第四十五節 プリヴェール=ルーヴメイア=グリーシク。 その二




 本日の参加者が全員合流した七人は、段取りの確認の結果、シングルスとダブルスに分かれて試合。余った一人は、どちらかの審判に当たる。

 組み合わせはクジ引き。クジを作るのは、身体が温まる士紅シグレとプリヴェールが担当する事になった。


 ただ、士紅はともかく、プリヴェールに作業をさせる事に抵抗を感じた面々が気を遣い始めると、臆面もなく士紅が言い放つ。


「気にするな。プリム、紙を寄越よこして」


「ええと、これで良いかしら」


「うん」


 驚愕きょうがくのやり取りに、目を奪われる彼らの一人がたまりかね、準備運動を止め問い掛けた。


「あの~、丹布ニフ。ちょっと聞いても良いかな~」


「ん? どうした都長ツナガ


「丹布と、フレク=ラーイン様って、どんな接点があるんだ?」


「うふふ、士紅のお友達ですもの。プリヴェールでよろしくてよ。幼馴染みかしら、ねえ?」


「そうなるのかな」


 言われて納得など出来る訳がない。士紅は中等科の一年生。に年令は聞けないが、プリヴェールは社会で身を立てる大人だ。


 しかし、今も親しげ気に会話を交わし作業中。一日、二日を重ねただけの間柄には到底見えない。プリヴェールの立場を考えても、何が二名の間を取り持つのか、彼らは想像すら出来ないようだ。


「よし、出来た。私はこれ」


「おいおいおい、何やってんだよ~。作った本人が一番って」


「掴んで居る先は、判らないから同じ」


「そりゃ、そうだろうけど、普通は最後だろ~」


 言いながら都長は納得できないらしく、黒目がちな瞳に不満な気配を差していた。


「あはは、良いんじゃない? じゃあ、俺は、こっち」


 青一郎セイイチロウは、そんな都長をなだめながらクジをひとつ取った。


わたくしは、これにします」


 次にクジを選んだプリヴェールが華やかな表情で、若い彼らのやり取りを見て微笑ほほえむ。


 気温が上がりそうな気配の、晴れやかな春の早朝。若人の声が高くのぼった。




 ○●○




「お待たせしました。どうぞ」


 陽も昇り温かな空気が包む中、コート脇に設置されるベンチに座る、プリヴェールと礼衣レイに水分補給用の飲み物を預かって来た蓮蔵ハスクラが配る。三人は休憩を兼ねて、見学を決め込んだ。


有難ありがとう」


「……済まないな」


「いいえ、どう致しまして」


 一口飲んで、プリヴェールはつぼみほころぶように唇に笑みを開く。


「うふふ、軽く打つだけと言いながら皆さん熱が入っているようね」


「……全員、負けず嫌いですから」


「それは、とても良い事です」


 三人は、Aコートのダブルス風景を前にしている。青一郎セイイチロウ都長ツナガ組と、昂ノ介コウノスケ士紅シグレ組の対決。ここに先日取材に来ていた日重ヒオがいれば、さぞ喜んだ事だろう。


「うふふ、負けず嫌いの方の得意分野で勝つと、気分も良いものよね。皆さんを見ていると、夫の事を思い出します」


 貴夫人の口振りでは、まるで亡くしている響きが込められているが、誤解しない正確な情報を礼衣と蓮蔵は待ち合わせていた。見当外れの質問や、話しの腰を折る失態はおかさない。


 気を良くしたプリヴェールは、話しを続けた。


「庭球がえんわたくしは、と出会いました。あの頃のジルは、才能の質が高くおぼれるが故に誰にも手が着けられなくて、社交界でも厄介者だったわね。うふふ」


 思い出し笑いに、当時の不快感は含まれていないように見受けられる。


「ある日、どうしても看過出来ない事が起きてしまったの。力で捻伏ねじふせせるのは簡単だけれど、当時のジルは無敗の庭球の戦績が何よりの自慢でした。なので、完膚かんぷなきまでに叩き伏せてやりましたわ。庭球でね」


 楽しそうに、婉然えんぜんとコートの風景を見ながら、貴婦人は微笑む。顔色を変えず礼衣と蓮蔵は同席しているが、相手がプリヴェールでなければ、本人を凝視して驚きの表情を見せている所だ。


 一昔前の社交界の暴君。ジルハイン=コーフ=ヘーネデューカ。天才・恩村の前時代を席巻していた、男子庭球界の王者でもある。


 の傍若無人の言動が、ある時期を境に収束し表舞台から突如として姿を消した。まさに、その起因が語られた。


 憶測や流言がささやかれても、辿たどり着けない貴族の恥部をプリヴェールは語る。


「未成年の御子息には、過ぎた情報だとは思わなくてよ」


 プリヴェールは、どこか禍々まがまがしさを包み込むような笑みと言葉を向ける。


 礼衣と蓮蔵が、プリヴェールが語る内容に対し真意を推し量れていない気配を読み取られたと思い込んだらしく、わずかかに動揺の色を示した。


 士紅の幼い仲間の様子を察したプリヴェールは、少し知己を織り交ぜた話の展開を試みたようだ。


わたくし、いつぞや瞳にほこりが入ってしまって士紅に取ってもらっていたの」


 礼衣と蓮蔵に上半身を向け、庭球用の手袋に包まれた人差し指を、陽を弾いてきらめく見事な生きた翡翠色ひすいいろを示す。


はたから見ていた夫は、私と士紅が口付けを交わしているように映ったみたいなの。そうしたら、嫉妬で取り乱した夫が、士紅を後ろから刺してしまったのよ。うふふ」


 超上流階級の人間は人として、大切な何かを捨てなければ生きて行けない世界なのかと。礼衣と蓮蔵の顔には、ありありと描かれていたようだ。


 そんな、嫌疑けんぎさえ漂わせる二人の腹の内が、プリヴェールには透けて見えたとして、なおも話しは続く。


「安心なさって。士紅は生きているでしょう? 夫は決闘だと口走りましたし、見届け人もりましたので問題はなくてよ。結果、士紅が夫を病院送りにしましたもの。駄目よね? 勝てる相手をきちんと見極めないと」


 荒唐無稽こうとうむけいに似た内容を受けていた礼衣と蓮蔵は、分かった気がしたらしい。


 これから付き合う相手は、強大な権力を持ちながら勝てる相手選び、勝利を収める。途方もない怪物かもしれない。


 それでも付き合いを続けるつもりなのかを、一線を越える度胸があるのか挑まれたのだと。





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