第五十二節 背に負うは、朽ちぬ誇り。 その二




 桃色の春の兆しから、全国制覇への波を立てる色に交代した、蒼海ソウカイ学院中等科・男子硬式庭球部選抜組。


 装いも新たに整列して見せるのは、いつぞや見掛けた和装姿の男性に対してだ。


 当時は遠目に加え、対応していた士紅シグレとの距離もあって分からなかったが、相手は、かなりの長身だった。

 記憶を辿たどれば、長すぎる銀髪を持つ美丈夫に相当するのではないかと、一同はそれぞれに腹の中で思いを紐解いていた様子だった。


「皆、善く似合ってるって」


 例の大伯父様とやらの隣には士紅が立っている。リュリオンの言葉をつかおうとしない大伯父への配慮で、同時通訳を買って出た訳だ。


 当の大伯父こと彤十琅トウジュウロウは、相変わらず藍白あいじろの前髪と、襟巻が深く御面相が見て取れない。声の程も聞き取れず、何もかもが掴み切れなかった。


 今も話しを交わしているが、静かに揉める雰囲気が立つ。


「大伯父が、皆が在籍する限り修繕や補正を手掛けてくださいます。違和感があれば遠慮せず、監督か私に伝えて欲しい。との事です」


「何と言うお心遣い。素晴らしい逸品を維持してくださるとは、心より御礼申し上げます。背負う蒼海学院の誇りを糧として必ずや精進し、全国を制します」


 深歳ミトセが代表し、姿勢を正し決意を伝える。と、程なくして彤十琅から声が立つ。この様子に、士紅以外の選抜組は違和感を察したようだった。


「礼には及ばないので、皆は気にせず善く励み、心から庭球を存分に楽しむように。その先に在る全国を制した姿を心待ちにしている。そうです」


「有難う御座います!」


 実際は士紅の言葉に対してではあったが、残る七人は声を揃え礼を述べた。


 彤十琅は、七人の少年達を正面に見据えたまま。身長差も考慮せず、語る位置を合わせもせずに士紅に何事かを語り掛け続けた。

 一切の気遣きづかいを示さない彤十琅に、一切の不満を見せる事もなく士紅は応じている。


「大伯父は、このまま見学させていただいても、よろしいでしょうか」


「ええ、もちろんですとも。どうぞ、ごゆっくりなさってください。さあ皆さん、練習場へ向かいましょう~」


 深歳の「ごゆっくりなさってください。」の後に、量も豊富な藍白の頭が上下した事を、一同は見逃さなかった。


 やはり、この大伯父はリュリオンの言葉を正しく把握すると、一同は確信したらしい。


 仲間が指示に散る中、確認を押すように青一郎セイイチロウが、士紅へと柔らかく問い質す。


「ねぇ、丹布ニフ君。大伯父様は、俺達の言葉を理解していらっしゃるのかな」


「その通りなんだ。リュリオンの言の葉の響きは好きじゃないから、しゃべりたくないんだってさ」


「へぇ」


 具体的な理由に、青一郎は短く返事をするだけしか出来ないようだ。

 そこで彤十琅が、士紅にしか伝わらない音量で動きを見せる。


「あぁ、在純アリスマ


「え?」


 御礼と共に、仲間を追うつもりだった青一郎の気配を止めた士紅は、彤十琅の呟きを伝える。


 姓と名を、告げて欲しいと。


在純アリスマ青一郎セイイチロウ、です」


有難ありがとう。用は事足りたらしい」


「そ、そうなの? では、失礼します。試合着、本当に有難ありがとう御座いました」


 青一郎が、部活動に合流するために御礼と共に辞そうとした。


 その時、不意に強く風が吹き抜ける。


 その空気の圧は、重く垂れる彤十琅の前髪をあおり、見えなかった目元があらわになった。


 若紫色の異郷の双眸そうぼうは表情が消え失せ、無機質に通じる冷徹な美を垣間見せる。


 青一郎は、思わず目を見張ってしまう。大伯父と呼ぶには、若すぎる風貌だったからだ。


 空の海は広大で、日一日ひいちにちを置かず発見や解析が更新される、生命の神秘。


 最先端の、アンチエイジングの賜物たまものか、若い時期が長い種族なのか、複雑な家庭事情によるものなのか。

 今の青一郎には、その答えを導き出せないのは当然と言える。


「考えても無駄だ。ほら、行くぞ。無様な姿を全国大会で見せる気か?」


「それは嫌だな」


 今度こそ、御礼を彤十琅に向ける事が叶い、青一郎は仲間が待つ練習へと改めて踏み出した。


 青一郎の背を見送る彤十琅が、何事かを士紅に語り掛ける。


「はい。有難ありがたい事です。彼らが敵に回る日が来なくて、今は感謝しております。本当に、えにしとはおそろしいですよ」


 士紅の言葉に空間が応えたのか、薫風くんぷうの気配を匂わせる空気をはらみながら、一陣となって吹き抜ける。


 先に在るのは、刈り取られる救いか、つむがれ行く苦界なのか。


 士紅の似紅にせべに色の双眸そうぼうは、皮肉をたたすがめた視野がとらえたのは、生命知らずの選択を取ってしまう未来の英雄達。


 少なくとも士紅にとっては、救い主だった。



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