第五十八節 気にならないと言えば、嘘になる。 その二




 昼休みが、半ばに差し掛かる頃、都長ツナガは一組五組に戻って来た。


「ただいま~」


「どうしたの都長。髪が、ぐしゃぐしゃじゃない」


丹布ニフにやられた」


 相変わらず、昂ノ介の席周辺の人口密度は高いが、気にする素振りもなく、青一郎セイイチロウに指摘された頭髪の乱れを手櫛で直す。


「……つまり、丹布には会えたのだな」


 一つ間を置き、話しを切り出す癖がある礼衣レイが問う。


「うん~、伝えたい事は伝えた。けど、途中で電話だからって、どっか行ったまま、帰って来なくてさ」


「またかよ。そう言や、一組の知り合いから聞かれたんだけどよ。丹布の奴、最近ずっと午前中の授業を休んでるから、理由を教えてくれって」


 前髪を留めていた赤いピンを直しながら、メディンサリが誰ともなくたずねた。


「何だと?」


 すかさず昂ノ介コウノスケが、自席で問題行動を非難する気配を立てた。


「……合同授業で見掛けないと思っていたら、そう言う事か。しかし、部活であれだけ動いているのだから、病院等ではないだろう」


 三組に在籍する礼衣の言葉に、この場に集まる選抜組の面々は互いに顔を見合わせる。尋ねられた所で答えられる訳がない。


 異様な回数の着信電話。遅刻に早退。途中で消えたとして、放課後の部活動時間までには戻り、何食わぬ顔で参加。


 当初は、彼らも気になっていたようだった。交友関係を含め、質問責めにしても良かったと言える。


 だが、何かの均衡きんこうが崩れてしまいそうで、士紅が背を向けて去ってしまうのではないか。

 形にならない不安が、彼らの喉を縛り付け、実行には移せずにいるのは事実だったらしい。


 もう一方で、機を逃してしまった風もあり、当の士紅自身が、普通に堂々とし過ぎており、不自然が自然に移行していた。


「ねー。丹布君ってェ、どうしてサボってても怒られないのー?」


 会話を聞いていた、女子生徒が疑問を口にする。彼らは、その直球の質問を言える事が羨ましいと思ったようだ。


 贅沢ぜいたくを加えると、本人を前にしているならば、英傑とさえ映った事だろう。


 しかし、彼らは誰も答えない。互いの目を交わし合うが、答えられなかった。


「もしかしてェー、丹布君も、お金持ちなの?」


「そう言えば、庭球部の一年って凄い顔触れだよな」


「だよねだよねー。世界征服とか出来そうだもん」


「じゃあ、やっぱり丹布君も凄い所の人なの!? どうなの?」


「さあ、どうなんだろうね」


 青一郎の返答は、興奮気味の女子生徒達の探求心の勢いを削ぎ取った。

 彼女達の目が揃って語るのは、「どうして知らないの!?」と、れがない。


「き、聞かないの? そう言う話し」


「うん。聞いてない」


「気にならないの? ただでさえ外圏人で、面白い色してるのに。変な経歴の人だったら、どうするのよ」


 青一郎の言葉を拾った、ルブーレンからの編入生の女子生徒の発言に、メディンサリが目に見える不愉快さを空色の瞳に浮かべる。


 ルブーレン圏の悪い部分。伝統を重んじるあまり排他的で、新参者や文化を頭から下に見る傾向がある。同じルブーレン人として恥じると同時に、いきどおりを持っていたからに他ならないからだろう。


「どこの圏内なのかしら、あの色」


「イジって染めてるのかもォ」


「だったら、モルヤン圏の色にすりゃ目立たなかったのにな」


「変な色合いだよねー。青い髪でェ、赤い目だっけ? イジってるなら、もう少しセンス良い色にしないと、カッコ悪いよねー」


「キャハハ! 本当ー」


「悪かったな。美的感覚のない色で」


 人垣の外側から男子生徒の声が割り込み、声に気を取られた女子生徒達は盛り上がる話しを止めた。


 そこには、蓮蔵ハスクラと並ぶ千丸ユキマルが、眠そうな目をしながら会話の一団を眺めている。


「そ、そんな。千丸君の事じゃないよ」


「あぁ、そうかい。〝イジってるなら、もう少しセンス良い色にしないとカッコ悪いよねー〟と、そこしか聞き取れなかったから、被害妄想の思い込みで声を掛けてしまった。悪かったな」


