第3話 選ばれし者

1.


 部屋に戻ると、すぐにミルとイリューシュが押しかけてきた。仕方なく飯を食わせてやることにする。

「ふーん、散らかってるな。さすが庶民」

「そうかメシはいらないか。帰れ」

「落ち着く部屋だな。さすが庶民」

「大して変わってねぇぞおい」

 イリューシュとにらみ合う翔一のあいだにミルが割って入った。

「あ、わたし、お手伝いしますから」

 食材とエプロン持参とは、やる気である。

 そして実際、ミルはできる子だった。翔一よりも手際よく、次々と調理をしていったのだ。

(うん、やっぱ上手だな、ミルさん)

 料理に舌鼓を打って褒め称えると、照れくさそうな、でも満足そうな表情が麗しい。

「うむ、苦しゅうないぞ」

「……なんか微妙に間違ってないか? その言葉」

 つか今のイリューシュの台詞で思い出したが、

「君ら、日本語上手だな。まさか、魔界の公用語は日本語ですとか?」

 ミルに笑われて、勉強したのだと説明された。

「勉強……ふーん」

「なんだ? 何かおかしいのか?」

 翔一は軽く首を振ると、味噌汁を一口飲んだ。

「いや、勉強する手段があるんだなと思ってさ」

「ええ。やっぱりアニメや漫画は原語で楽しみたいですし」

「ふーん――って、見てんの?」

 ヒトの世界から輸入されてるらしい。

「へぇ……ところで、あいつ探さなくていいのか?」

「今日現れた奴ですか? あれは警察にお任せしてますよ?」

「警察?! 絡んでんの? これ」

 どおりで前回も今回も周囲に人がいないと思ったら……

「あのさ」

 全員食べ終わった後でコーヒーを出して、翔一は切り出した。

「そろそろ、詳細を話してほしいんだけど」

 翔一が勧めたミルクを申し訳なさそうに断って、ミルは説明を始めた。

 この顕獣人討伐は、魔界と人間界、神界の共同プロジェクトである。

 目標は、顕獣人を作り出している組織「ユナイテ」の排除。

 ユナイテの目的が三界の混乱に乗じた乗っ取りを目的にしているため、共同プロジェクトとなったのだ。

 魔界からは戦闘システム開発者と戦闘員。

 神界からは資金提供者と戦闘員。

 人間界からは治安担当機関と戦闘員(つまり翔一)。

 これらを供出してプロジェクトを遂行することになっている。

 だが、今一つ足並みがそろっていない。特に神界の腰は重く、まだ戦闘員の選定に手間取っているらしい。

「というわけで……どうかしましたか?」

 翔一は首を傾げていた。

「俺の意思確認ができてない気がするんだが」

「あれ? 先日しましたよね?」

「巻き込まれただけだと思ってたのに……」

 優雅な手つきでコーヒーカップを傾けていたイリューシュがそれを皿に置き、

「まあそう言うな。お前はアスタロト様に選ばれし者なんだぞ」

「そう言われると、ちょっとダークヒーローっぽいな」

 生命の危険はないのかとかいろいろ訊きたいことはあるけれど、とりあえず気になったことを確認しよう。

「それでさ」

「なんだ?」

「どうして君たちはこれに参加してるの?」

 一瞬、彼女たちの顔にためらいの表情が走ったが、すぐに消えた。

「わたしたちは、アスタロト様のご託宣に従い、参加を決意した……ではダメですか?」

 そう説明したミルを、じっと見つめる。

 今の言葉は嘘ではないだろう。でも、まだ何かある。

 すると、イリューシュが口を挟んできた。まさに横槍を入れるように。

「それよりお前、もっと押さえこめないのか?」

「あ? あの必殺技か? 難しいな。もういっぺんやってみないと」

 足を踏ん張るだけではダメな気がするが、いい方法がとっさに思い浮かばない。

 その記憶は、別の記憶を呼び覚ました。

「それにしてもお前、いい声だな。こう言っちゃなんだけど、聞き惚れたぜ」

「ふっふっふ、当然だ。トルドゥヴァの家業だからな」

 意味が分からなくて首をかしげると、ミルが補足してくれた。

「トルドゥヴァ家はセイレーンの中でも名家なんですよ」

 セイレーン。その歌声で船乗りを魅了し、船を引き寄せて難破させてしまう魔物である。

 あの美声も納得だが、

「つか、船を難破させて、何が楽しいんだ?」

 そう尋ねると、さっきまでの誇らしげな顔から一転して怒り出した。

