幻惑の谷


「ほらネル、起きろ。ご飯だぞ」


 俺は卵を挟んだサンドイッチを作ったので気絶しているネルの肩を揺すった。


「ん……。シンヤ……?」

「あぁ俺だ」


 ネルは目を擦りながら体を起こした。


「あっ」

「ん?」


 ネルが体を起こしたので、ネルの顔は俺の顔の目の前に来た。


「ほら、起きろ。朝ごはんだ」

「う、うん」


 ネルの顔がまだ赤い。大丈夫なのか?ほんと。


 椅子に座った俺とネルは、机に置いてあるサンドイッチを見て「く〜〜」とお腹の音を立てるハクとネルを見てクスッと笑った。


「じゃあ、食べるか」

「うん」

「はい」

「そうね」

「「「いただきます」」」


 ネルは俺たちが食べる前に言った言葉に首を傾げる。

 そう言えばネルとご飯を食べるのは初めてだったか?

 俺はネル意味を教えまたみんなで「いただきます」と言ってサンドイッチに手をつけた。


 ハクとルナは次々とサンドイッチに口を運び、五つあったサンドイッチがあっという間に無くなっていた。そしてまだお腹が空いていそうだったので俺は二人にサンドイッチを二つづつ渡した。

 すると、ハクとルナが笑顔になってそれに飛びついた。


「シンヤはいいの?」

「あぁ、俺なら大丈夫だ。それよりネルはちゃんと食べろよ、女の子なんだから」

「う、うん」


 ネルは自分のサンドイッチを口にした。

 みんな食べ終わると皿を水魔法で洗い、|無限収納(インベントリ)に入れ小屋を戻した。


「さて、行くか」


 俺はネルを背負い、ハクとルナを両脇に抱える。

 三人は頷きしがみつく。

 その時に俺は三人に|風の鎧(ウィンドアーマー)を纏わせた。降りている最中は風が来るので安全にするためだ。


 そして俺は、幻惑の谷に飛び降りた。


「きゃああああああああ!!!」

「「わぁぁぁぁああ!!」」


 ネルは耳元で悲鳴を上げ、ハクとルナは笑っている。

 だが声は聞こえない。いや、聞こえにくい。降りているということで風の音の方が大きく聞こえ、あまり聞こえないのだ。


ドォォォオオン!!


 地面に着地するのにかかった時間はほんの数秒ぐらいだ。

 着地した時の衝撃は全身に分散しネルたちに届かないようにした。


「ふぅー、地面に着地したぞ」

「ありがとう」


 地面におろしたネルはフラフラと動き頭を抱えている。逆にハクとルナはわぁわぁと騒ぎ走り回っている。子供は元気だ。

 谷だけにあってやはり川もあるみたいだ。真っ暗の中で見える理由は俺の目、つまり【魔眼】のおかげだ。これのおかけで光も闇も影響を受けず、普通に何があるか見えるのだ。


「お前ら、今の場所何があるか見えるか?」

「見えないよ。光が届かないぐらい深くに落ちたんだから、真っ暗に決まってるじゃん」


 答えたのはネルだ。ハクもわかってないらしく走り回っているので、壁にぶつかって「あうっ」や「あたっ」と言った声を上げている。ルナは恐らく匂いで少しわかるのだろう。慎重に動いて落ちている石ころや壁を避けている。