「そ、そっかー」


 答えた女子生徒は、気拙きまずいやら居辛いずらいやらで浮き足立っている様子だった。


「本人に確認を取らないばかりか、いない場所で憶測だけの話しを、面白可笑おかしくあげつらいあおって騒ぐ。どこで何を言われるか、分かったものではないな。怖い怖い」


 千丸は、確実に相手を見て言葉を選ぶ。普段のなまり混じりの会話は、気を許した相手にしか使用しない。


 この選別は境界線であり、内側と外側の人間を明確に分け、態度や心境にも反映される。


 理由が明かされない千丸の白い頭髪を引き合いに出され、真っ向から対峙たいじ出来る者が、この場にいるはずがない。


 千丸の生まれや、本人の気配が触れさせない事実と、士紅の容姿や行動を同調させ、幾重いくえにも下らない質問に対する壁を築き上げる。

 士紅は、どうやら千丸にとって内側に囲う存在のようだ。


 庭球部以外の生徒は、気拙きまずく視線を迷わせ、浮き足立つ様子に、千丸は面白くなさそうに小さく鼻を鳴らす。


「何じゃ、そこそこ揃っとるの」


「残念ながら、丹布君の姿がありませんね」


 級友達を背景に据えて触れないように、蓮蔵は目的の相手の不在を確認した。


「丹布は、電話の後どっか行っちゃったんだ~」


 実際に見て来た都長が、正確に情報を伝える。


「そいつは仕方ないが、ちいと月光館ゲッコウカンに行かんか? 美味そうな茶が、入ったらしいんじゃ」


「……乗った」


 実は、食後のお茶の誘いにやって来た千丸と蓮蔵だった。


 本題にようやく辿たどり着き、礼衣がすかさず乗り込んだ。庭球部は、連れ立って移動する流れが整う。


 彼らが動かなければ誰も次の行動に移れないのは、よく分かっていたらしい。


「俺は、丹布君の髪や目の色は好きだよ。とても綺麗だし、似合っているから」


 青一郎は置き去る同級生に向け、臆面おくめんもなく言い切った。


 千丸の髪も雪のようで綺麗だよと伝えると、本人は丁重に辞退する。

 そんな、やり取りを包み固めながら、一同は教室から退出した。


「ちょっと、駄目じゃないか? あの一団を敵に回すと。明らかに怒ってたぜ」


 出入口から、彼らの姿が見えなくなった。十分に間がいた頃、男子生徒がくちを開く。


「でも、あの人達は不思議と偉ぶらないって言うか。その前に、何でこんな普通の学校に来てるのかしら」


「だよな~。ここも悪くはないが、連堂レンドウとか私立の坊ちゃん学校に行ってそうなのに」


「案外、近いからー。だったりして」


「アリなのか。そんな理由」


「でも、憧れちゃうなー。上手く行けば、お姫様だよ?」


「そんな甘い話しはないな。あいつらにも、選ぶ権利があるだろう」


「あー! それひっどーい!」


 同級生が、今度は確実な情報で語り合う。


 一名を除き蒼海ソウカイ学院一年生選抜組は、リュリオン、ルブーレン、リーツ=テイカ。

 それぞれに、多大な影響力を及ぼす血統や事業を展開する家に属する御曹子集団と化していた。


 蒼海学院小等科五年の時点で、偶然にも同学年として在学し、特定の界隈かいわいで話題にはあったが、いよいよ収束し仲も親密化すると悪目立ちし始める。


 これ程に都合良く、集まるものなのかと。


 学年や校区を広げると、中学生世代に主要名家の子女が集中するため、揶揄やゆを込めた妙な造語がささやかれる。


 その気にさせるなら、世界征服を成しげる〝黄金世代〟と。





        【 次回・四の幕 陽炎かげろうゆる姿すがた 】

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