第五十節 戦歴と、士紅の行き先。




「聞いたぞ在純アリスマ。練習試合、連勝と圧勝なんだってな!」


「校内新聞も号外出してたねー」


「すごーい! おめでとうッ」


有難ありがとう。皆のおかげだよ」


 硬式庭球部部長・在純アリスマ青一郎セイイチロウが、口々に囲まれる場所は公休日が明けた、一年五組の教室。


 地区大会予選前に、重ねた戦績を受けての事だ。


「全国大会の緒戦である地区大会予選が始まるのは、来週の公休日からだ。練習試合の勝ち点など数に入らん」


 自席で眉間にしわを立てながら発言するのは、硬式庭球部副部長の昂ノ介コウノスケだった。


「堅いな柊扇シュウオウは。勝ってはしゃいでる姿も、想像出来ねぇけど」


「あははっ、言えてるね」


 青一郎とメディンサリの反応に、言いたい事を山のように不満を積もらせる様子の昂ノ介。だが、同級生も混じる手前、いきどおって良いものか。はかる慎重さを持ち始めたらしく、苦い顔で黙り込んでしまった。


「お~、丹布ニフも来たのか」


「すっかり庭球部の集合場所よねー」


「だよねだよね。良かった! 一年五組で」


 同級生が口で差す通り、丹布ニフ士紅シグレが休み時間も五分を切った妙な時間に訪れた。やがて迷わず、いつもの場所に落ち着く。


「悪い、在純。これから抜ける事になった。監督には連絡済みだから、安心してくれ」


「そうなんだ。分かったよ」


「では、放課後までに」


「ねェねェ、丹布くゥん。良い匂いするけど、どこの香水付けてるのー?」


「わァ、本当だー。良い匂いー」


 間近にいる制服を着崩した女子達に、士紅は言葉を切られてしまった。


 話しの内容を聞いていない女子達から助けてやるべきか。そんな気配を立てている様子の仲間が決めかねていると、士紅は対応してしまう。


「香水なんか付けないよ。校則違反だろう」


「えー、でもするよね」


「うん。するするー」


 機会を得たと言わんばかりに、女子達が士紅にり寄る。


「だから違う。あぁ、これかな」


 何かを思い出したのか、ふところから目的の物を引き出すと、小さな音が鳴る。白いてのひらの上には、紺地に銀糸が入る匂い袋と鈴。珍しいと言えば珍しい物だ。


「わァ、カワイイ!」


「この鈴、聞いた事ない音がしたねー。どこで売ってるの?」


「残念、売り物ではないんだ。身内が作ってくれたから」


 士紅は、まったく残念そうな顔ではなかった。言葉と端整な顔が一致していない。もはや、お決まりになっていた。


「えー、あたしも欲しいー。丹布君からお願いしてよー」


「一応、尋ねてみるが物凄く気難しい相手だから、期待はするなよ。では、また後で」


 最後は、仲間に断りを入れた士紅が素早く退場する。女子達の標的は、残る庭球組に向けられるが、本鈴が響き救われる事になった。





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