第六十二節 公と、私と。ロゼルの場合。 その一
セツト区の東側境界と、西側にあるミリス島の間には、シラルエント島と呼ばれる中洲がある。
セツト区とシラルエント島を
厳格に整備された
都市計画になぞられた美しい摩天楼群は、さながら天へ還ろうと競うように腕を伸ばす姿。しなやかな肢体と、着飾る宝石に彩られた女神の群れにも見える。
誘致された有名飲食店舗に、夜景を見据えた高級宿泊所。植物園を思わせる公園。遊興施設がない分、商業人による、商業人の為の、商業人の
本社屋の三六階は、七階層を貫く流水階段の終着階層にあたる。その圧巻の眺めは一般にも解放されていた。グランツァーク職員に混じり、軽食店舗や休憩所、商談場所として重宝される区画の一つだ。
「会食はどうしたんだよ」
その三六階に点在する観葉植物へ、追肥用の液体肥料の面倒を見ている者がいた。白い帽子に白い作業着姿の長身の青年に、黒の頭巾、黒の長衣姿の、これまた長身の青年が語り掛ける。
「商談も煮詰まらぬ食事よりも、自社屋を清潔に保つ作業に勤しむ方が、余程有意義だ。そのような事よりも」
白い青年は
「よくぞ無事、戻って来てくれた。
白い青年が持つ、苦労知らずに見えるだけの極上な線を宿す長い指。その
そこには、眉を隠す程に深く巻く
その凄まじく整う薄い表情に、白の青年の手は掛かったまま。唯一無二、最愛の相手に触れ続け、白の青年の極上の
「ロゼル」
「何だよ、シグナ」
「突き立てる二本指を、収めてくれないだろうか。ロゼルの指で突かれては、私の眼も潰れてしまう」
「潰されるような事をしているからだろうが。離れろ。気持ち悪い」
距離を取る気配がないと諦めたのか、黒装束の青年・ロゼルは自ら後退した。
「唯一の敬愛する我が主。無二の最愛なる我が親友に、この言われよう。底も限界もない思慕の
白い作業着姿の青年・シグナは、悲嘆に暮れる心情を
「先程のブローム・ナトス群島の事だが」
「ああ、〝
「特に問題はない」
元より無視を決め込んだ態度を崩さず、仕事の話しで切り返しをするロゼルに、いつもの事と割りとあっさり、シグナも流れに沿う。
この二名に、伝説の会話手法〝ボケ・ツッコミ〟など求めるのは無謀だと言う証明のようだった。
事後の確認も含め話しが
「君はな。野遊びではないのだから、試作品を紙袋に入れて出掛けるのは止めてくれ。仮にも、Mの三七五六四号・二三一なのだぞ」
「医療部が大丈夫だって言うから」
「真に受ける者があるか。大体だ、君はモルヤンに来て、どれだけ備品を壊せば気が済む? 地下練習場の壁も、何をすれば庭球の練習だけで穴が開く? 〝
「シグナ、次の要件が控えているのだが」
ロゼルの端整な無表情に、不満と不機嫌が織り交ぜられたような色が差す。
「
最凶最悪の集団の頂点を差す称号・アラーム=ラーアを持つロゼルは、時間の限りシグナから日頃の素行についての問題点と改善点の講釈を受ける光景が続く。その情景は、周囲の好奇の視線を集めに集めていた。
「シグナ。そろそろ、本当に時間が迫っているから、この辺りで
「四分十五秒ある。この間の補正予算では、君の過剰破壊行動に幾ら投じられたのか把握しているはずだろう。
ロゼルの表情は、元の無表情に戻っていた。そのまま、相変わらず微動だにしない。だが、誰にも気取られぬ思惑の
「何故、私の周りは説教好きが多いのだろうか」と。
〝
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