第四十九節 コートでの正装とは。




 五月。手入れの良いそのには、菖蒲あやめの姿が気配立つ。


 園芸委員会や用務員の維持と手間は、ここ蒼海ソウカイ学院を季節ごとの草花樹木で彩り、心ある生徒は季節時計と位置付け愛でる対象にする。


 南側に抜ける空間から、青々とした葉桜の並木を眺めていたのだが、手前の屋外練習場の風景を目に入れ、都長ツナガヨータがぽつりと言いこぼす。


「随分、数も減ったよな~」


「一六四人から、四三人になりましたからね」


穂方ホガタ、シャートブラムの一団も、まとめて転校したから、風通し良いよな~」


 すくい上げた蓮蔵ハスクラマコトは、数を補足する。かっての権力図では、第一体育館を屋内練習場として押さえていた庭球部だったが、部員の変動にともない返上し、他の屋内部活動振興に貢献していた。


 雨天は、特別教室を押さえての会合か、「男も厨房に立って奥さんを助けよう!」との、顧問・監督の深歳ミトセの音頭で設置された調理実習が行われる。

 当然、手空てすきの家庭科の教師を巻き込んでの事だ。


 急な天候による変更でも、蒼海学院自慢の購買施設〝陽光館ヨウコウカン〟と〝月光館ゲッコウカン〟からの善意で、食材調達を可能としていた。


「うんうん。良い仕上がり具合です」


 灰色の記録用ファイルを抱えた、二年生部員のイレイユ。ソバカスが目立つ彼の顔が、不安そうな表情を浮かべる。


「でも監督。ここ最近、練習試合が多過ぎませんか。平日、公休日問わず入りますよね。選抜組せんばつぐみの技量が、他校に知られて不利になると思うんですが」


「ふっふっふっ。甘いですよ、イレイユ君。彼らの運動量と努力は、練習試合当時のそれではありません。まして、手の内を全てさらす程、お間抜けさんでもないみたいです。その辺りも、調整していますから、安心して練習に励んでくださいね」


「は、はい!」


 深歳とイレイユの会話が耳に入り、改めて防護柵の向こうへと、蓮蔵は眼鏡越しの視線を転じる。


「確かに、対外戦を重ねるたび現地での目もありますが、他校からの視察も増えましたね。無許可の方も、いらっしゃいますし」


「観客だと思えば良いじゃん~。俺は気にならないけど」


「それは頼もしい! 試合が進めば人目は増え続けます。どのような視線の中にあっても、思う力量を発揮しないと日々の積み重ねも、出し惜しみで終わりますからね」


 会話に入って来た深歳を見た都長は、ある事を思い出し、言葉で捕まえる。


「あ~! 監督、はいはい! 試合って事で質問です~!」


「はい! 何でしょう、都長君!」


「俺達、一応、蒼海学院中等科の男子庭球部の、代表じゃないですか」


「一応ではなく、立派な選抜組ですよ」


「もうすぐ地区予選ですし、試合着って、どうなってるのかな~と。この間、練習試合なんですけど俺達の学校指定の体育着見た相手校に、からかわれて少々悔しい思いをしました」


 話しを聞きつけ合流した、柊扇シュウオウ昂ノ介コウノスケやレクール=メディンサリも加わった。


「下らんな。体育着も学校の誇りをまとう、立派な着衣だ。大体、着ている物で戦況が左右される訳ではない」


「でもよ、オレ達の体育着、桃色だぜ? やっぱさぁ、こう、せめて蒼海ソウカイっぽく青とかあるじゃんか」


「私は結構気に入っていますよ。普段は選ばない色ですから」


 蓮蔵が、肯定的な感想を出す。未だ見ぬ試合着について、桃色の体育着姿の強化組が意見を交わす風景がある。そんな彼らを見ながら、深歳は白衣を着用した背を丸めて笑みを浮かべていた。


 頃合い通り。需要と供給が果たされる嬉しさをにじませるに止まらず、決壊しそうになっている。


 その深歳の様子を別角度から、それぞれ眺める火関ホゼキ礼衣レイ千丸ユキマル咏十エイトにとっては、丸分かりの供給内容だったらしい。

 あきれつつもくちには出さず、需要側として来るべく日を待つ事にした。





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