「濡れ衣だ! ご先祖様たちは人間界へピクニックに来て、楽しいから歌を歌ってただけだ!」

「つまり、難破させたことは否定しないんだな?」

 なおも顔を真っ赤にして怒っているイリューシュを放置して、ミルに向き直る。

「ミルさんもセイレーンなの?」

「え、いえ、その……一応サキュバスでして……」

「……なるほど」

 これも納得である。

 夢魔の一種で、睡眠中の男性を襲って精を吸い取る魔物だ。このナイスバディなら、そりゃあもうたまらないだろうな。

 などと妄想にふけろうとしたら、また横槍が来た。今度は物理的に。イリューシュに殴られたのだ。

「こら! 今、いやらしいことを考えただろう!」

「ああ! もちろんさ!」

「満面の笑みで肯定するな! サムズアップもだ!」

 ぎゃあぎゃあとうるさい青髪と対峙しながら、翔一はしっかりと眼の端に捉えていた。真っ赤な顔でうつむくミルの、落ち込んでいるかのような暗い眼を。


2.


 翌日。翔一は電車に乗って、県外の森林公園へと向かっていた。イリューシュとミルをお供に。

 休日レクリエーションではない。昨日の必殺技問題を解決すべく、できる限り人里離れたところで練習をしてみようということになったのだ。

 結局昨日、あの顕獣人は発見されなかった。いつまた現われるか不安はあるが、相手が潜伏中なのを逆に利用しようと発案したのである。

 朝早くの電車に乗っての旅路となったのだが、

「しかしなんだな」

「どうしました?」

 ミルに問われて、それとなく座席の周囲を見渡す。

「目立つな、君ら」

 何が目立つかは自明だろう。

 赤髪のナイスバディと青髪の狩装束。しかも、どちらも水準以上の美人である。これを引き連れて電車に乗ってるわけだ。他の乗客の目を引きっぱなしである。

 ここ数年でコスプレに対する社会の理解度は増しているのが、まだ救いだろうか。あからさまに『おかしな人』的な目で見る乗客は少ない気がする。

「そういえば、昨日ふと見たんだけどさ」

 対面に座るイリューシュに話しかける。車窓を珍しそうに眺めていた彼女を振り向かせて、

「その青い髪、地毛なんだな」

「当たり前だろう……って! 何を見ているんだこの変態!」

「いやだから生え際をだね」

「あの、イリューシュさん、声が大きいです」

「お前の名はマルメザキじゃない! マヘンタイだ!」

「マしか合ってないじゃん!」

 などと自ら悪目立ちしつつ、電車は目的の駅に到着した。

 同じ方向に向かう客が、意外に多い。そのことを話題にすると、

「桜はまだですよね……あー、梅林があるんですね」

 ミルが調べてくれたのだが、

「スマホ……」

「ん? なんですか?」

 不思議そうな顔をされて、頭を掻いた。

「いや、偏見だから怒られるかもしれないけど、魔族ならスマホじゃなくて、もっとこう、神通力っつーかさ……」

「魔族に神の力を使えというのか?」

「いやそういう意味じゃなくて」

 超常的な力でなんとかできないのかという意味だと説明すると、2人そろって苦笑されてしまった。

「上級の皆様ならともかく、わたしたち一般魔にはそんな力無いですよ」

「その方々だって、今向かってる公園で何が咲いてるかをわざわざお力を使って調べたりしないと思うがな」

「いやまあ、そうなんだろうけどさ……なんか、もやっとしたんだよ」

 そんな会話をしているうちに、森林公園にたどり着いた。やっぱり、思っていた以上に人出が多い。

 どの辺りが一番人が来なさそうか。園内地図を眺めながら3人で相談していたら、背後から野太い声がかかった。

「あんたら、初めてかい?」

 驚いて振り向くと、そこに立っていたのは60代と思しきおばちゃんだった。胸に付いたネームプレートには、清掃ボランティアと書いてある。

「えーと、なんのことですか?」

「なんのことって、コスプレの撮影だろ? あんたたち」

「う、いや、そういうわけでは……」

 口ごもるイリューシュを遮って、ミルがにっこり微笑んだ。

「すみません、今日は下見なんです。彼もカメラ持ってきてないし」

 その説明で納得したのか、親切なおばちゃんはいろいろと園内を案内がてら教えてくれた。ここ数年、そういう意図の来園者が増えて、一般客とトラブルになることもあるんだそうだ。