「はぁ、|光球(ライトボール)」


 俺は手のひらから光魔法の初歩の初歩である|光球(ライトボール)を使って辺りを照らした。


「ほら、これで見えるだろ」

「あ、忘れてた」


 ネルは|光球(ライトボール)のことをど忘れしていたようだ。


「んー、でも明るさが足りないな。|小さな太陽(スモールサン)」


 俺は普通の光魔法の|光球(ライトボール)には注がない、光魔法が二つランクアップした天国魔法に使うほどの魔力を|光球(ライトボール)に注いだ。

 すると、|光球(ライトボール)では自分の足元、目の前しか見えなかったが、その名の通り太陽と同じ光を放つ小さな太陽が幻惑の谷のほとんど全てを照らした。


「うわ、眩しい!」

「ご主人様ー、これなら明るいけど明るすぎて目が開かないよー」

「そうですよー」

「おお、悪い悪い」


 俺はそう謝り|小さな太陽(スモールサン)を幻惑の谷の上空に上げた。


「んじゃ、進むか」

「じゃない!どれだ魔力込めてるのよシンヤ」


 そう言い幻惑の谷を下流に飛び降りてきたので川にそって上流に向かう。

 歩いている最中、無駄話をしながら進んでたまに出てくる魔物を討伐し、また進む。

 そして着いた上流では、驚くべきものがあった。

 俺の|小さな太陽(スモールサン)で全身が照らされ、キラキラとその鱗と翼は黄金に輝き、体に尻尾を寄せて丸まっている巨大な生物。


 やはりそうだった。

 ハクは神竜。神に最も近いとされている地上で最強の竜。そのハクと似た力を感じたのでもしやと思ってきたら、そこで眠っていたのはドラゴンだった。


「え、|古き竜王(エンシェントドラゴン)………」


 ネルは言った。口をだらしなく開け、閉じないままそう言った。


 |古き竜王(エンシェントドラゴン)。


 それは太古から存在しているドラゴン。

恐らくハクに次ぐぐらいの強力な竜だ。

そして、生きる伝説とまで呼ばれている生物だ。ネルの反応が当たり前だろう。

 俺が知ったのは、魔物の図鑑を見たからだ。


「ど、どうしてこんなところに」


 グルルァァ


「ひっ」


 |古き竜王(エンシェントドラゴン)の声に驚きを表すネル。

 逆にハクとルナは平然とした姿だ。


「あわ、あわわわわ。シンヤ、早く逃げよ。危ないよ」


 ネルは目の前で静かに眠っている魔物が、あの|古き竜王(エンシェントドラゴン)ということを思い出し、慌て始めた。


「大丈夫、大丈夫」

「な、なにが大丈夫なの!?」


 俺の言葉に安心できないネルはつい大きな声を出してしまった。

 そのせいで


 パチッ


 |古き竜王(エンシェントドラゴン)の目が開いたのだ。

 開いた目は、周りを見回し俺たちの姿がその瞳に写った時、コチラを見つめた。


 グルルルァァァァアアア!!


 |古き竜王(エンシェントドラゴン)叫び出す。

 その声は幻惑の谷の中の至る所に響いて、壁や地面が地震が起きたように揺れていた。


(何故ここに、貴様ら人間がいる!)

「へー、人の言葉を話せるのか」

(当然だ、我は太古から存在しうるドラゴンだぞ!)


 またもグルルァァァァアア!!、と|古き竜王(エンシェントドラゴン)は吠えた。


(いや……、人間はそこの女だけだな)

「な、何を言ってるのですか!|古き竜王(エンシェントドラゴン)様。シンヤも人間です!」

(違う、我はわかる。その男と少女二人は人間ではない!)


 ネルは何とか言い返そうとしているが、|古き竜王(エンシェントドラゴン)の威圧により言葉が出ないようだ。


「ほ〜、そんなこともわかるのか」

「え、な、何を言っているの?シンヤ」

「ネル、少し危ないから下がってろ」


 だがネルは動けない。それほどに強力な威圧なのだ。


「ちょ、シンヤ!?」


 俺は仕方がないので、お姫様抱っこをしてネルを持ち上げた。今の声はその時の声だ。

 そして横にある壁にもたれさせた。


「ちょっと待ってろ。仲間ならネルにも教えとかないといけないしな」

「う、うん」


 ネルは小さく頷いた。

 俺はそんなネルの頭を優しく撫で、|古き竜王(エンシェントドラゴン)に歩いていった。


「|古き竜王(エンシェントドラゴン)、よく俺たちの姿を見破った」

(やはりか。貴様らは人間とは思えぬ、巨大な力を感じる)

「そうかそうか、そこまでわかるのか。よし、見破ったんだ。本当の姿を見せてやろう。ハク、ルナ。お前たちも見せてやれ」

「はーい」

「了解です」


 そう言いハクとネルは中心に立っていた俺から少し離れた。


「それじゃあ、いくぞ『龍化』!」


 俺はスキルの龍化を使い、ハクも元の姿に戻るので体が発光し、ルナは【隠蔽の指輪】を外し同じように元姿に戻る。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「シンヤ…」


 私が声を頑張って振り絞って出しても、|古き竜王(エンシェントドラゴン)に向かったシンヤには届かない。

 シンヤは少し|古き竜王(エンシェントドラゴン)と会話したあと、ハクちゃんとルナちゃんがシンヤから少し離れた位置に立った。

 すると、ハクちゃんの体が発光し、ルナちゃんは指につけていた指輪を外し体が巨大化、シンヤは『龍化』!、と言っていたがどういうこと?

 そこでハクちゃんの発行が強まり、視界が光で埋め尽くされる。

 そして次に目を開いた時、そこに居たのは白色に輝くドラゴンと、銀色に輝く狼、そして中央に黒のドラゴンがいた。


「し、シンヤ?」

(なるほど、それが貴様らの正体か)


 私にも聞こえる声で、|古き竜王(エンシェントドラゴン)はそう言った。

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