子もなく、淡々と作戦を説明している。
「今回の作戦では、私が魔法を使う。少し時間がかかるゆえ、その間、私を魔物から守ってほしいのじゃ」
「途中の通路が狭いので大きな武器は持って入れない」
「大丈夫だぜ。俺の武器は元々ナイフだし、ナナは素手で戦う」
「わたくしも問題ない。魔法を使う」
「分かった。中では俺が前を歩く。Dクラスだが……まあ、道を知っているからな。今回だけと思って、ついてきてくれ」
再び狭い穴の中へ。
実のところ、この洞窟はもううんざりだ。そこここに、さっき殺した魔物の死骸があるし、臭いもひどい。
しかしリリアナが行くなら、俺も行くしかないってことだ。
先頭に立って、時々出会う魔物を順調に倒しながら、一匹、二匹と何となく数えながら前に進む。
「なんだよ、俺たちの出番がねえじゃねえか。っつ、痛てっ」
「ほら、天井低いんだから気を付けなさいよ」
「すまないがお前たち、そろそろ静かにしてもらえるか?作戦のポイントはすぐそこだ」
「へいへい」
「了解よ」
狭い通路を通り抜けた広間を見て、冒険者たちも口を閉じざるを得なかった。斜面の下に蠢く虫型魔物たちは、さっきよりも少しだけ数が減っていた。
だからこそ、この場所からもよく見えたのだ。広間の先の割れ目の向こう側が。
それはまるで、色とりどりの川のように一方向に向かって行進する魔物、魔物、魔物。
「……やべえ」
「では、お願いしようかの。まずはこの下の広間の魔物どもを」
「ああ、俺たち四人で、一掃する」
ゴクリ
唾をのむ音が聞こえた。
虫型魔物がうじゃうじゃとたくさんいるのは、何度見ても気持ちのいいもんじゃないな。だが、さっきよりはましだろう。
さあ、戦いの時間だ!
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