 好意に甘えて、訊いてみよう。

「これだけ広いと、人が行かない所もあるんじゃないですか?」

「残念ながら――」

 気のせいか、おばちゃんの眼が光った気がする。

「そういうとこは防犯カメラが付いてるから。気をつけなよ、すぐに警備の人が来るからね」

 そこでおばちゃんとは分かれたが、イリューシュには今の言葉が理解できなかったようだ。

「どういう意味なんだ?」

「人気のないところでいかがわしいことすんなよ、ってことだろ」

「……なんでこんな奴と」

「同感だ。しかしまあ、世知辛い世の中だよな、監視カメラだらけだし」

「それだけじゃないですよ」

 スマホを操作していたミルの手が、少し震えている気がする。尋ねたら、黙って画面を向けてくれた。そこにはなんと、

「! 私だ!」

 そう、変身後のイリューシュが戦う姿が映っていたのだ。


3.


 トキは電話口で、顕獣人の愚痴を聞き流していた。昨夜敵に負わされた怪我で呻吟しているのだ。

 10分ほどかかって、やっとその勢いも弱まってきた。この機を逃さず、次の指示を与えることにする。

「もう一度オーガナイザーに会いなさい」

『なんで?』

「今、君が私に見せた熱情を、彼がさらなる力に変えてくれるからだよ」

 納得したようなしていないような声を漏らす顕獣人に、さらに因果を含める。

「安心したまえ。君は選ばれし者なのだから」

 語尾に力を込めて電話を切り、ほくそ笑む。

「選ばれし者、か」

 我ながらうまく言い表したものだ。

 オーガナイザーに連絡を取りながら、トキはまた暗く笑うのだった。


4.


