幕引きの挨拶

ただいま、戻って参りました。 その一




 ケイウ州ホゼカ市ランテナ区。久し振りに、青の屋敷に戻って来た。


 二階の西棟。通路の両側に、部屋が並んでいる造りになっている。そのため、陽が傾けば照明がないと薄暗い。

 だが、それが善い。部屋の区画が途切れた部分や、後退空間アルコーヴと共に採光部分を挟んでいるため、時刻に合わせた自然光により、差し込み具合が楽しめる。


 自然と人工のあかりが織り成し、光源が照らす屋敷の様相は、尊く代えがたい歴史の美しい指紋。


 しかしながら現時刻。夜になると、かなり暗い。


 すると、どのような状況が生じるのか。


 灯り取りに先導される訳だ。


 私は、貴族でも客人でもない。そう言って、このような気遣きづかいは無用だと、早々に訴えた。


 だが。私の願いは、この屋敷の主によって一蹴されて久しい。


 とにかく。その役割を負う者は、背筋も伸び堂々としている。着用する意匠いしょうは、商業要素がある上級使用人とは一線をかくする。


 当然だ。天下の大貴族・ゲーネファーラ家につかえるで立ちともなれば、相応そうおう仕立したて具合だ。

 現地に敬意を表するため、リュリオンでも老舗しにせに数えられる、月姿万ツキシマに発注された逸品になる。


 私を案内してくれるのは、テレーズ=マリー=ヴェレント。伯爵の親戚筋の姫君だが、男性用の給仕制服を着用している。血統に加え、育ちの善さと自らを律する姿は相まって、美しい淑女だ。


 私は、だからこそ勿体もったいないと感じたので、会ったその日に性別通りの女中制服を勧めた。


『勘違いしないでくださいませ。わたくしは、社会的少数者マイノリティ・グループでは御座いません。ただの機能美として選択しているのです。ロゼル様ともあろう御方が、性差別に抵触ていしょくされかねない発言をなさるとは。御注意あそばせ』


 育ちの善さも手伝い、ゆっくりと語ってくれたのだが、怖かった。ただ、ひたすら怖かった。綺麗な顔を紅潮させ、一気にまくし立てられたものだ。


 当時を想い起こせば、微妙に論点が外れている気がする。指摘した記憶がないと言う事は、怖くて気が回らなかったんだな。


「誰か、部屋に入っているのか?」


「はい。八住ヤズマ様が御滞在です。色々と機材を持ち込んでいらっしゃいました」


 テレーズへと、先程から気になっていた事案について確認を差し出す。


 使用人は、報告以外は話し掛けて来ない。こちらから質問をしないと、基本的に応えてくれないものだ。私にとっては、このましい文化なので助かる。


 そもそも、何なんだろう。他の文化圏でも似通う所があるのだが、ルブーレン様式の建物は機密性が高いためか。もしくは、室内の安全を図るためか、逆なのか。通路と個室をへだてる扉と床に隙間がある場合が多いんだよな。


 取りえず。その御陰で自室が近付くにつれ、電子音を介した効果音や八住兄弟養子達の声が重なる音が漏れている訳だ。


 いつぞや寝起きした少年画の部屋ではなく、手前の部屋から気配が立つ。

 一応、丹布ニフ士紅シグレの時は少年画が掛けられている部屋。本来の姿の場合は、その手前の部屋を使わせてもらっている。

 

 屋敷の者には詳しい説明をしていないが、ロゼルを兄。士紅を弟だと認識しているそうだ。ただし、事情に対し恐慌を起こさず、腹の内で封じ墓に入るまで保持可能な相手には、であると明かしているし把握済みだ。


 機密や正確な情報を共有し、信頼し得る協力体制にある存在は、何よりも重要だ。そんな相手が裏切ったり、見限られてしまった場合は諦めるしかない。


 私は、相手を満たせるだけの器を持ち合わせていなかった。それだけの事だ。


セン兄さん。修繕に徹してくださいよ。今の状況で救出に向かっても、邪魔になるじゃないですか。捕虜になったメンバーは、別メンバーに任せるべきです」


「判ってないなぁ、おっちゃん~。到着する頃には、この付与能力が使用可能になるから。大丈夫、大丈夫だって」


 柄にもなく考え事をしていた所。自慢の種達が意見交換している声は、私の思惑領域へと鮮明なる侵入を果たした。


 いつの時代も、同じ悩みに直面する親御は多い事だろう。いとしい子供達養子達が、何を言っているのか全く理解出来ない、と。


 自室の扉がテレーズの手によって開かれ、私の視界に入った光景。


 最新の大型画面モニターに映し出される、陰鬱な雰囲気。三人称視点の、不衛生で凄惨な場面を体験したであろう様相を持つ操作自機キャラクター

 画面モニターの要所に表示される、各種能力値と周辺状況を把握するための情報数値。


 立体音響効果を、最大限に表現し得る最新の音響機器。また、最適化と出力制御可能なPT個人端末機


 トーチ電子回線網で共有される、何かしらの非対称型サバイバルホラーゲーム不気味な効果音と非人道的な表現が売り電子映像操作遊戯ビデオゲームで、センが操作し、リツが茶々を入れている。


 私は情けない。この程度しか把握出来ない養父おやだとは。これも、日頃から多忙を理由に、八住兄弟の自主性を頼り過ぎた私の落ち度だ。


 重ねて、一向に電子映像操作遊戯ビデオゲームの腕が上がらない不器用な私を赦してくれ。





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