第11話 世界への干渉

「世界への干渉?」

 私の質問にユリウスはゆっくりとうなづいた。

「私がこの世界に呼び出されて殺されかけたやつね!」

「……あぁ」

「その結果なんかこう、おかしいと」

「大体そうだが、君の語彙力のなさときたら。そうこの世界は、いつの間にかプレイヤーたちから切り離されてNPCだったはずの者たちが独自の意思をもって動いている」

 ユリウスの言うとおりだ。

 ユリウスもいくら話しかけても決まった定型文だけを返すキャラクターだったが、今はこんなに主に怒が多めで感情豊かに過ごしているし。

 会話だって、今までと違い普通に成立している。




 ユリウスだけではない、ちょっと買い食いをしたときにNPCに話かけると、たまにイベントの情報なんかをきくことができたりはしたが。

 今は旦那の愚痴とか、子供が夜泣きで寝ないから俺も寝不足なんてことまで聞けた……

「私は君をこちらの世界に呼び込む魔法は作れず、君を呼び込める世界を作る魔法として完成したのかもしれない」

「そんな難しいこと、私の腕の中で言われても……」

「私だってなんでこんなシチュエーションでと思う」

 はぁっと溜息をついてからユリウスは真剣な顔で私にいった。



「君たちプレイヤーは死ねば神のもとに一度召されて、設定したよみがえるポイントに弱体のペナルティーを受けてよみがえってきただろ」

「そうね」

「死から逃れられたのは、君がプレイヤーだったからだ。この世界にはあの日からプレイヤーが誰もいない。……君はもうよみがえることはできないかもしれない」


 現実世界では、最後にかいだのがいつかわからない、土の香り。新緑の香りがした。

 走りほほにあたる風は心地よく。

 こんな風に最後に走ったのはいつだっただろう。



 ゲームの世界に入ってアツアツの肉料理にかぶりついたのは本当においしかった。

 酒がなくても寝れる夜は本当に久しかった。



 ぼんやりと思い出すのは、会社のパソコンと定時をとっくに過ぎた時計。

 終わらない仕事に比例するかのように、部屋に積み上げられるアルコール度数の高い酒の空き缶。

 何かを成し遂げることはなく、日々は無常に過ぎていき。

 私に仕事を押し付けた後輩は、しれっと結婚して退場していく。

 私だけをのこして。



 なんていうか、私は現実世界では死んだようなものだったのだと思う。

 家族と最後に電話したのはいつだっただろう。

 私が帰ってくる時間はいつも遅くて、こんな時間から電話することなんかできなくて。

 疲れて酒を飲んでくだを巻くわけにもいかなかったし。

 自分は幸せだ! ってなんとなく家族にだけは思われていたかったから、今を隠してた。



「おい、聞いているのか?」

「うん。私さこの街がすごく好きよ」

「おい、なんだその死ぬ前のキャラがいうようなセリフは」

 思ったよりも俗世的なツッコミをされてしまって、私は思わず笑ってしまった。

「現実世界のお店はもう閉まっててもここはいつでもこれて、私これでも結構あちこち冒険してたのよ。ここ最近は、ちょっと仕事おしつけてきた後輩が結婚しちゃうとかもあって特にくだをまいていたけどさ。この世界の始まりの街私すごく好きなのよ」

 死亡フラグのようなことが、私の口から次々とこぼれ出る。

「おい、やめろ。縁起でもない。私はそういう冗談は好きではない」

「ここから冒険が始まるわくわく感。今はもうほとんどのユーザーは別の街にいっちゃったけど。この世界にいれば何でもできるって思えたし。定型文しか話さないキャラが多いけれど。なんていうか安心したのよね。まぁユリウスにはうざいからみ方した自覚はあるんだけど」

 なんてことを話しながら駆け抜けて、ずいぶんとアントの群れからは離れたと思う。

 ユリウスの傷は自分で治癒魔法で癒えているようだが、ローブについた血痕が痛々しい。




 この世界にきてから、定型文を話していたNPCと普通に会話ができるようになっていた。

 いつおおまけしてくれる串焼き屋のおばちゃん。気軽に挨拶してちょっと雑談できるようになった兵士たち。


 ゲームの世界だったけれど、彼らが動き生活し私と知り合いになり。

 そして、私の腕の中で起こった顔をしてるユリウス。


 プレイヤーは助けに来ないとユリウスが言ったことは本当だろう。

 だとしたら、プレイヤーなしで本当に街は平気なのだろうか。

 ここは始まりの街だから、今回のようなことは基本起こらないイレギュラー。

 ほかの街なら、高レベルNPCがいるからなんとかなるだろうけれど。

 ここにはそんな人はいないはずだ。


 私が引いたら街はどうなるのだろうか……

 死ぬのは痛いのだろうか?


 先ほど戦闘をしていた場所からずいぶんを離れた場所であることを確認してユリウスを下した。

 後ろを気にして振り向くと、お気に入りの装備品である大ぶりのイヤリングが揺れるのを感じて、私ここに本当にいるんだよなって強く実感した。

「おい、私の話をきいただろ!」

 ユリウスはそういって私の服の裾をつかむ。


 成り行きで結婚したけれど。

 ユリウスはなんとなく歩み寄ってくれるのはわかるのだけれど、いつもなんかこうかみ合わなかった。

 それでも、今彼の瞳を見るだけで彼の意図がさすがにわかった。



『行くな』

 ユリウスの瞳が不安げに揺れるのとは反対に、私の服をつかむ彼の力は強く、手が軽く震えるほどだった。


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