 イリューシュの写真は、SNSに上げられたもの。それを仲間が見つけて連絡してくれたのだ。ミルはそう説明した。

 彼女が作ってくれたおにぎりを噛み締めながら、昨夜の情報を反芻する。

 仲間は数名いて、翔一たちのバックアップを行っているらしい。

「その人に、どこかいい練習スペースを探してもらえないかな?」

「あ、そうですね」

 さっそく連絡を取り始めたミルをひとまず置いて、傍らで同じくおにぎりを上品に食すイリューシュに提案する。

「このままピクニックと言いたいとこだけど、練習スペースが見つからなかったら、俺かそっちの家の中で変身しないか?」

「別に構わんが、なぜだ?」

「あれさ、骨を出し入れできるだろ? どこをどこまでできるのか、確認しときたいんだ」

 イリューシュは少し驚いた顔で話を聞いていたが、口の中のおにぎりを飲み込むと、

「それもそうだな。ただし――」

「ただし?」

 今度はジト目に変わった。頬も赤らんでくる。

「のぞいたり嗅いだりは禁止だ」

「そうか、だめか……」

「なんだその残念そうな変態は! このツラめ!」

「逆だ、逆」

「泣きながら言うな!」

 ミルが通話を終えて、おにぎりを手にしながら話しかけてきた。その顔も、『この人は……』と読める赤さである。

「練習スペースは探してくれるそうです。それから……その……」

 ミルはモジモジしたあと、

「わたしも、これからの練習に参加していいですか? ケッコン……装着したの1回だけですし」

「あのさ」

 いまミルが言い換えたことを尋ねてみることにした。前にイリューシュも口走ってたしな。

「ケッコンって、日本語の結婚とは違うんだよな? どういう意味なの?」

「むろん、お前なぞと結婚するという意味じゃない」

 自分の分を食べ終わったイリューシュが、やれやれといった表情で説明し始めた。

「日本語で言うと、ヘイカクガイソウだ」

「……まったく漢字が思い浮かばないんだが」

 イリューシュがミルと思い出しながら地面に書いたのは、"兵殻骸装"。

「で、それの魔界語が――」

 次はどう真似しても発音できない単語が羅列され、

「その頭文字を取って、ケッコンだ。分かったか?」

「……まあ、そういうことですって納得はできたよ、うん」

 みんな食べ終わって帰り支度をしながら、またふと思い出したことを訊いてみよう。

「で、ミルさん」

「は、はい?」

 苗字じゃなく名前で呼んでくれればいいと言ったあと、

「初対面で『ケッコンしてください』で、俺に通じると思ったの?」

「そうだぞミル。というかだな――」

 とイリューシュがニヤニヤしだした。

「そんな気があるなら、私は身を引くぞ?」

「なななななに言ってるんですか! 違います――ああいえ、翔一さんが嫌いだとかそういう意味じゃなくってですね」

 予想に反して翔一から返事をされたのでテンパってしまい、慌てて口走ったのだとさ。

「ごめんなさいって即答しといてなんだけけど、残念だなぁ」

「ううう、も、もぉ、からかわないでくださいよ……」

 ミルは真っ赤になって、イリューシュに話題を振って逃げた。

「イリューシュさんこそ、その気があるなら、私、応援しますよ?」

「ん? 無いぞ?」

「……ああそうか、『身を引く』って言ったな」

 翔一が手を叩き、ミルがここぞとばかりに畳み掛ける。

「はい、つまり、翔一さんに気があるけど我慢するってことに……」

「オウ、ニポンゴムズカシ-ネ」

「何人だよお前は」



 翔一たちが自宅に戻ってから3時間ほど経ったころ。

 まだ夕焼けに染まる前の駅前広場は、それなりの通行人が行きかう場所である。しょせん地方都市であるので、それなりというのもたかが知れているのだが。

 交差点を渡っている親子は、なにやらはしゃいでいる。父親が抱えている包みから察するに、おもちゃかゲームなのだろう。

 子供が突然、交差点の真ん中で立ち止まってしまった。3歩先を行く母親が気づいて、ふと子供が凝視するほうに眼を向け、

「サシテェェェェェ!」

 異形の者がこちらに向かってくるのを見つけて絶叫した。

 それをきっかけに、広場は騒然などという言葉では足りないほどの火事場と化す。


5.


 翔一たちが駆けつけた時には、顕獣人は付近のあらゆるものに当り散らしていた。

 とりあえず近くのビルに飛び込んで、変身する。

「よし。じゃあ、手はずどおりに」

「ああ」

 1回しか練習できなかったけれど、ならいけるはず。

 イリューシュは翔一の予想に反して、階段を駆け上った。

「上から行くのか?」

「そうだ。写真を撮っている奴がいるんだろう?」

 ああそうか。変身前の俺たちと無関係に見せかけなきゃならないわけか。

「めんどくさいな……」

「まったくだ」

 息を弾ませながら応じたイリューシュが、5階の踊り場の壁に開いている窓を開けた。

「ちょっと高すぎね?」

「翔一」

「お、おう」

「苦しゅうない」

「意味違うだろそれ!」

 装甲の抗議も空しく、本体は窓枠に足をかけ、

「とぅ!」

 短い時間での落下中に必死に頭を回し、足の骨をクッション代わりになるよう組み立てた。

 すぐに激しい激突音に続いて、衝撃と痛みが翔一の神経系統を駆け巡る。

「ぐぅ、痛ぇ……」

 大丈夫かと声をかけるまでもなかった。イリューシュは先日と同じ決め台詞を述べるとダッシュし、雌雄一対の剣で顕獣人と立ち回りを始めたからだ。

 翔一は足の骨を元の位置に戻す作業でおおわらわ。その隙にといわけではないだろうが、剣を振り下ろした隙を付いて、顕獣人の突きと膝蹴りを食らってしまった。

「ぐ……翔一、ちゃんと防げ!」

「うっせぇ! 忙しいんだよ!」

 そして今さらながらに気付く。

「なんかこいつ、この前と姿がちょっと違うぞ」

 前回よりゴテゴテと突起物が身体の各所に生えているのだ。

「しかも速い!」

 どういう原理なのか、昨日よりフットワークがいいのだ。急襲を食らってイリューシュは防戦に追い込まれ、6合ほど切り結んだのち胴に一発食らってしまった。

 後退して体勢を立て直しながら、

「くそっ! このままでは……」

 というイリューシュの声が聞こえたのか、顕獣人が吠える。

「オオオオンナァ、ドドドドレデササレタイ? ドレデツラヌカレタインダヨォォォォ!」

 見なくても分かる。イリューシュが首まで真っ赤になっているのだろう。体温が急激に上昇しているのだ。

 案の定、イリューシュはだんまりだ。仕方がない、代行してやろう。

「そんな細っこいのじゃなくって、股間のでっかいイチモツで貫いてほしいってよ!」

「オオオオオオオオオオオオオ! ヨッシャアア!」

「わあああ馬鹿野郎! この真変態! なに勝手なこと言ってるんだぁ!」

 ポカポカ頭を殴ってくるが、まったく痛くない。翔一は冷静にイリューシュに告げた。

「うら、イリューシュ、反撃だ」

「なにをぅ!」

「動きを鈍らせてやったんだ、さっさと仕留めるぞ」

「あ……」

 そう、例のブツがそそり立った結果、顕獣人の足取りが怪しくなったのだ。

 イリューシュは突進すると、勘違いして抱きしめようとする敵の腕を剣で払った。返す刀で横に薙いだのは、

「おぉぅ……」

 と翔一が思わず変な声を上げてしまう、そそり立つアレだった。もちろん敵は大絶叫してのた打ち回るのを、同性として正視できない。

 一方のイリューシュは吹っ切れたのか、それともやっぱり異性としては痛みが理解できないのか、

「よし! とどめだ!」

 剣を鞘に収め、あの歌――精霊を集め、その力で攻撃魔法を発動するための吟唱が始まった。

 それに聞き惚れる暇は、残念ながら無い。翔一にはやるべきことがあるのだ。

「えーと、これとこれを出して、こっちにくっつけて……」

 午後の練習で、一つ分かったことがある。

 翔一が装甲状態の時、骨は身体の各所に開いているスリットから自在に出し入れできる。そして、出した骨を関節で任意にジョイントでき、動作も可能である。

 これを利用して、組み上げたのだ。攻撃魔法発動時にひっくり返らないように、発射の衝撃を受け止め、減衰させる骨のダンパーを。

「いくぞ翔一! オルジャスニィ・ショーク!」

 かけ声と同時に、骨にものすごい衝撃が来た!

「ぐぅっ!」

 骨に掛かる負荷は、翔一の苦痛である。ギシギシと軋む音も不安を掻き立てる。

 だが、翔一は耐えた。そして目論見どおり、光の轟撃は顕獣人めがけて突き進み、見事にその堅牢な外皮を撃ち砕いたのだ!

「っしゃあ! さてと……イリューシュ、なにしてるんだ?」

「なにって、お前と早く離れたいんだが」

「いや、骨を収納してからじゃないと。ちょっと待ってろよ」

 でも、なかなかはかどらない。そもそも翔一に骨に関する知識がないのだから。

「えーと、これが右の……あ、違うな……」

 イリューシュは我慢できなかったのだろう、近くのビルに向かって叫んだ。

「ミル! あれを回収してくれ!」

「あれ? ああ、欲望の塊か」

「そうだ。お前に回収に行かせようとしたのに……」

 イリューシュの愚痴を聞き流しながら骨の回収にいそしむ翔一の視界の端で、ミルが顕獣人だった男の傍から例の棒を回収している。だが、

(やっぱりこわごわやってる……)

 危険物なのだろうか、あの棒は。


6.


 なるべく闇を縫って撤収し、翔一たちは自宅でやっと一息ついた。

 飲み物片手に今日の反省会をしていて、今ふと思いついたことを口にする。

「なあイリューシュ」

「なんだ?」

 腹が減ったのか、ミルが手早く作ったおにぎりをぱくついていたイリューシュが振り向いた。

「あの魔法を撃つ時さ、片膝を突くとか、腹ばいになるとかすりゃあいいんじゃないのか?」

 青髪の貴族の答えは、にべもないものだった。

「だめだ。それではだめなんだ」

「なんで?」

「決まっている」

 と薄い胸を反らしてふんぞり返る。

「トルドゥヴァの家長たるこの私が地に膝を屈したり伏せるなど、もってのほかだからだ!」

「このポンコツ魔法貴族め……」

 呆れた翔一はイリューシュの抗議を聞き流しながら、自分もおにぎりに手を伸ばした。

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